過去の回想、そして僕と君の始まり
四月十五日。
僕は園芸委員になる事になった。
僕は特段どの委員会になりたい、とか、これにはなりたくない、なんていう希望を持ち合わせていなかったから、特に何も言いださなかった。そうしている間に僕はいつの間にか園芸委員会に所属することが決まっていた。どうしてそうなったのかは聞いてみたい気もしたけど、そんなことのためにわざわざ席を立つのも面倒だったから、そのまま本を読んでいた。別にそれで園芸委員の仕事に支障があるわけではないからそれでいいだろうと思っていた。
僕の通っている小学校では小学四年以上になると一人一つ、何かしらの委員会に所属することになっている。その中でも人気があるのが運動会の実行委員とか、放送委員会とかで、園芸委員会は仕事は地味だし朝の水やりが面倒だということであまりみんなやろうとしなかった。僕も、朝早く学校に行って水やりに行くのは面倒だと思ったけど、別にそれをぎゃあぎゃあ嫌だと騒ぐような面倒くさいことをしようとは思わなかったし、みんなそれを分かっていたから多分僕を園芸委員会にしたんだと思う。小学校六年生。四年、五年と、今までに二回、委員会を決めてきたけどその時も同じような流れで飼育委員会と図書管理委員会になっていた。できれば新しい仕事をおぼるのが面倒くさいから飼育か図書だと楽だなと思っていたけど別に園芸の仕事も一カ月もすればなれるだろう。特段、問題のあるわけではなかった。
これから一年、同じ園芸委員会として仕事をすることになったのは草野結花という女子だった。この子は僕と違って自分から進んで園芸委員会を希望したというから、よほどのもの好きなんだろう。肩ぐらいの茶色い髪の小柄な女の子。白い透明な肌に茶色の混じった瞳が特徴的な子だったと記憶している。足はそれほど速くないが、球技系の運動は得意だったはずだ。授業中の発言も的確。まずまずの優等生。————僕なんかとは、大違い。
全体委員会が開かれたのはその翌日。全ての委員会が、同時に委員会を行う。園芸委員会は四年生のクラス担任の先生が担当だから、その先生の教室に集まって、校庭の花壇に植える花と、毎朝の水やり当番の割り当てが行われた。クラスごとに一週間に一度、水やりを行う。僕の所属している六年二組は金曜日が割り当て。今まで知らなかったらしいけど、夏休みや冬休みも登校して当番を行わなければならないらしい。初めて知った。朝だけならともかく、土日長期休みもか。いよいよ面倒くさい。土日の当番に当たった人、ご苦労様。
「ええと、永沼、あき、と、くん?」
草野結花がしゃべりかけてきた。
「あきひと、だよ。草野さん。」
どうせ、彼女の視界には僕は入っていなかったんだろう。何考えてるかわかんない根暗な男子のことをいちいち記憶している方がすごい。
「あぁあー、わぁー、ごめんなさい。あきひと、くん。これから一年間よろしく。」
「ん。よろしく。」
そう返して視線を下す。
無理にしゃべりかけていただかなくて結構です。気を遣わせるのも、使うのも嫌なんです。これ以上気を使わないでください。どうすればいいか、わからなくなります。
僕の意に反して、草野結花は僕に話しかける。
「あきひとくんって、どんな花植えたい?」
思わず顔を上げる。
「どんな、花?」
「そう。もう春のは植えられてるし、夏のも決まったし、秋の間だいたいの予定は立てられちゃったけど、どんなのが良かったの?」
草野結花は、僕に植えたい花があると思っているようだ。特にない。だけど、園芸委員になるような人間には育てたい花が必ずあると思っているみたいだ。とんだ大違い。僕が園芸委員を押し付けられたのを見ていなかったのか。それともいやだといわなかったから押し付けられたとは思っていないのか。
そもそも、春の花、どんなのがあるんだっけ。自慢じゃないけど、僕は植物に疎い。
僕は思わず、外を見る。ああそうだ、春の花。
「サクラかな。」
「さくらぁ?!」
草野結花は素っ頓狂な声を上げた。
「……うん。」
「サクラって、染井吉野?」
わからない。僕のイメージしているサクラがソメイヨシノさんなのか、他の種類なのか、そもそもほかの種類ってどんなのがあるのかがわからない。
「…。たぶん、それ。」
そういうと、草野結花はふっと口元をほころばせ、笑いだした。
「あはは。あきひとくんって、面白い。花壇にどんなの植えるか、って話してるのに、サクラがいいって。」
「サクラって植えられないの?」
思わずそう聞き返す。
「当たり前じゃん。桜って樹だよ。植えてから何年かけて花を見るつもりなの。」
「そうなんだ。」
そうなのか。
確かに桜って樹についているところも見たことあるけど、普通に植えられるんじゃないか、って思ってた。だってサクランボも、桜の実だろうし。サクランボって樹からとってるんじゃなくて、普通に小さな花だったん気がするんだけどな。イチゴとイメージが混ざってるかもしれないけど、本当にイチゴみたいなやつもあるんじゃなかったっけ。
ちっちゃいのってなかったっけ。植えられるんじゃなかったっけ、というと、ないよ。当たり前だよ。常識のレベルだよ、と返された。
どうやら、僕には常識というものが欠如しているらしい。それを言うと、あきひとくん、確かにケツジョしてそう、と返された。失礼な奴。欠如も満足に言えないくせに。
それが、初めて僕が草野結花という女子としゃべった日だった。
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