Simon Says!(サイモンセズ!)
DA☆
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宇宙に国境はない。が、利権は存在する。線を引かねば気が済まないのが人間の性分である。脳で考え骨盤で立ち指先の神経から道具を生み出し、果てなく進化を続けているようでも、それは結局、精神の根幹に変わらず渦巻く様々な欲望を、制御できぬまま垂れ流した発露に過ぎない。
文明が円熟期に到達したその星系でも、それは同じであった。どの国家でも、いずれ行われるであろう惑星間大戦の準備に余念がなかった。軍事開発予算は湯水のように使われ、各種工学の研究者たちはその予算をむさぼり、何をわずらうことなく自分の研究に没頭していた。
ここは、人口二千万の巨大スペースコロニー「スーパーさくら」。その間抜けたネーミング相応に風土はのどかである。居住者が多いため、攻撃の許されないコロニーとして国際的に取り決められていた。住民はそれぞれに幸せな暮らしを送り、これまさに平和だった。
だから、この国家の中でも天才と呼ばれる科学者たちは、「スーパーさくら」の研究施設にこぞって集まった。安全な場所で、ぬくぬくと、大量殺戮のための、前線でしか使われぬ道具を、次から次に狂喜しながら作っていた。当然ながら彼らに理性を問うてはならない。好きなだけ金が与えられ好きなことをしていていいといわれた場合、遊蕩も研究も大差はない。
彼らは、とにかく研究した。とにかく開発した。その他のことはまともに考えなかった。トラブルが起こったときは、その尻ぬぐいを自分でない誰かがやってくれればそれでよかった。そのための資金は豊富にあった。
無論、誰が尻ぬぐいするか、どのように尻ぬぐいするか、そんなことをかえりみる者はひとりとしていなかった。尻ぬぐいする立場におかれた者が、怒り狂っても、首をくくっても、あるいは裁判に訴え、マイクの前で涙ながらに切々と語っても、軍という優しいゆりかごに包まれた彼らには、何の関係もないことだった。
そしてここに、そのせいでハッピーエンドを迎えた者がいても、やはり彼らはどこ吹く風で、技術の発展に一生を捧げるのである。
探偵とは、それが誕生した産業革命の時代から今日に至るまで、完全に誤解されてきた職業のひとつである。ネットワークが星を覆い、誰のものとも知れないデータが星から星へ飛び交うようになって、探偵の価値もすっかり様変わりした。それでも、探偵される方はおろか、する方にとっても、妄想めいた価値観はいっこうに変わらない。
トレンチコートを着て街灯の下で煙草を吹かす。あるいは、言い寄る美女の誘いをむげに断り、背中で語りながら去っていく。三百年は前に書かれた、そんな古いハードボイルドの読み過ぎで探偵になった人間は、三ヶ月もあれば、この職業の金臭さとだらしなさと退屈さに愛想を尽かして去っていくことになる。
十分に理解して探偵という職業を選んだ。
ハードボイルドなんかより、身辺調査の方が自分には似合っていると思っていた。
既に二十五になっているが、中学生かと言われたこともある色白丸顔では、カッコをつけてもなかなか決まらない。身長も平均よりやや低く、体質的に痩せてしまうこともあって、彼自身、存在感のあるキャラクターになるのはあきらめていた。だから、目立たない服を着て、目立たないところにいることでこなせる仕事が、一番合っているのだと、そう思って私立探偵になった。
だが、そう解っていたわりには、彼はオフィスを構える場所を大いに過った。
スーパーさくらはこよなく平和なコロニーだ。そして平和の陰にこそ、祐人のようなごく一般的な探偵が活躍する場というのはあるものだ。だが、商業区では競争に勝てないし、住宅区ではあまり仕事が来ないのではないか、そんな浅はかな予想を立ててしまった彼は、コロニーの中でもかなり異質な、軍事研究施設群の近くにマンションの一室を借りて営業を始めた。
