幸せを呼ぶ就活

@kanae1782

第1話

はあ…。

私は深いため息をつき、ベンチに腰掛け曇天の空を眺めていた。

誰かが私の姿を見れば何か悩みがあるのか、嫌なことがあったのかと思うのではないだろうか、実にそうである。

就活を初めてからというもの内定をもらっていないのだ、選考に進んだ会社は200社を軽く超えている。大学4年生の時は毎日のように会社を回った記憶が新しい。

ちなみに私は今年で23になる。浪人や留年はしたことがない。どういう意味か理解いただけただろうか、いわゆる私は就職浪人というやつである。

 これだけの情報をご覧になれば、こう思うのではないか。会社を選り好みし過ぎ、学歴は、資格は、君自身に問題があるんじゃないの?

 確かに、自慢できるような学歴ではない。だがテレビで芸能人が出身大学を発表した時、わざとらしく観客から「おーっ」といった。すごいの意味を含めた驚きの声があがる最低ラインの大学は出ているし、資格もある程度はある。性格ははっきりとはわからないが尖ってはないはずだ。大企業も受けた、中小企業も、それでもダメで年中求人を募集しているようなブラック企業も受けてみた。だがすべてダメだったのだ。

 結局在学中に就職先が決まらず、大学を卒業してしまった。ゼミの教授も就職課の担当者も私の就職先が決まらないことに困惑していた。私より上の人間は普通にいるだろうが下はもっとたくさんいる。なぜなのか私が一番わからない。現在はバイトをしつつ就活を続けている。最初は心配してくれていた親と妹も最近では腫物を見るような目で見ている。

それはそうだろう、他人から見れば私はただのフリーター、ろくに就活もしないで今更やっているのかと見られるのが関の山だろう。

 今日は午後から新しく見つけた就職支援サービスに相談をしに行く予定だ。早めに家を出発しベンチで休憩、今日もお祈りメールが新しく来て項垂れていた。

 今日訪問するところははっきり言って怪しいと思っている。就職の情報収集のためにネットをあさっていたらたまたま見つけた広告につられのこのこやってきたのだ、ネットで調べても新しい企業らしく、ろくに情報は集まらなかった。

 しかし、藁にもすがる思いでダメ元と思いつアポを取ってみたというわけだ。

…ここか。小さなビルの4階。ビル自体もきれいとは言えない、失敗したと思いつつもドアを開ける。中に入ってみると固定電話が1つ。内線で呼び出すと、すぐに会社の人らしき人物が来た。「お待ちしておりました、大和様。担当の高橋です。」担当者の人なのか。電話で聞いた聞き覚えのある声だ。「初めまして、大和広樹です。よろしくお願いします。」ちなみに私はキラキラネームではない。ひろきだ。読めるだろう?

 案内された部屋に入り椅子に腰かける。「早速ですが。今回お受けになるサービスは就職先の紹介で間違いないですか。」「はい、そういった形でお願いします。」「本日持参していただくように頼んだものはお持ちいただけましたか。」「はい、こちらに。」事情を話していたので今まで受けた企業、どの時点で落ちたのかをまとめたリストを作成して持参したのだ。さすがにたくさん受けたため完璧とは言えないが大体あっているはずだ。「これは…すごいですね…」どういう意味だろう。なぜこんなに受けているのに受からないのか驚いているのだろうか。少し馬鹿にされた気がした。「えっ…ここにも落ちたのですか?」有名なブラック企業の名を見たのだろう。来る者拒まず、言い方を変えればそうなる企業だった。

少しの雑談をはさみ改まって高橋さんが口を開く。

「学歴、資格、今まで軽くお話ししましたが人と話すことも極端に苦手だとは思えませんし、なぜここまで就職先が決まらないのか不思議ですね…」ゼミの教授や就職課の担当者の悲しい目を思い出すからそのリアクションはやめてほしかった。

「アルバイトの面接で落ちたことはありますか。」「いえ、2つのバイトに応募しましたがどちらもすぐに決まりました。」「バイトは落ちないのですね…」嫌味かな。そう感じた。

