第14話 言えない秘密

 それは丁度一週間前、めいのクラスで学級会があった。

めいのクラスは文化祭でシンデレラの劇をすることになった。


「じゃあこれから配役を決めます。自薦他薦問わないから意見がある人は挙手してください。」

委員長の灰田が教壇に立ち、司会をした。

すると、クラスのお調子者の鈴木が鼻をほじりながら手を挙げた。

「王子様役は黒羽がいいんじゃないの?ちょうど金髪おかっぱだし。」

窓側の一番後ろの席の瞬はいきなりの推薦にびっくりした。

「ぼっ…僕が?裏方の仕事するつもりだったのに。」

「黒羽君って眼鏡外したらイケメンだし似合うって。」

「よっガリガリ王子。」

クラスメートが囃し立てた。どこからか拍手も聞こえた。

瞬は赤面して俯いたまま「わかった…やりますよ。」と小声で言った。

窓側の教師机に脚をかけてふんぞり返っていた天原先生はふっと笑った。

「じゃあ、王子役は黒羽で決定だな。」


(うぅあ…瞬君が王子様役だなんて…)

めいは興奮して鼻血を一筋垂らした。

「あんた、シンデレラやったら?黒羽君に近づくチャンスだよ。」

後ろの席から身を乗り出し、エリカが耳打ちした。

「なにいってるのよ、主役なんてできないわよ。第一台詞覚えられないし。」

「本当はやりたいくせに。」

エリカはめいの腕を掴んで手を挙げた。

「はいっ春野 めい、シンデレラ役やりたいでーす。」

焦ってめいが立ちあがると笑い声がどっと響いた。

恥ずかしさのあまり思わず大声を出した。

「うっ嘘です。…魔法使い役をします。」

「そうか、他にやりたい奴はいないか?」


すると黙って挙手したものがいた。

「ヨミ…!」

ヨミは冷静な声で言った。

「俺…シンデレラ役、やりたいです。」

場違いな真剣さに一瞬空気が凍りついたが、すぐに教室内が湧いた。


ヨミがシンデレラをすることになりエリカがまた耳打ちした。

「意外と近くにライバル出現?」

「ちっ…違うもん…ヨミは…」

ヨミは黙って隣の席から足を延ばしてめいの脚を蹴った。

めいは隣で素知らぬ顔をしているヨミに静かな怒りを感じた。


 家に帰って、めいはヨミに激怒した。

「ちょっと、どういうつもりなのよ。そりゃ私が素直にシンデレラやりたいって言わなかったのも悪かったけど、なんで好きだって知っててそんなことしたのよ。あんたに瞬君を盗られた気分だわ。」

