The Troubles in Midwinter(前編)第2話

 二人の心に、それぞれ小さな引っ掛かりが残ったまま、年が明けた。




 正月二日の朝。


 リナから二人へメッセージが届いた。

『ハッピーニューイヤー!!今日は二人とも何してるー?』


『テレビ見て昼寝』

『吉野と同じです』


『二人とも暇そうね♡じゃ初詣いきましょーよ♪』


『めんどくせー』

『寒いですしね』


『もー。それでも若者なの!?

ちゃんと出て来たら、お正月ならではのいいことさせてあげるっ♡』


『……なんだよそれ』

『……そう言われると気になりますね』


『じゃーさ、午後1時に順の部屋に集合しない?車は私出すからさ♡』


 そんなこんなで、予定通り吉野の部屋で待機していた二人を、リナが車で迎えに来た。


「あけましておめでとう♡今年もよろしくっ♪」

「明けましておめでとうございます、リナさん」

「あけおめー。ってか、これからどこ行くんだよリナ?」

「えへへー。お楽しみっ!」



 リナがまず二人を連れて来たのは、リナの自宅である。

 大きな門をくぐると、その奥に広々と立派な和洋折衷スタイルの邸宅が佇む。


「……なあ……リナ。お前んち、実は金持ち??」

「あら、今頃気づいたの?」

「なるほど。どおりでリナさんってどこかお嬢様っぽいと思いました」

「どこがだよ……」

「うるさい順!

じゃ、早速着替えるわよ」



「…………は?」

 二人の間抜けなリアクションがシンクロする。


「だから。着物と振袖に着替えるのっ♡♡

兄二人の和服がちょうど空いてるのよ♪もー絶対似合うわ〜〜!!」


 リナのすっ飛んだアイデアを拒否る暇もないまま、吉野と岡崎はずるずると屋敷の中に引きずり込まれていった。




✳︎




「ただいまーパパ、ママ!友達連れて来たわよ!」

「お邪魔いたします……」

 二人は、リナに続いて恐る恐る広い玄関へ足を踏み入れる。


「いらっしゃいませー♪お待ちしてまし……

って、ちょっとリナっっ!」

 奥から出てきた美しい女性が、二人を見るなりリナの腕をぐいと掴んだ。

「いきなりなによ、ママ」

「最近仲良くしてるお友達っていうからどんな方達かと思ったら……なによこのとんでもないイケメンっぷりは!

……あ、ご挨拶が遅れました♡私リナの母です〜♪どうぞよろしくっ」

 リナの母は、リナによく似た笑顔で二人を迎えると、頬をピンクに染めて二人に見惚れる。

「こっちが吉野さん、こっちが岡崎さんよ。わかった?全くいつも慌ただしいんだからこの人は!」


「おい母さん、どうした……って、おお!」

 その騒ぎに奥から出て来た男性は、二人を見るなり満面の笑みを浮かべる。

 すらりと長身のナイスミドルだ。

「これはこれは、いらっしゃいませ」

「パパ。私の友人の、岡崎さんと吉野さんよ」

「初めまして、岡崎です」

「吉野です」

 二人は礼儀正しく挨拶をする。


 リナの父親は、興味津々の光を目にチラつかせながら挨拶を返した。

「ああ、あなた達が岡崎さんと吉野さん……。娘がいつもお世話になっております。

——で、リナ。お前の彼はどっちなんだ?」

「だーかーらっ!二人とも友達なのっ!!」

「……ほんとか??」

「そんな話はいいから!じゃ早速兄さん達の着物借りるわよー!さ、こっち来て二人とも!」

 ニマニマと上機嫌の両親を尻目に、リナは二人を家の奥へと誘った。



 リナは空いている部屋に着物を二竿運ぶと、明るく言う。

「着方はネット見たりすればできそうだから、とりあえずやってみてよ♡私も振袖に着替えるから、後でね♪」



 リナの足音がパタパタと遠ざかり……二人は、広い和室に取り残された。



「……って……

着替えるのか……まじで?」


「ここで……一緒に?」



 いきなり二人同時にばっと飛び退き、それぞれ部屋の隅にへばりつく。


「おいっっ岡崎!!絶対こっち見んなよっ!!?」

「見るかよバカ!!こうなったらさっさと済ますぞ!!」


 激しく赤面しつつ、やけくそになって服を乱暴に脱ぎ捨てていくどこか哀れな二人である。



✳︎



 それぞれ悪戦苦闘しつつ、約1時間。

 何とか着付けを終えた。


「……おい。もう終わったか」

「ああ、概ね」


 二人同時に、振り返る。



「…………」


 お互いを見つめ……思わず同時にバッと顔を背けた。


『……おいマジか……和服似合いすぎだろっ……』

『……やべえ……色気ダダ漏れじゃんか……っっ』


 そこへ、華やかなピンクの振袖を艶やかに纏ったリナが現れた。


「じゃーんっ♡見て〜〜♪♪

……って……うあ……」


 激しく照れた顔でリナの方を見た二人に、リナは思わず絶句する。



「やだ……完全に負けてんじゃない、私……」


「そんなことありませんよっ!リナさん、最高に綺麗です!

