A Star-Studded Sky 第4話


「——もしかして、最近岡崎さんとまた仲良くできてないの?」


 岡崎は入浴中である。吉野と二人の部屋で、リナはやれやれという顔でテーブルに頬杖をついた。



 お互い意識しすぎてギクシャクしてることはだいたいわかった。けど、そんな真っ正面な聞き方ではきっと二人ともますます照れて何も喋らない。

 ……ここは、敢えて気づいてないふりをするべきね。

 カウンセリングの導入部分を、リナは慎重に考慮する。


「——いや……仲良くできない、というか……」

 そしてリナの誘導にあっさりと乗っていく吉野である。



「じゃ、どうしたのよ?」


「————花火大会の時にキスしてから、なんかちょっとギクシャクしちゃって」



「…………っっっ……!!」

 うっかり手元のペットボトルを倒してお茶をぶちまけそうになった。


「あっ……そっそそういうことになってたの……?」

「——気持ちよかった……」

「……は?」

「いや……。

女の子の唇はさ、いろいろ塗ってあるだろ?キスすると、大抵ちょっとペタペタするんだよ。

でもあいつのは、すげえすべすべで、めちゃめちゃ柔らかくて……

ああ、もうほんと……」

 そんなことを呟きつつ、吉野は手のひらで顔を覆ってふるふると悶える。


 ってかヤバいのはこっちだわ。いきなりそんな突っ込んだ話まで……鼻血用のティッシュはどこ!!?

 という心の声を飲み込み、リナは緩みそうな口元を引き締める。

「やったわね!それはよかったじゃない!!……やだ、ちょっとほんとに嬉しいっ!!♡♡

お互いに気持ちが通じ合ったんなら、あとは照れてばっかりいないでもっと近づけばいい話よ!」



「——なあ。

相手の心のドアを本気で叩く……って、どうやったらいいんだろうな……」


 吉野は、ふとまっすぐな視線を向けてリナに問いかける。


 その真摯な眼差しに、リナは一瞬ぎゅっと強く胸を掴まれた。



 ——そんな顔、初めて見たわ。

 私なんかには、ただの一度だって、そんな目をしたことなかったくせに。



 ちょっと悔しいけど——そういうことなのよね。



「……あなたの豊かな恋愛経験を使えば、そんなの簡単なんじゃないの?」

「いや、それが……どうやら今までやったことないんだよな。思い返してみると」

「……は?」

「さっき岡崎にも言ったんだけどさ。今までの女の子たちはみんな、勝手についてきて勝手に盛り上がってそのうち勝手に盛り下がった……っていうのかな」

「…………

あんたねーっ!!このろくでなしっ!!!最低男っっ!!!」

「なっなんだよ!?いきなりキレるなよっ!!?」

「ったく信じらんないわ……岡崎さんにそんないい加減なことやってみなさい!一生縁切られるわよっ!?」

「んなことするわけねーだろっ!すでに入り口段階でこんなに悩んでんだからっ!!」


「——そうね。

彼には、きっとそんないい加減なことはしないんでしょうね、あなたは」


「…………」

 恥ずかしげに俯く吉野の様子に、リナはクスッと微笑む。

「……心のドアを叩くってね。

自分がこうしてもらったら嬉しい……っていうことを、相手にもしてみたらいいんだと思うわ」


「自分がしてもらったら、嬉しいこと……」


「そうよ。

まず、それをちゃんと考えるの。

そうやって手探りしながら、相手の気持ちのことや、ドアの開け方を知っていくしかないんじゃないかしら」


「……そうか……なるほど……」

「まあ、立ち止まってないで、何でもやってみなさいよ。その行動力使って。踏み出さなきゃ何も始まらないわ」

「——そう、だよな……」



 ——そんな初恋みたいな顔して。


 本気の恋は、どうやら初めてみたいね。順。



 リナはもう一度頬杖をつき、先生の授業でも聞くような吉野の真剣な表情を見つめて微笑んだ。




✳︎




「先にお風呂入ってきちゃって済みません、リナさん」


 吉野と入れ替わりで、今は岡崎と二人だけだ。

 昼間の重苦しい表情が和らぎ、どこかさっぱりとした岡崎の様子を見て、リナは少しホッとする。

 今回の旅行は、ちょっと強引すぎただろうか……あまり気まずそうな二人の様子に、先ほどからそんなことも思わなくはなかった。

 二人がこのまま……むしろ一層気まずく旅行を終えたりしたら……それこそ、お詫びをしなければならない。


 よし、ちょっと上向いたみたいね。ここからどんどん盛り上げていかなきゃ!


「いえいえ、いいのよ。私はいつでもいいんだから。——お風呂上がりだし、ちょっと飲んじゃう?」

 そう微笑みながら、リナは冷蔵庫に入れておいた缶ビールを岡崎に勧める。

「あ、嬉しいですね。いただきます」


 さて、どう話し出したらいいかしら。

 やっぱり、二人の仲を全く気づかないふりするのがいいわよね……特に、ガードの固い岡崎さんにはそれでいかなきゃ。

 この恋が進むかどうかは、岡崎さんの気持ち次第っていう気もするわ。順はあんな風に真面目に考えてるみたいだし。


「……ねえ、今日あなたたちの様子見てたら、なんだか随分気まずそうだったわね。……また、何か喧嘩でもしちゃったの?」


「——気まずそうでした?……やっぱりそうですよね。

でも、さっき吉野と話したりで、まあ……多分、大丈夫です。ちょっとした行き違いのようなもんなんで」

 ビールをひと口呷った岡崎は、不明瞭にそう話しながら、どこか困ったように淡く微笑む。


 順と岡崎さんって、ほんと全然違うのよねーー。順は洗いざらいしゃべったのに、岡崎さんはそんなそぶりも見せない。

 こんなに正反対な二人が噛み合うんだから、面白いわ。……っていうか、だからこそ噛み合うのかもしれないわね。

 じゃ、遠回しにつついてみますか。


「大丈夫ならいいんだけどね。

ところで岡崎さんってさー、恋の相手とか、どんなタイプが好みなの?今の所、そういうのが全然わからないから興味あるのよねー」

「え、いきなりそういう話ですか?」

「だってー、順がいるとなんだか聞きづらいんだもん。ね、教えてよー♪」

「……改めて聞かれると、困りますね……あまりお話しできるようなことが思いつかないので」

「ねえ、もしかして岡崎さんって女嫌いだったりする?思い返してみると、女の子のいろいろに興味関心を示した岡崎さんって見たことない気がする」


「——嫌いかどうかはわかりませんが……トラウマならあります」



「…………っ!!!」

 突然の告白に、リナは口にしたお茶を思わず吹きそうになった。


 勢いをつけるようにビールを呷り、岡崎は話し出す。


「こういうのいつまでも抱えてるのも、なんだか情けない話ですし……話しちゃおうかな。


高校2年の時、ある女子に告白されて。どうやら随分モテる子で、確かに美人ではあったんですが……最初は断ってたんですけど、押しの強い子で。何度もアプローチされて結局根負けしました。そうやって女の子と付き合うのって、それが初めてだったんですけどね」


「根負けね……で?」

「言われるままにデートしたり、その延長上でちょっと強引にキスされたり……まあでもその辺までは特に問題なかったんですが……ある時俺の部屋に遊びに来たいって言われて」

「うんうん。それで?」

「どうせ強引に押し切られると思って、仕方なくOKしたんですけど……部屋でいきなり押し倒されて」

「…………」

「両親とも仕事で、まあ家には誰もいなくて……よく考えたら隙だらけでしたね。力ずくで馬乗りになられて……

女子の腕力も侮ってはダメですね。必死に抵抗したら、彼女馬乗りのまま大泣き始めちゃって……『こんな屈辱的な思いをしたのは初めてだ』って。——この恐ろしさ、わかります?

ほんと泣きたいのは俺の方です。

……それ以来、女子と一対一で付き合うなんて恐怖でしかなくなりました」


「…………はあ……それはまた……」


 こっちは逆レイプ紛いの災難に遭ってたってことね……岡崎さんの性的無反応っぷりもまたすごいけど……。


「ま、まあ——ってことは、強引な女子以外ならなんとかなるわけよね?」

 リナは、なんとか希望を見出そうとそんな言葉をひねり出す。

「……そうであればと、思ったりはします。

もともと、すごく好きだとか、その相手とどうにかなりたいだとか、そういう欲求が希薄なんだと思います、自分自身が」


 ……あらあ〜〜。

 順、これはまた大変な不沈艦を好きになっちゃたわね……。相当難易度高いわ。


「……で、そんな岡崎さんが今好きな人って……いるの?」

 リナは思い切ってそんな質問を投げてみる。


「…………

もっと深く関わってみたい……そう思う相手はいます」


「それは、恋愛対象として?」



「…………恐らく」

 俯いてボソッとそう答えると、岡崎は恥ずかしげに一気に赤面した。



 うひゃ〜〜♡♡

 順、よかったわねーー!!!


「やったじゃない〜〜岡崎さん!!私、絶対応援するからっ♡

悩んだりした時はなんでも相談して!私の方が、岡崎さんよりちょっとは恋愛上級者なんだからっ♪」


「——そうですね。ありがとうございます」

 相変わらずどこか困惑するように、岡崎は微笑む。



 今のところ、まあ両想い……みたいだわね。

 経験値的にはどっちも初恋レベル、ってところがこの先相当険しいけどねー。

 キューピッドとしてはますます面白いし、応援しがいがあるわ。うふふっ♡♡


「あ、順もそろそろ戻ってくるかしら。お腹すいたわね〜♪夕食と、メインの星空♡♡楽しみねっ」

「ほんとですね。そう言えば、こんな浮き立つような気分は久し振りです」



 ——二人とも、こっちが照れるくらい初々しくて、真剣で。


 お互いに初恋だなんて……ほんと羨ましいわ。



 何か胸のつかえが取れたような岡崎の笑顔を嬉しそうに見つめ、そんなことを思うリナである。




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