A Star-Studded Sky 第5話

「ね、早く行こうよ! 星が綺麗に見える場所!

ここから少し歩くと、木に囲まれて周りの明るさが入り込まない野原があるらしいの。

や〜〜ん、どれだけ綺麗なんだろ?すっごいドキドキ!!♡♡」

 夕食後、リナがこれから祭でも始まるかのようにはしゃぐ。

「そうですね。でも、夜だし少し冷え込んでますから、上着なんかはちゃんと着ていかないとですね」

「ただ星を見上げるって、そういえばどんだけやってないかなあ。ほんと小さいガキの頃以来かもな」


 ふふっ。ここはね、旅行好きでリア充な友達に人気のフレンチを奢って聞き出した超穴場デートスポットなんだからね〜。何にも邪魔されずにいい雰囲気になること間違いなしなのよ♡さ、頑張んなさい二人ともっ!!

 軽いダウンジャケットを羽織りつつ、リナは二人に気づかれないようニヤついた。





「わあ…………!!」


 穏やかな闇に包まれた、野原の中心。

 3人の頭上に、無数の星が瞬いた。

 溢れるほどにさざめく、星の海だ。

 その冴えた輝きに、思わず息を飲む。



「すごい——こんな夜空、初めてだ……」

 岡崎は、その美しさに吸い込まれるかのように、星たちを見上げる。


「……なんか、俺たちってすげえ小さいのな」

「そうね。……こうやって、この星で生きてることが、なんだか不思議よね……」



 そうして流れるいつになく静かな空気の中、リナは一つくしゃみをする。

「……っくしょっ。

なんか、ちょっと寒いなあ……」


「……リナさん、大丈夫ですか?」

「ん〜〜……実は、さっきから少し頭痛もするのよね。……私、先に部屋戻ってようかしら」

「え、まだ来たばっかだぞ? お前が星見たいって言い出したのに……もう戻るのか?」

「残念だけど、旅先で変に体調崩すのも嫌だしね。……私は部屋から見るわ」

「一緒にペンションまで戻りましょうか?」

「ううん、すぐそこだし、大丈夫よ。二人でごゆっくり……じゃなくって私のぶんまでちゃんと見てきてよね? じゃ〜ね♡」

 リナはそう言い残すと、くるっと背を向けて部屋へ戻っていった。


「……大丈夫かな」

「大丈夫だろ……そんなヤワな女じゃないからな」

 そんなことを言いつつ、微かに笑い合う。




「——なあ」

 星を見上げながら、吉野は岡崎に静かに呟く。


「ん?」



「昔さ……小学校の頃。

 体育の時間の徒競走で、俺がすげえ勢いで転んだの、覚えてるか?」


「……ああ。確か小3くらいだったな。

 勝負になるとお前はいっつもムキになるから。がっつり膝切って流血して」

 吉野の話に、岡崎は懐かしげに微笑んだ。


「——あの時、お前すぐ俺んとこに走って来て、おぶって保健室まで連れてこうとしたんだったよな」

「お前は昔から背がデカかったからな。重たいんだよ全く。……必死におぶったはいいが、3歩ぐらいで潰れた」

「結局お前も膝ついて擦り剥いて、一緒に保健室行ってさ」

「思い返すと、かなり笑えるな……」


 まるで無邪気な頃に戻ったように、屈託なく笑い合う。




 吉野の腕が、後ろからふわりと岡崎の肩に回った。

 背が、大きく暖かい吉野の体温に包まれる。



「なんだ……またおんぶか?」

「んなわけねーだろ」

 岡崎の肩先で、吉野は小さく微笑む。



「……難しいことはいいからさ……ずっとこうしていたいよな」



「…………こうしていられるように。

 俺も、何かを変えていけたらと思う」


 岡崎は、そんな吉野の言葉にぽつりと答える。



「これまでのように、ただの気楽な友達でいるのは、もうきっと無理だ。


 ——だったら、怖がってても仕方ない。

 ずっとこうしていくなら……今までの居場所を出て、新しく居心地のいい場所を探さなきゃな」



 岡崎の穏やかな言葉が、じわじわと吉野の胸に染みる。

 さりげないようでいながら……それは、どんな告白よりも暖かく深い意味を持っている気がした。


 でも——その場所を見つけるまでには、いろいろ苦労しそうだ。

 漠然と、そうも思える。



 まとまらない思いをなんとか掻き集め、吉野は呟く。


「……とりあえず、そばにいたい。

 もっと、お前に近づきたい。

 ……今、はっきり言えるのは……それくらいだ。


 俺だって、お前に近づくには、時間がかかる。……それに気がついたよ。


 だから——お互いが心地いい居場所を、これから一緒にゆっくり探せばいい。

 一緒に手探りしながら、同じペースで進めば……怖くないよな?」



「———それなら、怖くない」


 すぐ横の岡崎の呼吸が、ふっと安らいだ気がした。


 それに応えるように、吉野の腕に微かに力がこもる。



 そうして——二人は満天の星空を見上げ続けた。





『ほらぁ〜〜〜そこでキスしなさいよぉっ!!! あんたたち男でしょっっ!!?』

 大木の陰で暗闇対応の双眼鏡を構え、二人の様子を窺うリナの心の叫びなどには気付くはずもなく。





✳︎





 二人に気づかれる前に、全力疾走で部屋へ戻ってきたリナのスマホに着信音が鳴った。


『リナさん、体調どうですか?』

『俺たちそろそろ部屋戻るから、大丈夫そうならこれから一緒に飲もうぜ〜!お前が家から持ち込んだ酒、二人じゃ飲みきれないからな』



 飲み会か……。

 う〜ん。どうしようかなあ……


 本当は、この後も二人っきりにさせたいところだけど。

 せっかくの旅行だし、少しは私も楽しい思い出作りたいわよね♪……じゃ、この後は3人で飲み会にしますか♡♡


『了解〜! 頭痛も治ったし、大丈夫そうだわ♪ 面白いお酒をいろいろ家からくすねてきたから、みんなで飲みましょっ♡』



 ——そういえば……私。

 今は、あの二人といるのが一番幸せみたい。

 これまで、自分自身が幸せじゃなければ、満足なんかできなかったのに。


 ——なんだろう、この気持ち。

 すごく不思議で……なんだか、すごく満ち足りてる。


 返信を送った画面を見つめながら、ふとそんなことを思うリナである。





「リナさん、星ほんっとに綺麗でした!! 今夜の空、きっと一生忘れられないなあ」

「空気も澄んでて、最高に気持ちよかったよ。お前がここ連れてきてくれたおかげだな」

「ね? 来てよかったでしょ〜? 喜んでもらえて、私もすごく嬉しいっ!

じゃ、これから二次会よ♪ なにやらずいぶん高級な洋酒とかもあるみたいだし、利き酒大会なんてどう?♡」

「それ楽しそうですね〜! リナさんもすっかり体調戻ったみたいで、安心しました」

「それにしてもお前、なんでこんなに酒持って来たんだよ……」



 戻って来た二人の様子は、どうやらすっかり以前の自然な楽しさを取り戻しているようだ。



 ……よかった。本当に。

 二人が、こんな顔になってくれて。



 ここに着いた時とは打って変わって幸せそうな表情の二人を嬉しそうに見つめ、リナは明るく微笑んだ。




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