失敗だった。
祐人の最初の仕事は、暴走して施設から逃亡した人工知能のロボットをとっつかまえることだった。三歳程度の知能しかなかったロボットは、祐人が袋小路に追い込むと思考回路の堂々めぐりを起こし、その場で輪を描いて回りだした。そうなればとらえるのはあまりに容易だった。簡単なものですと大きなことを言ってみせて、祐人は研究者たちにロボットを引き渡した。そこそこ高額な報酬も手にすることができ、なかなかこの商売、捨てたもんじゃないな、と思った。
あまりにうかつだった。
次の仕事は、過って一般廃棄物に紛れ込んで施設から流出した、薬品サンプルを回収することだった。ゴミ処理施設へ赴き、うず高く積まれたゴミの山をあさることになったが、かなり大きな容器に収められていたことも幸いして、宇宙空間に投棄される寸前、なんとか発見することができた。苦労したが、これまた高額の報酬を得られ、祐人は満足した。
早く気づくべきだった。
次の仕事は、製造中止となって数年が経つ機械部品を、ジャンク屋街で発見し購入してくることだった。こんな仕事もいいだろうと思って引き受けた。三日は歩き回り、近辺にすっかり顔馴染みもできた頃、ようやく発見できた。ただの買い物に、法外な報酬が渡された。
もう、戻れないところにきていた。
次の仕事は、某研究者宅の庭の芝刈りだった。芝刈りとは思えないような額の報酬が祐人の手に渡された。祐人は明細の入った封筒を握りしめながら、滂沱と涙を流さずにはおれなかったのである。
その日、仕事の予定は、何一つ入っていなかった。祐人は、昨夜シャワーを浴びた後のままのTシャツにジーパン姿で、ソファをベッド代わりに惰眠をむさぼっていた。昼と夜に四季すらも作り出せる、よくできたスーパーさくらの気候調節システムは、今朝は冷え込みが厳しいという予報を出したはずだが、彼が安穏と寝ていられたということは、エアコンの調子が至極良いこと、そして、来月の電気代がまたしても滞納される恐れがあることを示していた。
ぱろろろろろろ、と電話が鳴った。受話器を取ったのは、無意識のうちだった。取ると同時に、隣のディスプレイに、眼鏡の位置を直す
「やぁ、ユートくん。タギだ。実は仕事をひとつ……」
受話器を叩きつけたのは、条件反射だった。
田木甚次博士。このむさい親父が言いつける用件くらい厄介なものはない。
見た目は風采が上がらない。バーコード頭に、薮睨みでど近眼の濁った目、その上にいぼ、眼鏡だけはべっこう細工の高級品だ。いつも薄ら笑いを浮かべている唇の間にのぞく歯は黄色く、呼吸するたびにたばこの脂の臭いがする。栄養失調気味に痩せていて、肌にはしわが寄っている。ここが事務系の会社なら、まず間違いなく、窓際社員かセクハラ課長代理だと思われるであろう。
だが理系の世界は、どんな人間がどんな面相でどんな行動をとっていてもおかしくない。このような研究所ならなおさらだ。百戦錬磨の伊達男に見える者が観葉植物ひとつひとつに女性の名前をつけて呼びかけていたり、二十代後半の者が肝硬変で倒れたりする。白衣を着ている人間は、いったいに世の規範からどこかずれていると思って間違いはない。
田木の場合、その人並みにいたらない風采にして、人並みはずれた天才であった。まだ四十代の若さにして、兵器工学に関しては、既にその道の重鎮といわれるだけの成果をなし、スーパーさくらに住まう他のどの研究者からも一目置かれていた。
だが彼はすべての成果に満足しなかった。ひとつ何かをなした後は、またすぐに新たな研究材料を見つけ没頭することでなお高い評価を得ていた。周囲の人々は、その満足しない姿勢を賞賛した、彼こそは研究者の鑑であると。
しかし、どんなに偉いか知らないが、私立探偵をなんでも屋扱いする輩とまともにつきあうつもりはない、祐人はそう思っていた。実際は、今や「スーパーさくら」の軍事研究者全員が彼をなんでも屋だと思っているのだが、そんなことを彼に言ってはいけない。