さあ早速初詣に出かけましょう!!」

「そうだな!早くしないと日も暮れてくるしなっ」


 それぞれに変なテンションになりつつも……それなりに浮き立つ気分でリナの車に乗り込み、彼らはようやく初詣に出発した。




「リナ、初詣って、どこに行くんだ?」

「これから行くのはね〜。今とってもご利益があるって人気の神社なの♡」

「ご利益って、何に効くんですか?」

「え?それは、え〜〜っと……家内安全と、交通安全……だったかな??」

「……どっちも随分一般的な内容じゃねーか」

「まあでも、そんなに効き目のあるところなら、しっかり願い事しなくちゃな」

「ええ、そうよっ!二人ともぜひしっかりお願いしてねっ♡」


 本当は恋愛成就で超人気のスポットなんて、口が裂けても言えないし〜〜〜♡♡


 よしよし順調!!



 心の中でペロリと舌を出し、そうほくそ笑むリナである。




✳︎




 目的の神社に到着し、参道を歩く。


 参拝者は女性が多く、艶やかな和服姿で連れ立って歩く美貌の青年二人は、ほぼ全ての女子から熱い注目を浴びる。

 中には顔を赤らめて興奮気味な女子や、口と鼻を両手で覆って苦しげに悶える女子、何やら写メを構える女子……怪しげな反応を見せる輩も少なくない。


「……なあ。なんか俺ら、見られてねーか?」

「そうだな。和服姿ってそんなに珍しいか?」


 変に二人に怪しまれることを恐れたリナは、慌ててごまかしに入る。


「あーー、それはさ、二人が男前すぎてみんな見とれてるに決まってるでしょ〜〜っ♪♪」


『そりゃあ腐女子の皆様から見たら、もう……寄り添って恋愛成就の神社に詣でる美青年二人……あー完全に卒倒モンよね〜〜っっ♡♡

やっぱりこの二人をいつも眺めてられる私って最高に幸せだわ……』


 ようやく最前列に到達し、並んで賽銭を投げ、静かに手を合わせ祈る二人の姿は、誰が何と言おうとも絶対的に尊い……


 二人から少し離れて手を合わせつつ、横目で彼らの美しい横顔を盗み見ながらしみじみそう思うリナである。




✳︎




 ぶらぶらと帰りながら、夕暮れの人混みに紛れて参道内の土産物店を見て歩く。



「あーーそうだ!戌年の可愛いお飾り欲しいなあ〜♡色々あって目移りしちゃうっ!」

 そんなことを言いながら、リナはあちこちの店先を見て回りながらどんどん先を行く。


 岡崎がその後ろ姿を心配そうに目で追いながら声をかけた。


「リナさん!勝手に歩いちゃ迷子になりますよ!」




 その時——冷えた指先が、ふっと温かいものに包まれた。




「…………」

 その感触に、岡崎ははっと驚いたように横を歩く吉野を見る。




「——リナは大丈夫だろ。いい加減大人なんだからさ」


 どこか照れたように前を向いたまま、吉野はぼそりと呟く。





「…………人が見るぞ」


「こんなに混んでるんだし、もう夕闇だ。誰にも見えない」




「————なんでお前の手、こんな温度高いんだよ?」


「お前が冷たすぎるんだ」



 それと同時に、吉野の指がきゅっと岡崎の指と組むように絡む。




「……指、きつい」

「でも、温かいだろ」






「————」




 どこか緊張気味に強ばっていた岡崎の指が、ふっと力を緩め……おずおずと吉野の指に応えた。






 そのまま——

 ざわざわと優しい夕暮れの人波は、途切れることなく二人の横を流れていった。







 そんなこんなで——3人の正月は、慌ただしくも温かく、幸せに満ちた時間になった。



 ただ……

 このすぐ先に、凄まじく吹き荒れる冬の嵐が待っていることなど——彼らの誰も、まだ知らなかった。




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