第10話 何かがほしい④
そこには当時の香子がまだ知らなかった単語が溢れていた。
統合失調症。AC。双極性障害。パニック障害。強迫性障害。摂食障害。パーソナリティ障害。PTSD。
実に様々だ。
スクロールし、タイトルを流し見してランダムで一つのスレッドを覗く。
統合失調症スレ。
どうやら昔は多重人格と呼ばれていた病気らしい。
昔ドラマで見た覚えがある。
弱気な主人公に危険が及ぶと、凶暴な別人格に入れ替わり敵を撃退すると言う陳腐なドラマだった。
書き込みを見る限り、そこまで分かりやすい病気ではないらしい。
中には夫や子供を持ちながらも入退院を繰り返し、社会生活への復帰は絶望的に思える発言をしている者もいる。
AC。当然だがどうやら公共広告機構ではないらしい。
アダルトチルドレンの頭文字をとってACらしいが、機能不全家族で育った影響で何らかの心的外傷を負った人々を指すらしい。
しかし医師が患者に対して「貴方はアダルトチルドレンですね」と診断するとも思えなかったのでグーグル検索をしてみると、このACと言う名称自体は飽くまで自己認知の範疇らしい。
その背景を知った途端そのスレッドの住民が、クラス内で「私は〇〇系」と自己をカテゴライズし独自の身分を名乗っているワナビーに思えた。
香子は両親ともに健在で、父は会社員母は兼業主婦と言う月並みな家庭で育ち、幸い虐待や夫婦間嫁姑間のの軋轢に触れる事なく育ってきた。
柵の向こうから見るアダルトチルドレン達の交流。
香子にとっては娯楽の一つでしかなかった。
次に覗いたのは双極性障害スレ。
これは俗に言う躁鬱病の事らしい。
極端にロー(鬱)とハイ(躁)を行き来する精神疾患。
意外にも(飽くまで比較的にだが)就労者が多いのには驚かされた。
大方のここの住民は、周囲の無理解に苦しみつつも何とか首の皮一枚で社会と繋がっていた。
だがその割合は半分以下である。
また半分の内訳は生活保護受給者であったり、貯金を切り崩していたり、または実家への寄生で命を繋いでいる様だ。
香子はここへ来て初めて「精神疾患」と言うもののシビアでいてシュールな側面を目の当たりにした気がした。
先に見ていた統合失調症は何処か「生活」と言うものから乖離しているようにさえ見え、画面越しの傍観者にとっては臨場感に欠けるものがあった。
ACに関してはまだ比較的他と比べ「現状を笑い飛ばせている」住民が多いと言うか、客観的に見て厭世的な人間が多く、どちらかといえば「疾患」と言うよりも「環境に作られてしまった性格」のように感じた。事実ACと言う病名はない。
香子は薄い皮膚の奥で血液が踊るのを感じた。
面白い。鬱をもっと知りたい。精神病患者に触れたい。
初めて自分の行動目的、アイデンティティーなるものを手に入れた。
「私は私でいよう」
そう決意し、そして思いは成就しつつある。
初めて「言葉」や「歩み」を取得した乳幼児よろしく「好奇心」と言う動機が「即行動」に繋がるのは容易かった。
香子は中学を卒業すると同時に様々な病院や療護施設に電話をかけた。
「精神病患者相手の傾聴ボランティアをしたい」
もちろんそう言ったボランティアの存在があることはネットで調べるまでは知らなかった。
今や香子は行動力の塊である。
しかし、ここで小さな挫折を味わう。
未成年と言うだけで門前払い同然の扱いを受けるのだった。
曰く「未成熟の青少年に、ナーバスな
精神病患者の相手は荷が重く、またそれに伴って逆にそちらの心身に負荷をかけてしまっても申し訳ないから」と、どの病院でも纏めればその様なことを言われたが、要するに「ミイラ取りがミイラになるケースかま多いから止めとけ。責任とれねーから。あと逆にガキに任せて患者を不穏にさせられたら困るし。」と言ったところが本音だろう。
しかし香子はこれくらいでは折れなかった。
発想を変えてみよう。
「仕事」として接するのはハードルが高い。
となると、
ここでまたネットの力に頼ることになるが、
結論として自らが精神病を患えばいいのだった。
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