第11話 何かがほしい。⑤
と言っても本当になるつもりはないし、自分のような何処か冷めた人間は精神病には罹らないと言う妙な自負もあった。
「精神病を騙る」
ネットで得た情報によれば、然るべき手順を踏まえ診察を受ければ簡単にその病名は付くみたいだ。
ならばと思い立ったが早いか、翌日からはその下準備を始めた。
簡単に言うと登校を拒否し始めた。
そして一日の99パーセントを部屋に引きこもる。
両親は少し騒ついたがそこは難しい年頃の女子高生、そっとしておくのがベストと言う選択をとってくれて助かった。
ここからは香子にとっては笑い話でしかない過去だが、面白いことに、この「詐病訓練」を始めてからネット内に友達が増えた。
リアルな情報収集のためにSNSなどで精神病のタグの付いたアカウントを探し漁り好んで近づいたのだ。
「ああ、友達ってこうやってつくるんだっけ。」
香子はしみじみ思ったものだった。
香子にとって精神病患者たちは実に与し易い存在だった。
否定せず傾聴し、反論せず受容。
最早友達関係と言うよりも需要と供給のニュアンスに近かった。
その内の一人「カヲリ」と言う23歳の女と会うことになった。
お互いネットと言う安全地帯を踏み越える事に躊躇いは無く、実に容易く現実社会で対面した。
場所は香子の住む群馬県から二度の乗り換え、実に二時間を要してたどり着く東京の某繁華街。
カヲリの容姿はメールで知らされてはいたものの、その下馬評通りの地味な女だったので逆に驚いた。
春先、薄手の辛子色のカーディガンに白のVネックインナー、グレーがかったスキニーパンツを履いている。
地味と言っていて派手なのが女であり太ったと言っていて痩せているのが女だと言うのが香子にとっての女だったからだ。
23歳にしては老けてるし流行りに乗れてない感じの人だな。
それがカヲリに対する「のこ」こと香子の第一印象である。
二人は申し合わせ通り、流行るでなし廃るでもない無難な喫茶店に入った。
カヲリは香子の正面でアイスコーヒーを飲んでいる。飲んでいる時ストローを押さえるのが癖らしい。
お互い適当に天気の話やこの街までの行程を話し合った所で(飽くまで香子にとっての)本題にはいった。
「いつからなんですか?、、、鬱。」
そう尋ねるとカヲリの姿勢が若干前傾したのは見間違いだろうか。
人間が意気込んで話す時に無意識に取る体勢であるのは香子でも知っている。
「もう六年になるかなぁ。」
頬杖をつきながら吐いたその言葉と表情に香子は憎たらしさを感じた。
しかし傾聴と受容、初対面の人間に取り入るのはこの二つのポイントが全てである。
語らせる。受け入れる。適度にこちらも情報を開示し警戒心を取り除く。
ボランティア志望時期、申し訳程度に心理学も齧っておいてよかった。
カヲリはメールとは打って変わって、よく喋る。
本当はこの女は文字で自己表現するのではなく、言葉と声の微妙な侘び寂びで自分と言う存在をより具体的に伝えたいのではないか?
香子はそう感じた。
つまり自分の話をまともに聞いてくれる人間を渇望しているのだと。
香子の見てきた中では(多少推測と偏見混じりだが)精神病患者は罹患以前から孤独な人間が多く、人付き合いに対する経験値が低い。
現にこのカヲリも今目の前で呼吸を忘れたかの様に自分のこれまで人生と言う名のゴタクを披露している。
「空気が読めない人」と言う表現があるが、目の前のカヲリがそれだ。
カヲリの話の内容は断片的にしか入ってこない。
が、キーワードのみを押さえておけば相槌に支障はない。
そのキーワードとは纏めると、
父子家庭
中学の頃担任にレイプされかけた。
父には相談できず友達にも言えず泣き寝入り
そこから人生狂った
高校へは行かず
介護施設でアルバイトを始めるがベテランのおば様方に苛められる
引きこもる
ニート
と言った具合だ。
なんだ録音しておけば良かった。ちゃんと聞いてれば面白そうな人生じゃないか(飽くまで私から見て)。
と香子は思った。
「あなたはいつからなの?」
ついにその質問がきた。いよいよだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます