A Star-Studded Sky 第3話

 窓から流れ込む澄んだ空気を一つ深く吸って、吉野は岡崎にまっすぐ問いかける。


「俺は、もっとちゃんと知りたい。

 ——今まで知らなかった、お前のことも。

 じゃないと、お前をちゃんと笑わせたり、喜ばせたりできねーし。

 でも……お前、壁がすっげえ硬いじゃん? 入り口がわからないっつうかさ……。

 その内側に入るのって……どうやればいいんだよ?」


 夕闇に陰り始めた吉野の顔を見つめ、複雑な表情でしばらく考えてから、岡崎は心許なさげに呟く。


「……俺に聞かれたって困る。


 っていうか……それ、お前が考えるんじゃないのか?

 俺が教えるんじゃなくて……お前のやり方で。


 お前はいつも、どこか適当でいい加減だから……

 俺は多分、お前に本気でドアを叩いて欲しい……っていうか……

 ——くっそおおこんな小っ恥ずかしいこと言わすなっ!!」


 必死に辿った思考を途中でまとめかねたのか、岡崎は身も世もなく手で顔を覆い、苦しげに唸る。

 


 ……マジか。


 こんなこいつ、見たことない……。

 しかも、クールな無表情の下に、そんな本心を——。

 

 ああ。めまいがする。



 普段は頭脳明晰で一切迷いのない岡崎も、こういうことに関しては全くの初心者レベルらしい。その初々しい狼狽ぶりに、一層強烈なウズウズを必死に堪える吉野である。

「……ってかお前、これまで女の子たちと散々恋愛してきたんだろ!? それ応用すればいいだろうが! 今までどうやってたんだよ!?」

 覆っていた顔をきっと上げ、岡崎は一転して恨めしそうに吉野を睨んだ。


「……んー……?」

 そう問われて初めて、吉野は視線を宙に彷徨わせて思案する。


「どうって……今までは、いつも向こうが勝手についてきてたから」


「はあ?……お前なあ……」

 冷ややかさの加わった岡崎の視線に、吉野は反撃に出る。

「じゃ言うけどさ。

 お前だって、いつまでもガッチガチの壁のままじゃまずいと思うぞ?……もうちょっと入り口緩くしてくれなきゃ、ドアを探そうにも探せない」


「……え……

 入り口を、緩く……?」

「ほら。お前だって全く無自覚じゃんか」

 吉野は呆れたようにため息をつき、岡崎の胸元を指差して繰り返した。

「そこの入り口を、もっと緩く、だよ」

 その仕草に岡崎ははっと赤面し、ぎゅっと胸元をかき合わせる。

「こっっここの入り口のことなのかっ……!!?」

「あー、そうじゃなくって! 心理面の入り口の話……」

 そう言い澱みつつ、吉野も急速に顔を赤らめた。

「……まあ、いろいろ含めてさ」


「——つまり……

 いろいろ、お互い様か」

 

 同時に、ふっと笑いが溢れる。



「——なあ。

 ……せっかくこういう場所にいるんだし……」

「……何だよ?」

 何とか堪えていたものをとうとう抑えきれず、吉野はじりじり岡崎との距離を詰める。

「だから……あれ以来、まだ一度も……ってか察しろよお前っ!」

「お、おい。やめろこんな昼間に」

「はあー? どこが昼間だ? ちょうどいいトワイライトだ。それにキスの一回くらい昼間だっていいじゃんか!」

「ちょ、待て……! お前はそうやってすぐオス化する!」

「すぐじゃねーし! どんだけ堪えたと思ってんだ? それにお前だってオスだろーがっ!!……てめえここまで来て逃げるのか!?」


「————」



 ……そうだった。

 逃げたくないから、ここへ来たんだった……。



「——いいだろう」


 真剣な目つきになってぐっと拳を握り締めると、岡崎は決意を固めたようにソファから立ち、吉野に向き合った。


 いきなり佇まいの改まった岡崎に、吉野は微妙に怯む。


「……なっなんかもうちょっとふわふわした空気とかねーのか? そんな出陣前みたいな顔して」

「そういうのを出せないから困ってんだろ、お互いに」


 ……その通りだ。

 言われてみれば、俺もこいつも、こういう男なんだし。……どこをどうやったらふわふわとかになるんだ?うっかりしたら一生無理なやつじゃないのか。



「……まあいいやその辺は……とにかく、いいか?」

「ああ」



 急速に緊張する指を、岡崎の両肩にかける。


 しなやかな薄手のセーターは、ワイシャツ越しのそれよりも一層ダイレクトに、その肩の華奢さと肌の柔らかさを伝えてくる。



 夕暮れの薄明かりの中、瞳を静かに閉じた幼馴染の艶やかな表情に、ぎゅっと鼓動が早まる。


 心細いように仄白い頰と、淡く染まる唇の輪郭——

 目の前の美しいものが、ふっと逃げてしまわないように——その華奢な顎を、ぎこちなく捉えた。



 まるで、淡雪へ唇を寄せるように——そっと触れる。


 互いの唇の温度と柔らかさが、微かに通い合った。





 その瞬間——


 不意にドアが開き、はしゃいだ声が押し入って来た。

「うあー、こっち広いなー♡ お邪魔しまー………っ!?」


「————!!」

 そのとんでもない衝撃に、ふたりは弾かれるように大きく互いから飛び退いた。


「……あれ……今、なんか……?」

「あーーー!! どーぞどーぞいらっしゃいリナさんっ!」

「…………全く……お前は……毎度毎度……っっっ!!! せめてノックくらいできねーのかよっ!!!?」

「……ちょっと順、今何やってたのよ!?……なんか岡崎さん青ざめてるわよ……!?」

「え……? いやそれはその……」

 岡崎の狼狽が自分自身のせいだという自覚は全くないリナである。

「いやいやいいんですリナさん! 別になんでもないんです!」

「……本当に?……それならいいんだけど。

 そうそう、そろそろ食事時間にもなるし、どっちかお風呂行って来なさいよ。ゆっくり疲れとってらっしゃい♪」

 そう言いつつ、リナは優しく微笑んだ。


「そ、そうですね……じゃ俺、先入ってこようかなー。いいか吉野?」

「ん? いいぞ別に。ゆっくりしてこいよ」

 あまりにも微か過ぎたキスの中途半端感にお互い内心でぐわぐわと悶えつつ、昂ぶりそうになった何かを必死に抑え込む。

「じゃ、その間私は順とおしゃべりでもしてよっかな〜♡」

 そして、リナの瞳が一層キラキラ……むしろギラギラしつつあることには、二人とも一向に気づかない。


 さあ、楽しいカウンセリングタイムの始まりよっ♡ 何を聞き出そうかしらね〜〜??


 舌舐めずりしつつそうニヤつくリナの心の内など、知る由もない彼らである。




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