A Star-Studded Sky
A Star-Studded Sky 第1話
事の発端は、吉野の一言だった。
まだ暑さの続く、9月の初め。
金曜の夜の、いつものカクテルバー。そろそろチェックという頃だ。
短くなった煙草を灰皿で消し、吉野は頬杖をつく。
「なあ、岡崎」
「ん?」
「これってさ、デートなのかな」
その呟きに、岡崎はストロベリータルトへ伸ばそうとしたフォークを思わず取り落としそうになった。
「……お前……
なんてことを……」
明らかに動揺を露わにした瞳で吉野を見据え、なぜか椅子から落ちそうなほどにぐっと身体を引いて吉野と距離を取ろうとする。
「いや……何となく、どうなんだろうと思ってさ」
「……デート……
まさか、そんな……」
「お前さー、別にそんな衝撃発言じゃねーだろ?だって俺たち、一応そういうことになった……んだったよな?
今までと全く同じじゃ意味ないじゃんか」
「つまり……それは……
今までと何かを変えたい、という意味か」
「そりゃ……まあそうだろ普通」
何とか気持ちを落ち着けるようにしながら、岡崎は吉野に低く問う。
「——例えば……お前は何を、どう変えたいんだ」
「そーだなあ……
例えば……この後、俺の部屋来る?とか」
吉野は微妙に照れながらぼそっと答える。
一方で岡崎は、持ち直したフォークをとうとう手から取り落とした。
床に落ちたフォークがカシャンと乾いた金属音を立てる。
「…………悪い。
ちょっと考えさせてくれ」
フォークを拾うのも忘れ、岡崎は頬を染めて俯く。
そしてぐっと拳を握って何か黙々と悩み始めた。
「……おい、岡崎?」
「少し黙っててくれないか」
「……」
なんつー可愛くない言い草だ。
そんな岡崎のぶっきらぼうな答えに、吉野は何となく宙を見つめて考える。
何だか、要領が掴めない。
なぜなら……さっきの台詞は、今までならかわいい女子たちをトロトロに喜ばせるとっておきの一言だったのだ。
ほぼ100%、二つ返事でOKが返ってきた。
その幸せそうな笑顔を見ると、自分も嬉しくなったものだ。
親友以上の何か——そんなお互いの思いが、通い合ったのだから。
今までとは何か違う特別感で側にいたいし……もっと近づきもしたい。
今みたいな言葉で、ちょっとは嬉しそうな顔するかも……そんな期待だって、してもいいはずだ。
——だが。
そんな俺の言葉に、こいつは……
とりあえず、喜んでいるようには見えない。……むしろ、相当苦しんでいる。
うーん。
こいつと……今までと同じでは、いたくない。
漠然と、そう感じてはいるけれど。
じゃあ、一体何を、どう変えたいのか。
さっき岡崎が自分に言った問いの中身を具体的に考えるうちに……吉野の表情も、次第に岡崎と同じものに変わっていく。
——ちょっと待て、俺。
幼馴染で親友のこいつと……
俺はこの先、どうなりたいって?
そしてこいつが、今までの女子同様に、俺の求めに簡単にOKとか……言うと思うか?
——仮にOKもらったところで……
そこから……一体、何をどうすんだ俺??
……全然わかんねえ。
——ヤバい。
考えれば考えるほど、マジでヤバい。
岡崎同様、自分の顔も思わずジワリと熱くなる。
恋には慣れているつもりで余裕をかましていた吉野は……ここにきて、自分の目の前が全く先の見えない濃い霧に覆われていることに気づいた。
どこまでも鈍い男である。
「吉野。
いろいろ考えたが……今日はその……」
「……いや。
俺が悪かった。……だいぶとんでもないこと言った気がしてきた」
いつになく不明瞭な言葉を交わしつつ、変に引きつる笑いを浮かべ合う二人である。
✳︎
「なんかおかしいわね……」
リナは、自分の部屋でビールを開けながら、ひとり呟いた。
最近、彼らはあまり二人で会っていないようだ。
吉野も岡崎も、お互いの最近の状況や予定について、あまり情報交換をしていないような気がする。
これまでは足並みの揃っていたふたりのメッセージ内容などが、ここにきて急にバラつきを見せており——なんだかんだ言っていつも一緒だったこれまでと比べれば、そんな変化はすぐに気づく。
なぜだろう?
