第9話 なにかがほしい③

以来香子は、自分の「演じ得るもの」を探した。

その「演じ得るもの」が探してきた「何か」とわかったのだから、薄ぼんやりとしたその骨格に肉付けを施すだけだ。


自分はなにになれるのだろうか。


その答えは降って湧いたように現れた。


中ニの冬、ついに携帯電話ユーザー第一号がクラスに現れた。

携帯は教師たちからやんわりと止められていたが、一人が先陣を切ればあとさなしくずしである。

三年に進級するや否や、新しく振り分けられたクラスではメールアドレスの交換が流行ったのである。


この場合の香子の幸運と言えば携帯所持に出遅れなかったことである。

「虎視眈々と」と言う表現は本人としては認めたくはないが、この機を逃す手はなかった。


何故なら携帯所持が当たり前になったとは言え、その割合はまだ六割程度のものだった。


つまりまだ携帯が普遍的なアイテムには、未だなっていない。新しい勢力構成の波には出遅れることはないのである。


香子は努めて友好的にメールアドレスを収集して回った。

元々嫌われているわけではないので苦労はなかった。

しかしその時点ではまだ大事な一点に気づいていなかった。


携帯所持グループは、その中でも更に細分化しグループ内での秘密の掲示板を持ち、そこで複数人で交流していたのだった。


それを知らせてくれたのは、携帯所持者でもないエリート勢の一人。


「あの子たちはグループ毎に別れて別グループの悪口書き込んで楽しんでるのよ。」


香子は落胆した。

やっとの思いでゲームボーイを買ってもらった矢先、皆は一つグレードの高いカラー画面のゲームボーイを当然の様に持っているのを知った小学生時代の様な落胆。


もう私はクラスメイトには追いつけないのかもしれない。


香子は悟った。

「もういいだろう。自分はよく戦った。長い確認作業だったのだ。自分と皆は同じ生き物なのか確かめる確認作業だったのだ。」

香子は自らをそう無理矢理納得させた。


一度落ち着けばなんとも滑稽でくだらない作業だったんだろうと思えた。


醒めた頭で考えた。

「私は私でいよう」と。


そう思えたのはインターネットの影響が大きかった。


そこは実に多種多用な人種蠢く大都会、いや宇宙だった。


香子がまず嵌ったのは某巨大掲示板。

そこには様々なカテゴリーのスレッドがある。

クラスでのグループ分けのようで最初は敬遠しかけたが、一度覗けばなんとも言い難い気持ちにさせられた。


今まてま近づくことさえ叶わなかったクラス内のグループのメンバーの会話を盗み見れるどころか、その会話に割って入れるのだ。

つまり、俄かでも事前に予備知識さえ備えておけば自分はどのカテゴリーのスレッドでも話題を振れる。


言い換えれば誰にでもなれるのだった。


表現し難い万能感。そして今まで満たされることのなかった帰属願望が満たされる快感。


最初はそれこそ手当たり次第どうせなら、と本心から興味のあるスレッドに入り浸るようになった。


それが「メンヘラ板」と言うカテゴリーだった。

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