また電話が鳴った。十数回のコールの後、祐人は渋々受話器を取った。まぁ、そろそろ各所にツケがたまっている。金銭感覚のない軍事研究施設の馬鹿じじぃどもからの仕事をひとつこなせば、およそいちどきに返せるのだ。金づるを怒らせるのはよくない。
「もしもし」
「やぁやぁユートくん、いきなり切ることはないだろう」
「しゃきっと目が覚めたんでね。───それより先に、ひとつ聞いていいか?」
祐人は、受話器の向こう側の様子がおかしいことに気づいていた。怒号が飛び交っている。マンションの三階の窓にも、何か音が響いてくる。研究施設を囲む高い塀の、その上にまで突き出して見える巨大ドックからだ。
「何かあったのか? 妙にやかましいようだが」
一瞬、間があった。田木は、すっとぼけた声で、答えた。
「……おや、気づかんかったか?」
「何がだ? ついぞ今まで、おれは寝てたんだが……」
「それなら、気にすることはない。ともかく、仕事をひとつ頼みたい」
「なんだ」
「私の娘を至急捜してもらいたい」
「むすめぇ?」
あの研究しか考えられないバーコード頭に娘がいるとは。
「断る、ロボット探しはもう二度とせんと言ったろうが」
「ロボットじゃない、私には、隣の研究室の連中みたく女性型アンドロイドを造る趣味はない!」
てめぇに人の趣味をどうこう言う資格があるのか、という言葉をどうにか飲み込んで、祐人は続けた。
「研究用の動物でも不許可だぞ」
「本当の娘だ! 貴様、私に娘がいるのがそんなに気に入らんのか!」
「顔を想像するのが怖いんだよ!」
「画像を転送する、回線を切るなよ」
簡単にまとめられた依頼書と、顔写真が送信されてきた。
祐人は画像を見て仰天した。美少女だ!肌は祐人よりも抜けるように白くしかし頬には朱がさす、あごの細い下三角の顔、その部品はそれぞれに小さく整った位置にある。特に、ちょっと垂れている二重まぶたの目は、赤みを含んだ色の瞳もまぁるく、小さくとも一生懸命見開いているようで愛らしい。眼鏡の紅色のフレームが、その小さい目を補うように囲んでいて、これもとてもよく似合っていた。電送写真からでも解る、瞳同様赤みを含んだつやつやした髪は、正面からみた顔のラインに沿うように短く切りそろえられていた。
どこをどう間違えれば、ディスプレイに映るこのむくつけきしどけなき男から、かくもキュートな娘が生まれるのか、別の意味で猛烈に怖い顔ではある。
「母親似でな」
田木は悪びれもせずそう言った。
「もう、十年も前に別れたが」
その顔を一度でいいから拝んでみたい、と祐人は思った。この父親との掛け合わせでこれだけの子が産めるのならば、絶世の美人に違いない。なれそめにいたった経緯を考える気にはなれないが。
「こんな娘がいたとは……何でもっと早く教えてくれなかった?」
「誰が貴様なぞに大事な娘を。で、引き受けてくれるのか?」
「とおぉぜん」
「……。今回はちと緊急事態だから頼みもするが、手を出したら承知せんぞ」
さしもの田木も、娘のことばかりは気になるらしい。
「名はチセ。ハイスクールに通っておる。今日は学校は休みのはずだが、どうしても連絡がつかんのだ。きっと商業区にでも遊びに行っとるんだろう。研究に関わる重要な用事ができたから、なるべく早く私の研究室に連絡するよう伝えてほしい」
「おいおい、まさか顔写真だけで、だだっぴろい商業区の中から人をひとり捜せって言うんじゃあるまいな?」
「チセが立ち寄りそうな場所もリストアップして送る、報酬はいつもの捜しものの倍額払うから、よろしく頼む」
女子高生のかわいこちゃん捜しに倍額の報酬とくれば、いくらいけ好かぬ依頼者といえど断る理由はない。
「よし、任せておいてくれ!」
もちろん、この依頼の裏でとんでもない事態が起こっていたことを、祐人は知る由もなかった。
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