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 話は、数時間前にさかのぼる。


 田木甚次博士は、その日、いよいよ目的達成への第一歩を踏み出そうとしていたのだ。なんとなれば、人型巨大ロボット兵器「大豪傑ダイゴーケツ1号」のプロトタイプがついに完成したのである。


 彼が、なぜ賞賛されるほどに研究に没頭していたかといえば、ひとつの大きな目標があったからである。彼の抱くその「最終目標」を完成させないうちは、いかなる成果も過程でしかなかったのだ。


 その最終目標とは、───でかくてごつい人型のロボット兵器。


 極太の円筒形をつなぎ合わせたような、重厚感溢れるデザイン。身長はやたらと高く、体重もやたらに重いが、それでも地面に着地したとき道路を踏み抜いてはいけない。


 頭部にはごてごてと、戦国の世の兜のごとき飾りがつく。他には目立った装飾はないが、白・黒・赤といった原色をメインとした、ひとつのパーツに一色だけを使う、塗り絵のような塗装がなされている。


 本来人型ロボットに求められるべきマニピュレーターは、手の指にものを掴む能力があれば十分である。ただし、相当の荷重にも耐えられるパワーは備えられるべきだ。さらにひじから下はロケットパンチとして飛んでいく必要があるため、腕には遠隔操縦可能な高機能ブースターが埋め込まれていなければならない。また、目と胸からは、派手な色彩かつ一撃必殺の破壊力を有する光線を発射する機能が必須である。


 田木博士は、これらに関わる研究を基礎から応用までほぼすべてひとりで完成させなければならなかった。彼がありとあらゆる研究に精力的に取り組んだ背景には、まともに手伝うものがほとんどいなかったという事実もまたあった。


 まこと、目的のためにはいかなる障害をも乗り越えて突き進む能力に関しては、田木の右に出るものはいなかったのである。だが、よくも悪くもその目的は、人のためにはなりそうもなかった。


 さて、その日、いよいよ大豪傑1号の起動動作試験が行われようとしていた。


 スーパーさくらでは、法令で、十メートル以上の高さの建造物を建てることは禁じられている。軍の特権を振りかざして造られた巨大な整備ドックの中に、ずももももとそそり立つその勇姿。さすがに本来の目標であった五十メートル超は無理だったが、建造物が相対的に小さいスーパーさくらの中では、十二メートルの身長があれば見栄えとしては十分だ。田木博士は、胸の中にふつふつと沸き上がる、ともすれば躍り出してしまいそうな興奮と喜びを、必死になって抑えていた。


 ただ、今回のものがプロトタイプだというのにはわけがある。さまざまな細かい点で機能が制限されているのだ。何より、組み込まれている人工知能に対する、命令系統が整備されていない。


 第一に、音声による命令しか受けつけない。中で操縦することはできないのだ。しかも、ひとつの機能に対し、統一された声に対するひとつの命令しか対応しないのである。


 つまり、田木博士としては、「攻撃せよ」と命令すれば攻撃し、「やっつけろ」と命令すれば攻撃し、「こらしめておやんなさい」と命令しても攻撃する、柔軟な反応をするロボットを造りたかったのである。現時点では、「アタック」でないとダメだ。さらに、「アタック」だったら誰が言っても動く、というわけではない。現時点では、田木の用意した音声データにしか反応しない。


 男のむさい声がドック中に響きわたるというのはどうも格好が悪い、やはり、オペレーターは女性でないとさまにならん、という田木の強硬な意見により、そのデータを入力した声の持ち主は、女性である。


 「───タギくん」


 ドック内に、名目上彼ら研究者を監督している宇宙軍少将がやってきて、ため息をついた。実状はといえば、無論監督というにはほど遠い。ここの担当を始めてわずか三年で、少将の胃袋はありとあらゆる神経性疾患を経験し、その大きさは一般人の四分の一になってしまった。


