The Fireworks of a Summer Night 第4話

 花火大会当日、金曜の夜。

 リナの部屋へ3人が集合した七時半ちょうどに、花火の打ち上げは始まった。



「ね〜〜、よく見えるでしょ?もうここ特等席なの!すっごい得した気分、うふふっ!ほら、ふたりとも出てきてみてよー♡」

 ベランダに出たリナは、空に打ち上がる大輪の花火に賑やかな歓声を上げた。



「————」


 リナについてベランダへ出た吉野と岡崎は、どこか諦めたような暗い表情で黙り込んだまま、憂鬱そうに空を見上げている。




 ねえ——

 ちょっと待ってよ。

 あなたたち……本当に、離れるつもりなの……?


 そんなにも、近づきたいのに——



 リナは、思わず歯ぎしりしたい思いをぐっと抑え込む。



 ……あーーー!もう仕方ないわねっっ!!

 これがラストチャンスだからね!!?


「……あーーそうだ。

私、今日家で色々おつまみなんか作ろうと思ってるんだけど、まだ食材なんにも買ってないのよねー。

買い出し行ってくるから、二人で留守番よろしく。冷蔵庫にビールあるから」


「……は?俺たちで留守番!?」

「そうよ。それくらいできるでしょ?

——文句言わずに二人で待ってなさいよっ!!」


 リナは、ギロリと二人を睨むと、バタンと荒々しく玄関を出て行った。


「……」

 リナの尋常でない気配に、二人とも従う以外にない。



「……せっかく花火上がってるし。ちゃんと見るか」


 缶ビールを手に、ふたりで再びベランダへ出た。




 夜空を見上げる。

 大輪の花が華やかに開いては、美しい光の余韻を残して消えていく。


 子供の頃、こんなふうに一緒に花火を見上げたことを思い出した。



「……そう言えば、じっくり花火見るなんて、随分久しぶりだ」


「……そうだな」





「……岡崎」


「ん?」



「…………」




 ——こいつの気持ちを、聞きたい。


 ……怖い。

 一度拒まれたことは、間違いないのだから。



 けど——

 今、確認しなければ……俺はこいつを、本当に失ってしまうかもしれない。




 言葉を繋げずにいる吉野に、岡崎はビールを一口呷ると、空を見上げたまま呟いた。


「吉野。

……お前に言いたいことがある」



「——何?」




「……この前、お前のとこで飲んだ時な。

お前を拒絶したわけじゃないんだ。


ただ——

大切な何かが全部変わってしまいそうで……怖かっただけだ」




 確認できずにいた岡崎の素直な思いを受け取り——吉野も、今日まで言えずにいた言葉をやっと吐き出す。


「……それ聞けて、嬉しいよ。

お前がそういう奴だって、知ってるはずなのに……そう捉えられなかった俺が、間違ってた」



 吉野は、一瞬躊躇い……視線を空から岡崎へ移した。

 真っ直ぐに、問いかける。


「岡崎……

こうして俺と一緒にいるのは、もう嫌か?」


「……そんなことはない」

「無理はするな」

「無理なんかじゃない。

——むしろ……」


 何か言いかけた続きを、岡崎はぐっと飲み込む。


 そんな様子を見つめ——吉野は、はにかむように微笑んだ。


「よかった……俺もだ」



 そして、花火の光の筋を追いながら、吉野は静かに続けた。


「——いいじゃないか。これで。

……やっぱりこうして側にいたいんだって、わかっただけで」




 岡崎は、打ち上がる花火をしばらく黙って見つめ——

 ぽつりと呟いた。


「あの時……

お前が、俺の中へ入りたいと言ってくれた時——すごく嬉しかったんだ。


お前がそう言ってくれなければ、多分俺は一生、お前に言えなかった。

——俺が心に入れたいのは、お前だけなんだ、って」



 吉野は、そんな岡崎の唐突な告白に、驚いたように目を見開く。

 その瞳を真っ直ぐに見つめ、岡崎は続けた。


「でも……急に何もかもを変えるのは、嫌だ。

今の俺たちが、変わらないように——少しずつ。

少しずつ、お前をドアの中へ入れたいんだ。


だから……ゆっくり。

急がないで、気長に付き合ってくれないか」



 吉野は、困ったような、喜びを我慢しきれないような……なんとも複雑な顔をした。



「お前がそう言うなら……気長にぼちぼち、付き合ってやるか」

「ああ、ぼちぼちな」



 そして、同時に笑い合う。





 また笑い合えた。



 もう、笑い合えないと思った。



 ——これが、最高だ。





 花火の打ち上げが、クライマックスを迎えた。




 今度こそ、唇が触れ合う。



 何にも邪魔をされず。

 何にも、邪魔などさせず——。



 花火の弾ける華やかな音と、輝きの中で。




      