「いえ、ですがあなたの行動力は立派だと思います。こちらも事前にある程度求人を用意していましたので早速紹介に移りましょう。」「はい。」そこから話を聞き、さっそく紹介された5社の選考に進むことにした。

 それから1月が経ち、私はまだ内定はもらっていない。改めて高橋さんを訪ねる。「…残念でしたね。」「はい。」またもすべての会社に落ちたのだ。どうしてだろうアドバイスをもらい、きちんと受け答えできたはずなのに。「あの…」「はい、なんでしょう。」なんだろう、慰めの言葉でもくれるのだろうか。「さすがに不思議に思いまして。あなたが受けた会社を調査してみたんです。」どういうことだ。何があるというんだ。「あなたがうけた会社には、あなたより上の人がなぜか採用人数分集まっていたんです。」「はー?」情けない声が出た。どういう事だ。そのままの意味だろうが理解できない。「あなたは十分能力のある人間だと思われます。ですが不思議なことにあなたが受けた会社ではあなた以上に学歴が高く、コミュニケーション能力がすぐれ、資格も持っていたりする人が集まっているようです。」いや、だが自分より高学歴の人間が中小企業だろうと受けるのは珍しくない。そんなに驚くようなことだろうか。「私が紹介した5社ですが、採用者の名前は明かせませんが学歴や資格などは教えてくれました。本人にも企業側にも許可を取っています。どうぞ。」

企業の名前と採用者の学歴や資格が書かれたリストが私に渡された。「…」声にならない、なぜか私が受けた企業の採用者学歴には日本でトップの国立大学や私立大学、聞いたことがある海外の有名な大学もあった。有名な大学出身でなくとも本人の能力を示すのには十分な資格を保持している者もいた。「ちょっと、こんなことあり得るんですか。はっきり言って、あの程度の会社にはふさわしくないと思いますが。」つい、言葉を選ばず大声で話してしまった。

「そうですよねー。」高橋さんも信じられないような事実のようだ。声に気持ちが乗っていない。「1人くらいなら高学歴でもおかしくないのですが、ここまであなたが受けた会社に集中すると偶然とは言えません、奇跡です。いや、あなたにとっては呪いでしょうか。」

言葉を選べ高橋。私たち二人とも少しおかしくなっているようだ。

「それでですね、いいお話があるのですが。」なんだろう。嫌な予感だ。「この呪いを利用しませんか。」「どういうことですか。」何をする気だ。「この企業の選考に進んでくれませんか。」渡された資料には知っている企業の名が書かれていた。少し前までは大手企業として活躍していた電機メーカーだが現在では様々な問題が重なり、事業縮小、就職先として学歴や能力のある者が敬遠しつつあるらしい。「改革のためには人材が必要ですが、高い能力を保持している人は潰れかけの元大企業に入ろうとはしません。ですから…」「私が選考に進むことでいい人材を引き入れると。」「はい。そういう事です。もちろんタダでとは言いません。」「私どもの会社で正式にあなたのその呪いを利用させていただきたいと考えています。あなた自身をわが社で正社員として雇わせてください。」たしかにいい話だ。自分一人でこの呪いを他社に売り込んでも、ただのフリーターが頭のおかしな話をしているようにしか聞こえないだろう。門前払いかもしれない。

「わかりました。よろしくお願いします。」「こちらこそよろしくお願いします。」やっと就職先が決まる、親や妹にも堂々とできる。この先呪いが消えるかもしれないが現状よりはましだろう。「本日はありがとうございました。正式な文書は後日送らせていただきます。」「はい。ありがとうございました。失礼いたします。」これでやっと解放される。その日の夜は久しぶりによく寝ることが出来た。後日、高橋さんが言っていたであろう正式な文書が届いた。意気揚々と私はその封を開け中身を確認する。初めての内定通知だ、どのようなものだろう。

 『大和広樹様 担当の高橋です。このたびは我が社とあなたで行う事業についてのお話を聞いて下さり誠にありがとうございました。 しかしながら、あなたより上の呪いを持つ者が現れたため。残念ながら今回の採用の話はご期待に副えない結果となりました。

  大和広樹様の今後一層のご活躍をおいのり致します。』

私の呪いが消えることは心配しなくてもよさそうだ。

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