 「おぉ、これは少将、ようこそ。こんな朝っぱらからご足労かたじけない」


 少将は時計を見た。昼を過ぎている。オフィスと研究室の時差はどうやら五時間を超えたらしい。少将はまたひとつため息をついた。


 「そんなことより───」


 少将も、博士と同様に、そそり立つ大豪傑1号を見上げ、すぐに腰に痛そうに手を当てて姿勢を元に戻した。


 「ほんとにこの化け物みたいなロボットは、きちんと動くのかね?」


 化け物、という単語に田木の眉がつり上がった。


 「化け物とは何ですか化け物とはぁ! このフォルムの美しさが解らんのですか少将!」


 襟首をひっつかんで鼻息荒く迫られ、少将は慌てて、首を振る。


 「いや! いや! そんなことはない! 素晴らしいロボットだ、必ずよい成果をみせてくれると信じているよキミィ!」


 「当然です。私が造ったんですから」


 胸を張って、田木は答え、また大豪傑1号を見つめてふるふると握り拳をふるわせた。少将はその満足そうな横顔を見ながら、胃に手を当て、げんなりとみたびため息をついた。




 〈スタンバイ〉


 ドック内に、女性の美しいソプラノボイスが響きわたった。その声に反応して、大豪傑1号は起動した。当然ながら、起動といっても内部のコンピュータシステムが動き出すだけなので、見た目にほとんど変化はない。だが、ここでしゃきーんというドック中に響きわたる効果音とともに目が光るのでそれと解る。


 〈ゴー・アヘッド〉


 大豪傑1号は、ぎしょんぎしょんと重苦しい音を立てて、ゆっくりと歩き出した。もっとも、足元でコンベアーが逆方向に回っているので、前進はしない。


 もちろん、各関節部の機構アクチュエーターは、現在の技術の粋を集めれば、相当の負荷がかかってもほとんど無音で動かすことができる。ぎしょんぎしょんという音もまた、効果音としてわざわざスピーカーから出力しているのである。


 その足の流れは、ぶっとい足なりに不器用だが、にもかかわらずまったくバランスを崩さない点に、思わず人を感心させてしまえる大きな特徴がある。


 〈ストップ〉


 大豪傑1号は、ぴたりと足を揃えて止まった。


 「ほう、よく動くな」


 少将は思わず言って、即座に後悔した。


 「ほ、さようですか。それでは」


 田木を調子に乗らせてしまったからである。


 〈ライトアーム、アップ〉


 〈レフトアーム、ダウン〉


 ここらへんまではまだよかった。旗揚げゲームを見ているようなものだったから。


 〈パンチ〉


 〈キック〉


 〈ローリングソバット〉


 などが続けざまに試され、しまいには、


 〈ムーンサルト〉


 〈トリプルアクセル〉


 が飛び出して、十二メートルの巨体が鋼材の梁をへし折り、コンベアーごと床に穴をねじ開けるに到り、辺りはもうめちゃくちゃになった。ばらばらと壊れた梁の破片だのがまき散らされ、床の雑多な機械類はドック中を振り回されて、どがちゃがとぶつかり合いながら、そばで見ていた少将の方に突進してきた。


 「うわゃぁぁぁぁ!」


 もうすっかり三段腹の少将には、命からがらでなければ出しようのない瞬発力でもってとっさに避けたが、心臓が破れ鐘のように鳴り、ぼろっきれがこすれるような音でのどがぜえぜぇいうのは、そんな運動をしたからだけではない。少将は、何とかポケットから薬瓶を取り出すと、強心剤をがりがりとむさぼった。


 田木博士は、その様子を見てうんうんと頷いた。


 「少将閣下も満足されたようだ」


 「違うわぁっ、げほごほがほがほ」


 「そろそろ終わるか。ナワくん、ブレイクの命令を」


 「はい」


 田木が指図すると、三十三人目の助手、名和太一ナワ・タイチが答えた。彼以前の三十二人は、もちろん、とっくの昔に田木から逃げ出している。名和が田木の助手になったのはつい最近である。クールといえばクール、無関心といえば無関心、何事にも動じず、凡庸な顔立ちにして表情も顔色もまるきり変えない名和は、ときどきそこにいるかどうかも解らなくなりそうな奇妙な雰囲気を漂わせている。この施設の中でもっとも白衣の似合う男で、もはやこの男しか田木の助手はつとまらんという認識から行われた配剤だった。