8月の花火大会の際は、いろいろありながらも結局関係は元どおりになったように見えた。
——あの時、二人の間にはどんな変化があったのか?
詳しいことはわからないし、聞き出せるはずもない。
とにかく……一度戻った関係が、再び気まずくなる理由。
また喧嘩でもしたのか……それとも、今までより強くお互いを意識し始めたせいなのか。
——「恋の相手」として。
あーーーまた妄想始まっちゃうっ♡ストップよリナ!!
どちらにしても、この辺で何か新たな行動に出た方が良さそうね。
キューピッドの勘が、そう言ってるわ。
何はともあれ、私のおかげでめでたくヨリを戻せたことも、忘れてもらっちゃ困るんだからね??
「さて……今度は二人に何をしてもらおっかな〜〜?」
リナは、キューピッドどころか悪魔的な微笑みを口元に浮かべた。
✳︎
「ねえ。いい季節になったし、3人でどこか出かけない?」
9月下旬の、金曜の夜。
リナが音頭をとって集まった飲み会で、リナが明るく切り出した。
「どこかって……どこだよ」
吉野が相変わらずめんどくさそうな声を出す。
「う〜〜んとねー。私、星を観にいきたいのっ♡」
リナは、これ以上できないキラキラした微笑みで可愛く首をかしげる。
「星ですか。いいですね。空気の澄んだ夜空に溢れるように輝く星……綺麗だろうなあ」
岡崎が思った以上に食いついてきた。うんうん、いい感じ♪
「溢れるような星……って。こんな都会じゃまず観られないだろそれ?」
吉野がだるそうに意見を述べる。
「確かに……街から離れなければ無理ですね」
「そうよ。だから、空気のきれいな場所へ行くの!お泊まりでっ♡♡」
「…………誰が」
「だから、3人で。
……あなたたちと私で部屋を分ければ、男女の過ちも起こらないでしょ?」
リナのその提案に、二人は一気に赤面して異常な拒否反応を示した。
「おいリナっ!!何ふざけたこと言ってんだよ!?そんな無茶苦茶な計画ありえないだろーがっ!!!」
「そうですよ!リナさん、それは絶対まずいですっ!!それだけは勘弁してください後生ですからっっ!!!」
……何このリアクション。
——なるほど。
これは。
二人は喧嘩したわけじゃなくって、つまり……♡♡
やだっますます面白いじゃない!!
「ダメーーー。勘弁しないっ!」
「リナさん……酷いです……」
「お前……血も涙もねえな……」
「どこがよ?泊まりがけで星を観たいなんて、女の子なら誰だって思うわよ?……むしろ、あなたたちの激しい拒否反応の方が不自然なんだけど。なんでそんなに嫌なの?」
「そっ、それはっ——ってかいい加減にしろ!とにかく俺と岡崎は今回パスっ!」
吉野は動揺を押し隠しながら、片手をぴらぴらさせてそっぽを向く。
「へー……恩知らず。
この前の花火大会で二人が仲直りできたのは誰のおかげかしらね?
今回来なかったら、私もう二人と絶交だから。あのベリーのチョコともお別れね、岡崎さん」
「…………ぐっ……!?」
「おい岡崎!チョコなんかに釣られるなっ!こいつはこういう強引な女なんだぞっ!!」
「そういえば、あのチョコのベリーソースは大量に作れないから、もう私が頼んだ時にしか作らないって言ってたなぁベルギーの叔父さん……」
「…………行きます」
「岡崎お前チョロすぎ!!」
「やった♡じゃ私達二人で行ってくるわね〜。もともと順は来ても来なくてもいいと思ってたし♪」
「リナあぁ…………くそぉぉっ。
わかったよ、行くよ!とにかくお前ら二人で行くとかだけは絶対やめろよなっっ!!」
「なーんだ、やっぱり来るの?そうよねー岡崎さんが心配だもんねっ♪」
「そういうんじゃねーしっっ!!」
二人の必死の否定が再びシンクロする。
「よし、じゃあ決まり!10月の週末は都合どうかしら?部屋の予約とかは全部私がするから任せといてっ!!♡」
「————」
リナの強烈な強引さには、結局勝てるわけがなかった二人である。
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