「ただいまーー……って、何!?」


 買い物から帰ってくるなり、リナは二人にぐいと腕を掴まれた。



「おいリナ、部屋の中なんかで見ないで、もっと花火の真下に行ってデカいの見ようぜ!早くしないと終わっちゃうし!」

「そうですよ、せっかくの花火大会、思い切り楽しまなきゃもったいないです!」



「ちょっ、待ってよ……何がどうなったのよ!?」


 そんなリナの言葉も、二人には聞こえていないようだ。



 楽しげにはしゃぐ彼らに連行されつつ、リナは嬉しそうに呟いた。


「……ほんっとに世話の焼ける子たちよね、全く」





 そうして——輝く花火の下。

 3人の姿は、夏の賑やかな人の群れへ紛れていった。




✳︎




 花火大会の翌週、金曜の夜。

 二人は、いつものカクテルバーにいた。



「吉野……さっきから、ずっと思ってたんだが。

お前、今日なんか微妙にニヤついてないか?」

 岡崎は、何より楽しみなストロベリータルトのフォークを手に取りながら、吉野に問いかける。


「ん?いや、そんなことはない。……むしろ、ちょっと困ってる」

 吉野は、岡崎に指摘された表情を誤魔化すように、煙草を咥えて火をつけた。


「実はさ……昨日、リナの友達って子に告られちゃって。

『リナと別れたんなら自分と付き合ってくれ』って。……なかなか可愛い子だし、ちょっと悩んでるんだよな」


 難しい顔を作ってそんなことを言いながら、吉野はちらりと岡崎の表情を窺う。

「どうしよっかなー。

……お前が断れっていうなら、断るけど」



 岡崎は、吉野を横目で胡散臭そうに睨む。

「……どういう意味だ」

 吉野は、美味しいおやつでもおねだりする子犬のように目を輝かせた。

「だからさー。

お前の口から、『もうこれからは俺だけを見てくれ、順!』とかそういうカワイイ一言でも聞けたら、喜んで断るんだけどなー、と」

 どうやら吉野は、そんなデレた台詞を岡崎に言わせたいらしい。


「おい。——俺が断れと言わなければ、お前はその女と付き合うのか?」

 吉野の期待をよそに、岡崎はタルトの頂上の艶やかなイチゴにフォークを立てると、鋭利な視線を吉野に投げる。

「……お前を心の中に入れたいとは言ったが、入れるとはまだ言ってないぞ。

こうして改めてよく見ると、お前はかなりいい加減だからな……正直悩む。

——とりあえず、合格点にはまだ遠いな」


 そんな岡崎に、吉野はやれやれというように頬杖をつき、煙草の煙を天井へふうっと吹き上げた。

「あーー、お前ってマジでめんどくせーのな。もう暑いしだるいし、なんか合格点とかもらう気なくなってきたわ」

「それは残念だ。お前は一生ドアの外だ」

「まあ、涼しくなってきたらもうちょっと真面目になってやるからさ」

「別にいいぞ、頑張らなくても」



 ——お前に向き合う時は、いい加減になんかならない。……絶対に。


 ちょっとくらいいい加減だって、別にいい。——それがお前なら。



 そんな、お互いの最も重要な台詞は決して口にできない二人である。




「——しかしお前、ほんと鈍いよな」


 代わりに、そんな言葉がシンクロし——同時に、笑い出す。




 お互いに、知っている。

 こうして笑い合いながら過ごすこの時間こそが、ふたりの幸せなのだと。




 そんなこんなで、金曜のカクテルバーの夜は更ける。

 何かが変わったようで、何も変わらないような——誰よりも幸せな彼らを祝福しながら。





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