 名和は、ちゃちゃっとコンピュータを操作して、終了ブレイクの命令を出した。はずだった。


 だがドッグ内には響きわたったソプラノボイスは、こうだった。


 〈アタック〉


 とたんに、これまでの効果音より数段上のボリュームでもって、だんだだーん!だだだだーん!とドックを揺るがすほどのオーケストラヒットが響きわたった。大豪傑1号は、うおおおおおおおんと機械とは思えぬ吠え声を挙げると、両腕を上に強く曲げて、人ならば力こぶをひねり出す姿勢をとった。


 その姿勢のまま、大豪傑1号は、足から炎を吹き出して、飛び立った。ドックの屋根をむりやり勢いで突き破って、はるかコロニーの空高く消えてしまったのである。


 「ありゃ?」


 ドック内に破壊された屋根の破片がばらばらと降りしきる。唇にまた強心剤のかけらをくっつけた少将が、引きつった顔で田木の肩にぽんと手を置いた。


 「こ、これは、どういうことかね?」


 「えーと、こんなはずじゃあ、ないんですがねぇ。ナワくん、私は確かにブレイクと言ったな?」


 「はい。私もブレイクの命令を出したつもりですが」


 「もう一回やってみてくれたまえ」


 やはりドック内には〈アタック〉の声が響いた。


 「あー、こりゃいけません」


 名和は、まるで風邪の患者を見立てる医者のように言った。


 「音声データの、ブレイクがあるべきところに、アタックが重ねて書き込まれてます。これじゃあ、何回やったってブレイクの命令は出せませんよ」


 「ちょっと待ったぁ!」


 悲鳴を挙げたのは、少将だった。


 「それじゃあ何かね、あのばけも……じゃなかった試作兵器は、もう止めることはできんということかね?」


 田木もまた、ワイドショーのご意見番として控える大学教授のように答えた。


 「そういうことになりますな」


 「それに今、よりによって攻撃命令を出したということかね?」


 「いかにも」


 「ストップの命令があったろう! 出したまえ、今すぐに!」


 「ストップではダメです。あれはひとつの動作の終了しか意味しませんので。アタックは個別動作ではなく、一連の命令をまとめたものマクロですから、ブレイクでないと止められません」


 「そそそそそそれじゃじゃじゃじゃあ」


 少将はもう呂律が回らない。


 「あああれはこここ攻撃するということかなこここコロニーをコロニー中をちゅどーんとどかーんと……あぁあぁあぁあぁ胃が胃が胃がうがががが」


 もはや何の薬も効果がない。答えを待たず少将閣下は、頭に血を上らせ脂汗をだらだら流し腹を軍服を破くほどにばりばりとかきむしりながらもんどりうって卒倒した。


 名和は、この泡ふき目を白くする哀れな姿を見ながらも、平然として次のしかるべき行動に移った。誤作動はさせても、その後できちんとフォローができてこそ科学者である。名和はディスク収納ケースを開けて中のディスクをあさり始めた。


 「バックアップとってありますよね。何番のディスクに入れてあります?」


 「三十四番のはずだが」


 「三十四番ですね、今すぐ出しま……」


 名和の手がぴたりと止まった。


 「三十四?」


 「そう、三十四だ、間違いない」


 「田木博士……こないだ、三十七番まではもう不要だから投棄せよって、メモ回してきましたよね」


 「三十一番までは投棄せよというメモなら回したぞ」


 『1』と『7』は、ペンでぞんざいに書くと、見分けがつかなくなりやすい。会話さえもキーボードで交わす場合の多い研究室の面々は、もとより読めるような字を書くという能力を持ち合わせない。下手にメモなんか使うと、こういうことになる。


 ふたりの間合いに、どよどよと黒い雲が立ちこめ始めた。


 「すると───」


 「うーーーむ」


 次の瞬間、名和はオオカミのように制御用のコンピュータに襲いかかり、ハチドリがホバリングするよりも高速にキーボードをぶったたき始めた。田木もその椅子の背にキツネのように飛びかかり、その濁った目をテディベアのように素直に見開いて、ディスプレイを見つめた。


