第3話 精神力がほしい。
「最近、猫ちゃん、元気ない感じですか?」
「のこ」とはあれから一カ月ほどコメント返し返しループで絡んでいる。
まずい、アップする写真選択に神経を取られすぎて猫のアーリーの写真がお座なりだ。
アーリーとそれっぽく名付けてみたものの、無論この猫も転載だ。
愛着もなければなんの感慨もない。
だって飼っていないのだから。
「言い出せなくていいすみません。
アーリーは旅に出ました。長い長い旅です。また輪廻をくぐって逢えるのをまっています。」
我ながら上手い返しだと思う。
このブログの風潮にもマッチした鬱屈した悲しい事案であり、且つそれに傷ついた可哀想な自分を演じられる。
更に言えばもう猫の色んな写真を転載する手間がなくなった。
一石三鳥である。
アーリーもとい誰かの猫ちゃん、すまん。
叶谷は心の中で短く手を合わせた。
「そんな、可哀想。アーリー、さよならなんですね。黒さん、平気ですか?」
黒と言うのは言わずもがな叶谷のハンドルネームである。
実名はおろかポップな名前では感じが出ないと空気を読んだ結果がこれである。
中二病臭さ漂う名前だが、簡潔で且つ特段調子に乗った風もない。
と思う。
それにしてもこれはチャンス、糸が垂れている。
「平気ですか?」と尋ねられて「平気です笑」と返す馬鹿はいない。
ここは叶谷の空気読みの感性が試される場面である。
「平気だと思います、、、^_^」
これだ、これぞ空気読みの真骨頂。平気と言いつつも分かりやすい強がり。叶谷は一人自画自賛の悦に入った。
「よかったです!」
一瞬時が止まった。
「え?」
よかったです?ビックリマーク?
「この子馬鹿なのか?」
叶谷は毒づいた。
(平気な時に平気と言う奴はいないだろ!自明の理だろう?!)
叶谷は心の中で自己中心的なロジックでのこを口撃した。
「私は、最近、セミナーでも疎外感があるし、だめだめです。病気も、よくなる傾向にないです。」
毎度のことだが返信の早さに驚かされる。
もう一つ驚かされたことがある。
最早アーリーの件はなかったことになりつつあり、のこの話題に転換されているのである。
ここで叶谷は思案した。
空気を読む癖。
ロックな男ならどうする。荒々しく突き離す?
ラッパーなら、我を捨て利を得る?
では鬱で詩的な男なら?
「セミナーに参加されていたのですね。帰属意識は生きる上で切り離せないものですが、固執しては危険。
他人なんてあってないようなものなんですから。」
思案した結果がこれである。
一旦、自分の話題を捨て置かれた事に対しては触れず、相手の話題に対し答えをプレゼントしたように見せかけて、箱の中身は空っぽ。
所謂逃げ口上である。
精神力が足りないと思う。叶谷は感じた。
今叶谷は自分を蔑ろにされた気が優って他人の悩みに興味を持てないでいる。
人と関係を維持できる精神力がほしい。
これはほとんど持久力に近い。
「ありがとうございます。黒さんは、アーリーとさよならして、大変なのに。私は、最低。」
画面を見るや可哀想や心配よりもついに「面倒くさい」が優ってしまった。
元はこんな話題が飛び交って然りのブログの筈なのに。
「君はひとりじゃない」
「ん?!」
思わず声に出てしまった。
横槍、第三者の介入である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます