第12話 キモヲタ、カムバック
桜田中学校のチャイムが甲高く鳴り響いた。
1週間近い地獄のような期末テストが終わり生徒はそれぞれ解放感に浸っていた。
「おわった~いろんな意味でおわった~」
力尽きたヨミは机に伏した。
「おつかれさん。」
隣からめいがヨミの背中を撫でた。
すると、紙の束を抱えた天原先生が教室に鬼の形相で入ってきた。
机にドンと紙の束を置くと、教室内がしんと静まり返った。
「今から英語の答案を返す。」
暫くしてぽつぽつと話し声が聞こえた。
「確か英語って初日だったよね。うわぁ…採点したんだ。」
「せっかくテストがおわったのに鬼だよな。」
校内でも地獄耳で有名な天原先生は堪忍袋の緒が切れさらに怒鳴り散らした。
「誰じゃあっ!鬼って言った奴は。あまりに酷かった奴は放課後残って補習を行う。」
天原先生は出席番号順に名前を呼び、答案が返された。
(げっ…23点。アヤカシ界から来て日本語でもやっとなのに英語がわかるわけねぇよ。)
答案が返ってきて青褪めているヨミはふと前にいる瞬の点数を見た。
(18点て…ぷっ、あいつよりはマシだな。)
天原先生は異様な程にこやかに二人の肩を叩いた。
「夜宮、黒羽、二人とも居残りな。」
すると瞬はこれ見よがしに、急に困った顔をした。
「僕、午後から塾があるんです。その補習用のプリント、家でやってきていいですか?」
「それは仕方ないな。でもちゃんと明日、提出するんだぞ。」
「あ…俺も」
「夜宮、お前は塾通ってないだろ。」
案の定、ヨミは天原先生と一対一で補習を受けた。
(ちくしょう、あのヒョロ眼鏡め。覚えてろよ。)
苛々しながら鉛筆を走らせているとチョークが飛んできた。
「ゴルァッ集中せんかいっ」
「はいっ」
またひとつも読めない英語のプリントを前に鉛筆を走らせた。
やっとのことで解放されたヨミはいつもの建物を飛び越す程の体力をすべて失い、学校からとぼとぼと歩いて帰った。
さらに不運なことに横断歩道で赤信号にひっかかり、待ちぼうけを食らった。
「ちっ…なんだよ。帰ってゲームしたいのに。」
人がいないのになかなか青にならない信号に苛々していた。
「ヨミちゃん、みぃつけたっ。」
後ろから何者かに口を塞がれ、振り向く前にそのまま失神した。
「それにしても遅いわね。もう帰っていい頃なのに。」
めいは洗濯物を畳みながら帰らないヨミを気にしていた。
寝転びながら夕方のワイドショーを見ていたテルは驚いて振り向いた。
「まだ帰らないって…まずいな…。」
一方、ヨミは意識を取り戻すと、ほぼ全裸の美少女フィギュアが本棚に所狭しと並んでいる暗い部屋に閉じ込められていた。
「こっ…ここどこだよ。」
部屋一面に籠る汗の匂いにもう一度気を失いそうになりながら出口を探した。
「ヨミちゃん。」
背後からいかにも愚鈍そうな中年の声がした。
「てめぇっ俺になにすんだっ」
「乱暴な言葉使いはやめなよ、女の子でしょ。」
よくみると見覚えのある男が薄ら笑みを浮かべていた。
「ヨミちゃんやっと気づいてくれたね。」
「…あのときのキモオタっ」
この前出逢ったオカルトマニアの日永永次だった。
「やだなぁ、永次だよ。しばらく会ってなかったから忘れちゃったかな。この前のニュースで君の居場所を突き止めたんだ。」
(こいつ…俺の正体を知っているんだった。それにしてもすげぇ粘着だな。)
永次が机の照明を点けた。
今まで暗闇で見えなかったが、ヨミの写真が部屋の壁一面に貼られていた。
(ひぃっ…やっぱりキモい。)
永次はクローゼットから18禁アニメの主人公のコスチュームを取出し、見せつけながらヨミに近づいた。
「僕、君に超興味あるんだ。とりあえず…この服着てほしいな。」
小さな照明に映る彼の姿が下手物のそれ宛らで、ヨミは背筋が凍る思いをして後ずさりした。
「いや?それならもう一度、あの世界に連れてって。それが嫌なら君をマスコミに売っちゃうよ。」
キスしようとさらに顔を近づけた彼にヨミは吐き気がしていた。
彼の手がヨミの白いハイソックスにじわじわと触れた。
「バカっ…よせ、俺は…」
すると外が急に暗くなりいつもと違う夜が訪れた。
「今日は、新月か。」
ヨミは自分の体から湧き上がる違和を感じた。
白く細い腕から筋肉が盛り上がり、いつもと違うその姿はスタンドの微かな明かりに照らされた。
「お…男?」
「言うの忘れてたな。そうだ、俺は男だ。」
ヨミは立ち上がり、明らかに声変わりが終わった青年の声で応えた。
「うそだろ…」
男になったヨミはやっと窓を探し当て、遮っている本棚を力いっぱい押しのけた。
「まぁ、お前は俺がこの世界の人間と違うのはわかってたから今更びびらねぇだろうけどな。」
あまりの衝撃に腰を抜かし呆然としている永次をよそに彼は窓を思いっきり開け飛び出た。
「もっと日に当たる生活しろよな。」
ヨミは言い捨て、めいの家まで飛んで帰った。
ヨミは家の近くまで着くと、門前で両手に白い息を吹いているめいを見つけた。
「まさか…待ってたのか。」
向かいの家の屋根から飛び降りて身軽に着地したヨミにめいは気づいた。
身に沁みる寒さに頬が赤くなっていた。
「やっぱり元に戻ってたのね、誰にもバレなかったでしょうね。」
「おう、大丈夫だ。心配かけてすまんな。」
その姿にヨミは短くなった赤髪を掻いて照れながら目を逸らした。
「今日の晩御飯はテスト終わったご褒美でステーキだって。」
「やった、俺一番大きいやつ食う。」
二人は嬉しそうに家に入った。
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