A Star-Studded Sky 第6話
「……ん……」
窓から差し込む淡い朝日に、吉野は目を覚ました。
「————」
ぼーっとした頭で、ふわふわと昨日の記憶を辿る。
昨夜は……どうしたんだっけ。
星を観た後——
3人で利き酒会をやって。
リナの持って来たよくわからない洋酒が思った以上に美味で、あれこれ飲んでいるうちに……
『あら、これアルコール度数半端じゃないわよ!』というようなリナの叫びとほぼ同時に、記憶がぷっつり途切れていた。
「…………あ」
そうだった。
昨日、俺たちの部屋にはダブルベッド一つだった……じゃないかっ!?
ガバッと起き上がる。
どうやら、俺は酔いが急速に回ってそのままベッドに倒れ込んだらしい。
リナは、その後部屋に戻ったんだろう——
横では、岡崎が目を覚ます様子もなく熟睡している。
……まあ、よかったのかな。
以前みたいにムラムラと悶絶する地獄を繰り返さずに済んだし。
——しかし。
少し、もったいなかっただろうか。
こんな側で一緒に眠るチャンスなんて、よく考えればそうそうないかもしれないじゃんか……?
「————」
横で眠る岡崎を、まじまじと見つめる。
眼鏡を外した、なんとも穏やかな寝顔だ。
淡い朝日に照らされ、その白い頰や柔らかそうな栗色の髪は、一層透明感を帯びて見える。
脳が覚醒した瞬間、きりりと鋭い表情に覆われて、そんな儚げなあどけなさは掻き消えてしまうのに。
昨日、岡崎がたどたどしく口にした言葉を思い出す。
『……俺は、お前に本気でドアを叩いて欲しい——』
その髪にそっと指を伸ばし、静かに触れる。
素直に指に絡む、細くて柔らかな手触り。
温かな頰に触れ——
少しだけ顎を上向けると、優しく唇を重ねた。
今までよりも——
お前のことが、少しだけわかった。
身体にだけじゃない。
その心にも、少しだけ触れられた気がする。
——そうだよな?
こうやって知れば知るほど、お前に引き込まれる。
——今までよりも、もっと。
……キスの意味が、その度にこんなにも変わっていくなんて。
「…………はっっっ!!!!」
唇を離し、ガバッと身を起こした。
……やばい。
このままじゃ、また色々やばいだろ俺っ!!!
それに、そんな長く唇塞いじゃ、岡崎が窒息すんじゃねーかバカ!!
「————」
うっかりずいぶん長いキスをしてしまった割に、幸い岡崎もまだ目覚めないようだ。
昨夜は、こいつもやはり相当飲んだのかもしれない。
しかし——このままでは、以前と同様またムラムラが募るだけなのは目に見えている。
……少し、外を散歩でもしてこよう。
頭も身体も冷やすのにちょうどいい。
それに今、めちゃくちゃ美味しいキスもできたし……♪
昨夜の酒を追い払うようにぶんぶんと頭を左右に振ると、吉野は静かにベッドを降りて部屋を出て行った。
「…………っっっっ!!!!!…………」
そのドアが閉まった直後、岡崎がたまりかねたようにガバッと布団をはねのけて飛び起きた。
「……ってめえぇ吉野おおっっ!!! 無断でそういうことをするんじゃないっっ!!!
あんなに長くて目が覚めないわけないだろーが殺す気かっ!!?
くそおおっこれは窃盗罪だ……ってかマジで……ああ…………」
真っ赤になってそう叫ぶと、ベッドの上で頭を抱えひとり悶絶する。
勝手にキスして勝手にいなくなるなっ! された方はどうすんだ!? 全くこの上なく自己中なやつだ……もう二度寝とか絶対無理だしっっ!!!
……ただ……
今までは、ひたすら煩わしいものとしか思えなかったはずが——
あいつのキスは……
なんだか、すごく安心する。
煙草の匂いがして——優しくて、温かくて。
……というか……
幼馴染のキスがいいって……そこんとこ、すんなりでいいのか俺……
……でも。
仕方ないだろ。そうなんだから。
「はぁ…………とりあえず風呂入って散歩でもしてくるか」
乱れた息を落ち着ける術もなく、未だ呆然とした頭と熱い頰を持て余しつつベッドを降りる岡崎である。
「…………あら」
昨夜だいぶ飲んだせいか、いつになくぐっすり眠ってしまった。
目覚めて、なんとなく窓を開けたリナの目に、ペンションの庭で何やら楽しげにしている吉野と岡崎が映った。
「——ねえ、どうしたの?」
「あ、リナさん、おはようございます!
今ここに、野ウサギがいたんですよ! 茶色くてふわふわしたやつが! 吉野が追いかけようとしたら逃げちゃったんですけどね」
「一匹いるってことは、多分他にももっといるんじゃないか? それに朝の空気すげー気持ちいいし。リナも来てみろよ!」
そんな子供のような二人の姿を、リナは頬杖をつきながら眺める。
「…………ほんっと仲いいんだから」
どうやら、今回の小旅行も、キューピッド的に成功したみたいね♪
これから二人がどんな風に変わってくのか、ますます楽しみになってきたわ!今後もたっぷり楽しませてもらうわよ〜♡♡
まだまだその瞳のギラつきは消えそうにないリナである。
✳︎
その2週間後、11月初めの金曜の夜。
いつものカクテルバー。
以前のように、自然な空気でグラスを傾ける二人の姿があった。
「……吉野。
何か今日、俺に渡したいものがあるって言ってたよな?」
「ん? ああ。
……これ」
岡崎の言葉に、吉野はビジネスバッグから美しいブルーのラッピングが施された小箱を取り出し、岡崎に差し出す。
「——開けてもいいか?」
「ああ」
箱に収められていたのは、細かい細工の施された星型のチャームが二つついた、美しいシルバーのキーホルダーだった。
「……これ……どうしたんだ?」
「……この前出かけた時、お前随分熱心に星見上げてたろ?
あの夜空を、何か形にできたらと思ってさ。
——なかなかイメージに合うのがなくて、結構あちこち探したけどな」
落ち着いた銀の輝きを放つそのキーホルダーを手のひらに乗せ、岡崎はしばらくじっと見つめる。
「——綺麗だな。
あの空を思い出す。
嬉しいよ。……大事にする」
「喜んでもらえて、よかった」
「——俺も、渡したいものがあるんだ」
「何?」
吉野は、岡崎に渡された小さなラッピングを開ける。
それは、手のひらに乗るようなサイズの、小さな鉢植えのサボテンだ。
「……ん?……サボテン??」
「そう、ミニサボテンだ」
「へえ……かわいいな」
「近所のフラワーショップで見つけた。
それほど世話の手間もかからないし、ちゃんと手入れすれば花も咲くらしい。
——それ、お前に預ける」
「……預ける?」
不思議そうな吉野に、岡崎は少し照れたようにふいと横を向いて呟く。
「枯らさないで、ちゃんと育てろよ?
———お前の部屋に、時々様子見に行くから」
吉野は、その言葉の意味を少し考え——どんな高価なプレゼントを受け取るよりも嬉しそうに微笑んだ。
「——任せろ。
……花、絶対咲かせる」
そんなこんなで、金曜のカクテルバーの夜は更ける。
互いの指が、やっと微かに触れ合いそうな——
そんな二人を、優しく見守るように。
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