第4話 大きな器がほしい。
動揺した。それを悟られないネットと言う防壁に隔てられいてよかった。
叶谷は安堵するも束の間「こいつは一体誰だ?」と言う当然の疑問と、この一カ月、彼女と自分だけのやり取りに割り込みの如く参加してくると言うこの行動には「乱入」と言う言葉が適当である、と叶谷は思った。
ふいにハンドルネームに目がいく。
「しゅら」の三文字。なんだ「修羅」を気取る中二系ナルシストか?十中八九男であろう。
思いは猜疑心に変わる。
事実叶谷はこのブログを開設後、実に一年余り誰からのコメントもなかった。
それがどうだ、この一カ月余りの間に二人の人間が訪れた。
確率論を論じる頭はないが、にしてもこれはかなり低い確率で成しえる事態なのではないか。
と、感心しかけた傍で別の疑念が湧いた。
統計的に?いやもっと単純に人間の心理として例えばガラガラの飲食店があったとする。その店はいつ通りかかっても人一人居らず開店休業状態だ。
ガラガラの店なんて逆に居心地が悪い。更に言えば味の保証もない(飲食店に例えた場合だが)。
介護の職場のパートの中高年女性を見て確信を得たが「日本人は第一人目と最後の一人」になるのを極端に嫌う。
つまり、誰か先陣を切るもの(第一人目)がいて初めて「私も」「なら私も」が生まれるのだ。
あとはもう簡単。皆がその背中を追いかけ、先程とは打って変わって乗り遅れるのを回避するが如く雪崩れ込む。
売れてると宣伝されたモノは売れ、今キテると話題になったバンドはファンを増やし、流行りだともてはやされた芸人はオファーが殺到する。
この理屈は確かに存在する。
ではこの場合もそれが応用されるのであろうか?
恐らくその可能性は五割。
この数字は叶谷は譲れなかった。
先に挙げた事例の様に「なんとなく釣られた」場合が半分。
もう一つは「のこの様な子を一点集中で釣るのが目的」の場合が半分。
つまり叶谷の仮説だと後者はこう言ったことだ。
この闖入者Aは普段からそれ系のブログを渡り歩いている。
「なんらかの」目的をもって。
ブログタイトルからするに「脆く、弱っており、且つ悩みを抱えた女」
そして今回見つけた。
要するに女相手にのみ釣り糸を垂らす場荒らし的な釣り師だ。
こういった輩の場合、大抵このブログ自体を読んでいるわけではなく狙った獲物を獲ること以外には興味がない。
叶谷は頭の中でついに断言した。
事実、このブログの主である叶谷に断りもなく敷居を跨ぎ、主人を通さずして客人に話しかける。
モラルもマナーもエチケットもありはしないと叶谷は断罪した。
しかしここで叶谷の思考にブレーキがかかる。
ここでこの「しゅら」を咎めた場合、その後の展開。
物事を妄想混じりの色眼鏡越しに俯瞰的に見える叶谷の目にはこう見えていた。
1、やんわりと注意をする(管理人への挨拶が先だろうと)
2、しゅら謝罪
3、どことなく気まずい雰囲気に。
4、のこ、アクセスを断つ
これが叶谷が思うパターンA
そしてパターンBは
1、やんわりと注意をする。
2、しゅら反抗(細かいことを気にしすぎだ云々)
3、しばし、柔らかい棘での刺し合い。
4、のこ、見ていられずフェードアウト。
AもBもダメではないか。
円満だ、円満に振る舞うのだ。
しかしどうだ、リアルの鬱病の方々はこう言った場合の対処として、やはり注意をするにできず、思いを抱えた方が自然なのか?
いや、このブログ内では飼い猫アーリーが死んだ事になっている。
そこへ来てそれを二度も(一度はのこだが)もなかったことにされていいのか?
決まらない。感情発露の采配と言う惨めな小市民的逡巡。
懐にもっと大きな器がほしい。
何事にも敏感で、小さな棘でも声を上げてしまう小心者。
鈍感で大らかな「The大人」になりたい。
「ありがとう、ございます^_^」
「んあ?!」
だらだらと思案しているうちにのこからしゅらへの返事が書き込まれた。
「おいおいおい!」
叶谷は血流が頭に集中するのを感じた。
「しゅらさん。
あなたは、お幾つですか?」
気の迷いか、身心を喪失していたか、気がつくとそのよくわからない文を打ち込んでしまっていた。
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