An Accident in the Rainy Season

An Accident in the Rainy Season 第1話

「お前さ、何で今日に限ってビアガーデンなんだよ……めちゃめちゃ肌寒いじゃんか」

「予定立てた日は暑かったんだから仕方ないでしょー!?小さいことは気にしないの!」


 吉野とリナが小さく言い争うのを、岡崎は笑いをこらえて聞いている。


 6月初旬、金曜の夜。

 リナの計画で、3人はとあるビアガーデンに来ていた。


「吉野、まあいいだろ。たまには外の空気吸わないと窒息しそうだし」

「岡崎い〜。お前ってさ、女子にはやたら紳士だよなー」

「変な言い方するな。俺は常に紳士だろ」

「嘘つけ。俺にはめちゃくちゃ当たりが厳しいくせに」

「それはお前がアホすぎるからだ。まず自分が反省しろ」

「ねえ、本当に喧嘩になりそうだから、それくらいにしたら?」

 今度はリナが笑いながら仲裁に入る。


「じゃ、寒いけどかんぱ〜い」

「リナ。今日なんか話があるって言ってたよな?」

「うん、そうなの。

今度、どうしても3人で行きたい場所があるのよ。今日は、その話がしたくて」

「……3人でって、どこだよ」

 吉野はめんどくせえ、という空気を漏らしつつリナに訊く。


「それはね〜、大観覧車!ほら、Aタウンにあるやつよ。あれに乗りたいの」

「俺たちで観覧車……マジか?」

「……でも、観覧車に、なぜ3人で?」

 岡崎が、少し不思議そうに尋ねる。


「実はね、ベルギーにいる姪っ子に、頼まれちゃったの。ほら、ショコラティエやってる叔父の娘よ。日本の大きな観覧車の頂上から見える夜景の写真が欲しい!って」

「……何だよそれ。何でわざわざ観覧車からの夜景なんだ?」

 持ちかけたジョッキを置いて、吉野が怪訝そうな顔でリナに訊く。

「その子、ほんと変わり者なのよ。観覧車マニア……っていうの?とにかく、日本の観覧車にどうしても乗りたいけど無理だから、せめて写真だけでも!……って強くお願いされちゃって」

 リナは、オーダーしたサラダを二人に取り分けながら、いかにも困ったという顔でため息をつく。

「なるほど……で、それに俺たちが一緒に行く必要性は……?」

「岡崎さんはいつも冷静でかっこいいわよねー。でもさ、意味ないことして楽しむのも、たまには大事よ?せっかく友達付き合いしてるんだし、一緒に非日常の空間を楽しんでみたいのよね!」

「リナはむしろ意味ないことやってる方が多そうだけどな」

「もう、順うるさい!」


 岡崎はクスクスと笑ってから、ふと真面目な表情になる。

「確かに、リナさんの言う通りですね……そういう時間も、大切かもしれない。

吉野、行ってみるか」

「えー?めんどくせ……」


 言いかけて、吉野はふと考える。


 ここで、もし俺が反対したら……

 岡崎とリナが、ふたりだけで夜の観覧車……

 ってのも、有り得るのか……?


 それ、一番納得いかないヤツじゃん!


「……お前が乗り気になってんなら……まあ仕方ないか」

 脳内で展開したあれこれはさっと引っ込め、吉野は素っ気なく同意する。


「わあ、本当〜〜!?嬉しいっ!♪

じゃ、いつが都合いいか教えて!観覧車は結構夜遅くまで乗れるから、金曜の夜にしましょうか」


 そんなこんなで、リナの計画に乗ることにした二人である。



『……うまくいったみたい♡姪っ子の頼みなんて、嘘なんだけどね〜♪』

 美しい笑顔の下で、リナは内心ぺろっと舌を出す。


 この二人のキューピッド役をやりたい!

 岡崎と吉野のじれったい両片思いを鋭く感じ取ったリナは、密かにそう心に決めていた。


 キューピッドとして、何をしたらいいか。

 いろいろ考えた。

 二人の距離を縮めるには、それらしいシチュエーションをまずは用意しなければならない。

 だからと言って、いきなり彼らを一日中遊びに連れ出したりは、絶対無理。


 悩みに悩んだ末思いついたのが、近場の観覧車だった。

 しかも、そこから見える街の夜景は美しく、人気のデートスポットにもなっている。


『ちょっと。これってうってつけじゃない!?

さあ、何が起こるかしら?……うふふっ♡』


 自分のグッドアイデアを心から褒め称えるリナである。


 

✳︎



 それから2週間後の、金曜の夜8時。

 3人はAタウンの大観覧車の乗り口にいた。


「じゃ、チケット買うぞ」

「……あ、待って」


 いたた、と苦しげに呟きながら、リナが顔をしかめた。

「私、何だか少しお腹痛いなあ。

トイレ行ってくるから、二人でチケット買って、ちょっと待っててくれる?」

「お前さあ、さっき山盛りのジェラート一気食いしたせいだろ、それ」

「順ってほんとデリカシーとか皆無よね。女の子には、男にはわからない痛みがいろいろあるんだから」

「リナさん、大丈夫ですか?」

「順と違って岡崎さんは優しいな〜♡うん、多分大丈夫。ごめんなさい〜」

 リナは、腹部をかばうような姿勢でトイレへ向かって行った。


「じゃ岡崎、先に買っとくか」

「観覧車なんて、本当久しぶりだよな。もしかしたら俺、小学1年の遠足以来かも」

「俺は、彼女連れて……3回くらい乗ってるかな」

「3回とも違う彼女だろ、どうせ」

「うるせー。……っていうか、その通りだけどな」

 岡崎は、可笑しそうにプッと吹き出す。

「お前のことは、だいたいわかる。……それよりリナさん、大丈夫かな」


 その時、吉野のスマホが鳴った。

 リナからのメッセージだ。


『ごめん、何だか腹痛が治まらないみたいで……。

ほんとに悪いんだけど、二人で乗ってもらえる?

一番高いところで夜景を何枚か取ってくれたらそれだけでいいから!お願い〜〜!!』



「は?

全く、リナのやつ……」


「……どうする?」

「……まあ、チケット買っちゃったし……

それに、今回写真撮れなければ、また俺たち召集かけられるだろ。あいつのことだから」

「……そうだな。

夜景撮れればいい話だし……乗っとくか」




 リナのスマホに、吉野から返信が届いた。


『了解。とりあえず俺たち乗っとくから』



「よ〜〜し、ここも無事クリアしたわよ!!!」


 レストルームで念入りに化粧直しをする手を止め、リナは思わず小さなガッツポーズを作った。

腹痛というのも、もちろん嘘だ。


「乗車時間は約15分。ロマンチックな夜景をバックに、美貌の青年がふたりきり……ああ、何だか私もドキドキしてきちゃうなあ♡」



 そんなリナの策略に嵌まったことなど気づきもせず——夜の人気デートスポットでまんまとふたりきりにさせられる、なんともニブい彼らである。





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