 「現在の攻撃プログラムは?」


 「えーと、通常です」


 「ってことは、『完全勧善懲悪問答無用で正義が勝つモード』か?」


 「そうです。いかなる小さな悪事でも見逃しません。もちろん、ダイゴーケツ1号のセンサーで探知できる法律違反に限られます、が」


 名和が最後にくっつけた、「が」の意味を、田木は重々承知していた。


 大豪傑1号の通常攻撃プログラムは、ひとたび悪事を探知するや、前後左右いっさいの見境なくその悪人を追いつめて退治する。大豪傑自身が、過失致死傷・物品損壊・家宅侵入その他もろもろの罪を犯したとしても、そんなことはお構いなしだ。


 「幸い、1号の視聴覚センサーは、プロトタイプってことでかなり制限されてますから、ひっかかりそうなのはレーダーセンサーくらいですね。まさかあの巨体の目の前で人を殺そうと考える奴もいないでしょうから」


 「レーダーは電波走査だ。敵とみなした対象を探知するだけで、犯罪そのものを見つけることはできんだろう。……やれやれ、一安心だな」


 田木は一瞬胸をなで下ろした。


 だが名和はこう続けた。


 「ただ───博士が気にしそうな問題がひとつあります」


 「なんだ?」


 「今回は試験ということで、現在、ダイゴーケツ1号の全武装は封印されています。火器による攻撃は行いません」


 「いいじゃないか。何が問題だ」


 「残念ですが、博士。それが大問題なんです。もしこの状態で、運悪く誰か悪人を引っかけてしまった場合、───肉弾で攻撃します」


 「……と、いうことは」


 田木はなで下ろした手をそのまま硬直させて、顔面蒼白になった。


 「わしの造ったダイゴーケツ1号が素手でもってどかどかぼかーんと、ビルを破壊し道路を粉砕して暴れ回ると」


 「そういうことになりますね」


 「いかああぁぁぁん! それだけはいかああぁぁぁぁん!」


 田木は絶叫した。


 「そんなのは美しくない! ふさわしくない! わしの造ったダイゴーケツ1号がそんな怪獣みたいな悪役みたいなマネをするなんて、断じてゆるさああぁぁん!」


 ならば火器が封印されていなければよかったのかといえば、おそらくその通りである。田木にとっては、大豪傑1号が彼の思い通りに動かぬ失敗作であることのみが問題なのだ。彼の頭の中に、犠牲者とか避難誘導とかいう言葉は、ひとっかけらもなかった。


 「……どうします、博士」


 「現状はどうなっちょる?!」


 田木と対照的に名和は淡々と言った。


 「コロニー中空を飛んでます。パトロールモードです。このモードでは、安全高度の方が優先ですから、現在の視覚センサーに地上は捉えられません。つまりダイゴーケツは、空を飛んでいる限り市街の様子は解らないってことです。当分は大丈夫だと思います」


 「うーむ……」


 「ブレイクの命令データがない今、頭部の処理中枢を破壊する以外にあれを止める手段はありません。急いで空軍に連絡して、できるだけ遠距離からミサイルで狙い撃ちにしてもらうしか……」


 「馬鹿を言うな! たかがミサイルで破壊された正義のロボットなどこの世には存在せん! ダイゴーケツ1号の装甲はそんなにヤワではない!」


 「じゃあどうするんですか!」


 田木は何とか平静を取り戻し、腕を組んで言った。


 「まだ手はある。新しいブレイクの命令データを用意すればいい」


 「どうやって……」


 「あの音声データを登録した本人の声を、もう一度録音サンプリングするのだ」


 「なるほど。───そういえば、あの声の女の人、誰なんです?」


 田木は、腕を組んだままうーんとひとつうなってから、その問いに答えた。


 「ウチの、娘だ」


 ───そして田木は、佐野祐人探偵事務所へ電話をかけたのである。

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