怒りをよそに冷静に言った。

「…あいつからお前らを守るためにやったことだ。盗っただのくだらないこと、俺は微塵も思っちゃいない。」

「くだらない?なんでヨミは私の気持ちをひとつも考えずに瞬君を毛嫌いするの?」

「何でもだ。あいつは危険だ。絶対にあいつに関わるな。」

ヨミの冷徹さにめいはさらに憤りを感じた。

「なんですって?人を本当に好きになったことないくせに。」

めいの言葉についに堪忍袋の緒が切れた。

「お前だって俺のことちゃんと知らねぇくせに勝手なことぬかすな。とにかく黒羽とは接するなって言ってんだ。」

「ちゃんと理由も言えないのに俺のことって、勝手はあんたのほうでしょっ」

めいは怒りに任せて飲んでいたジュースをヨミにかけた。

ヨミはひどく驚き言葉を失った。

沈黙がめいの気持ちをさらに混沌とさせ、居心地が悪くなり家を出た。


「あーあ、痛いところ突かれちゃったね。」

その様子を隣の部屋から見ていたテルは牛乳パックを片手に現れた。

ふきんでジュースを拭きながらヨミは無表情で言った。

「…やっぱりめいにこのこと言わなきゃだめなのか?守るのは俺たちだけで十分だと思っていたが。」

「もちろんよ。アンタ達が出会ったときよりもはるかに深い繋がりになったのは見てわかるわ。だからめいちゃんを大事に思ってるなら余計に言わなきゃいけない。」

ヨミは黙りこくった。

「早く言わなきゃいつか後悔することになるよ。」


 一方、めいは自転車に乗り、古びたアパートまで行き、軋む階段を上った。

浮かない顔で一番端の部屋のドアホンを鳴らした。

するとすぐ扉が開き、万智が顔を出した。

「待ってたよ。エリカもいるから入って。」

めいは今にも泣きそうな顔をしていた。

「万智…」

「わかってる。だから来たのでしょ。隣の三浦が部活から帰ってくると仲間に入れろってうるさいから早く入って。」

万智は隣にあるクラスメートの三浦の部屋の方を指差した。


めいは万智の部屋に通されるとエリカがクッキーを食べていた。

「いらっしゃい、丁度めいの話してたの。」

「いらっしゃいはあたしが言うセリフでしょ。まぁ座りなよ。」

万智に言われるまま座っためいは近くにあった猫のクッションを抱いた。

エリカと万智は心配そうに顔を見合わせた。暫くしてエリカが気まずそうに口を開いた。

「…今日は無茶言ってごめんね。ヨミちゃんも卑怯よね、なんで好きだって隠してたんだろう。」

さらにめいはクッションを抱きしめた。

「…瞬君のことは興味ないってさ。むしろ嫌ってる。なぜかは教えてくれないけど。」

意外な発言に二人はきょとんとした。

「もしかしたらめいに知られたくないことがあるんじゃないの?それなら今は秘密のままでいいじゃない。いつか話してくれることを信じて待ちなよ。」

万智の言葉にエリカが便乗した。

「ほら、ホントは黒羽君に嫉妬してるとか。」

めいは飲んでいたお茶を吹き出し、急に頬を赤らめた。

それを見た二人は動揺した。

「ちがうちがう、百合とか言ってるわけじゃないよ。」

「ちょっと、万智。勝手に百合扱いしてこれはひどいよぉ。」

二人が言わんとしていることを気が付いためいは焦った。

「みっ…みんなそんなことじゃないって。ヨミは…」

ヨミの正体をうっかり言いかけたので口ごもった。

ふと、男姿のヨミが脳裏に浮かんだので忘れようとしてお茶を飲んだが、さらに咽た。


「めい、キョドりすぎ。」

その様子にエリカはおかしく思って大声で笑った。

「ちょっと何がおかしいのよ。」

と言いながらめいはつられて笑った。

「よかった、笑ってくれた。」

三人は意味もなく笑った。

それからクラスであったいつもの何にもない話をした。


 そして帰る時間になり、三人はアパート近くの公園の前で別れることにした。

「そいじゃ帰ろっか。明日も学校だし。」

エリカが帰ろうとした瞬間、めいは二人をぎゅっと抱きしめた。

「万智、エリカありがとう。ちょっと元気でた。」

二人は安堵の表情で応えた。

「なんてことないわよ。いつものめいになってよかった。」

「またいつでもあたしの家においで。いつでも相談に乗るから。」



 温かい気分で二人と別れ、めいは夕闇の中自転車を漕いで行った。

「秘密のまま、か…そういえば、ヨミにひどいことしちゃったな。」

ヨミのためにクリームどら焼きを買おうと帰り道にある桜庵に立ち寄った。


桜庵でクリームどら焼きを5個買い、店を出て自転車に乗ろうとした。

「春野…さん。」

めいは、まだ声変わりしていない聴きなれた少年の声が聴こえたのでふと振り返った。

「黒羽君?」

夕焼けで逆光になっている瞬は手を振っていた。

「塾の帰りなんだ…迷惑じゃなかったら一緒に、いいかな?」

「いいよ。黒羽君となら大歓迎よ。」

はにかむ彼を前にめいはヨミの言葉をすっかり忘れていた。


めいは自転車を押しながら瞬と肩を並べて歩いた。

「春野さんって夜宮さんのことが好きなんだね。」

瞬の急な発言にめいは驚いた。

「そっ…そんなことないわよ、アイツ超乱暴だし雑だし…」

「そうなんだ。」

ヨミの愚痴を必死に言っているめいの手をギュッと握った。

「ちょ…黒羽君!?」

めいはあまりにいきなりのことで混乱してしまい、思わず手を振り払おうとした。

「また、逃げるの?」

抵抗するほどに力強く握られ、とうとう動きを止めた。

妖しく微笑む瞬の目が漆黒に光った気がした。

「しゅ…ん…君…?」

「わかってて欲しい。君の同居人は僕の敵だけど、君のことはこの世界が終わっても命を懸けて守るから。」

いつもの気弱を微塵とも感じさせない強引な彼に胸が高鳴った。

「どうしたの?いつもの黒羽君じゃない。それになんで二人ともいがみ合ってるの?」

瞬は黙ってポケットから紙切れを取り出した。

「ねぇ、この文化祭の後の休みに僕と動物園に行かない?春野さんともっと仲良くしたいんだ。」

急に動物園のチケットを手渡され、めいは状況に追いつけずにいた。

「ちょっとわかんない…でも、私も黒羽くんのこともっと知りたい。」

「そう?よかった。もう、7時だね。僕の家はあの道の突き当りだから。また明日ね。」

いつもの笑顔で手を振って去る瞬に気後れしためいはぼうと立ったまましばらく彼を見送った。

「あのっ…瞬君?」

我に返り思わず後を追いかけて彼の行った方向をたどると、その突き当りはゴミ捨て場だった。

「どういうこと…?」


 めいは自転車を漕ぎながらずっとさっきまでのことを考えて疲労困憊し家に着いた。

「ただいまぁ」

「おかえり、めい。ヨミちゃんが心配してたわよ。」

めいの母が台所から顔を出した。家中にシチューの香りがしていた。


めいは階段を上り、廊下でヨミと鉢合わせになった。

「…ただいま。」

「さっきはごめんな。…実は…」

めいは気まずそうに言うヨミの口をそっと押さえた。

「無理に言わなくていいよ。ヨミのこと私は信じてるから。」

そう言ってにっこり笑い、どら焼きが入った紙袋を渡して自分の部屋に戻った。

(何か勘違いしてるな。)


部屋に戻り、めいはドアにもたれ深く溜息をついた。

(どうしたのだろ…まだどきどきがとまらない。)

ポケットからチケットを取出し、自分の机の引き出しに大事に閉まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る