第3話 桜庵と家出少女

「あら、お義姉さん。ゆっくりしてくださいな。」

ヨミは盛大にずっこけた。

テルは十字架族の改ざん能力でめいの父親の妹になったのだ。

めいの母は気を遣いながら、テルに缶ビールとおつまみの枝豆を振る舞った。


「だって、あたしのバー、琺狼鬼にぶっ壊されちゃったし。しばらくお世話になるわよ。」

Tシャツに半ズボン姿のテルは缶ビールを飲み干し、リビングのソファーにふんぞり返った。

めんどくさい同居人ができて戦慄するヨミの肩をめいはポンと叩いた。

「あら、あんただって勝手にいとこになってるしお互い様よ。」



 夜になり、ヨミはいつものように自分の部屋のベッドで明かりを消して眠ることにした。

しばらくすると、部屋中に異臭がすることに気付いた。

「…なんか酒臭い。」

ふと目が覚めると暗闇の中で何かが荒い息をたてて光っていた。

「…ふっぎゃああああああっ」」

ヨミは驚いて布団をはがして電気をつけると、透け透けのネグリジェを着たテルが目を光らせて添い寝していた。

「なんで横で寝てんだよっ」

「添い寝してあげないと眠れないと思って。」

頬を赤らめてはしゃぐテルにヨミは髪を逆なでて怒った。

「それ、お前が眠れないだけだろ。てか俺を襲うつもりだっただろ。」

「テヘっばれちゃった。」 

ヨミはとりあえずテルを部屋からつまみだしてそのままベッドに倒れこんだ。

「安心して眠れやしない」

と言って、ぐっすり眠った。


 次の朝、ヨミは寝不足でふらふらと一階の台所に来て、何も塗ってないトーストを齧った。


「おはよ、ヨミ。うわっ何?この目の下のクマ…眠れなかったの?」

めいはヨミが今にも死にそうな顔をしていたので驚いた。

ヨミは薄ら笑いを浮かべて頭を机に乗せた。

「ああ…テルに襲われる夢を見た。」


 ヨミは肝心のテルがいないことに気が付いた。

「そういや、テルは?」

めいは牛乳を飲む手をとめた。

「お店に行くって朝早くから出て行ったわよ。テルさんも早くお店、再開したいんだと思うよ。」

ヨミは、やっと自分と同居できるとはしゃいでいるのに、すんなりと出ていく訳がないと思い、めいの言葉に違和感を感じた。


 すると、めいの母がニコニコしながらヨミにお弁当を差し出した。

「テルおばさんがヨミちゃんにって。渾身の一作だそうよ。」

「…。」

もはや嫌な予感しかなかった。

弁当箱からタコのような目玉が覗いていて、クラゲのような生き物の脚が蠢いていたのでそっと返した。


ヨミは顔面蒼白になり、落ち込んだ。

「もうやだ…こんな生活。」



 ヨミはめいに散々慰められながら学校に何とか着き、自分の席に着いた。

めいと万智が、ぐったりしているヨミの前に立った。

「どしたの?夜宮さん。」

めいは呆れて答えた。

「やっかいな叔母さんが同居しだしたから疲れてるのよ。」

エリカは横を向いて指さして言った。

「あの人が…夜宮さんの叔母さん?」


 二人はびっくりして人だかりができている窓の方に向かった。

人だかりをかき分け注目の的を見ると、校門の前でヨミを大声で呼ぶテルがいた。

「ヨミ~やっと見てくれた。べんきょーがんばれっ」

嬉しそうに手を振るテルに、二人とも唖然とした。

「なんでいるんだよ。」

あまりの恥ずかしさにヨミは顔を赤らめて教室から出た。

「ちょっと、ヨミっ戻ってきなさい。」

めいの言葉も気にせず、ヨミは校庭のフェンスを飛び越えて学校を抜け出した。


 学校から抜け出したヨミは、制服を着ているためどこにも隠れる場所がなかった。

とぼとぼ歩いていると、昔からやっていそうな古びた和菓子屋の前に着いた。

「ん?…さ…桜庵?」

お昼ご飯も食べずに抜け出したので、お腹が激しく鳴った。

「は…入ってみるか。」

小豆色ののれんを押して入ってみると、優しい甘さの香りとともに秋を閉じ込めたような色彩の和菓子がショーケースに並んでいた。


「うわぁ…きれいっ」

初めて見る和菓子に感激していると、店の奥から帽子をちょこんと乗せた、体格のいい男が出てきた。

「お嬢ちゃん、学校サボったらだめだろ…って俺もよくサボってたけどな。」

和菓子屋の制服を腕まくりした男は白い歯を見せて豪快に笑った。

「俺は嬢ちゃんじゃねぇよ。夜宮 ヨミだ。」

「へぇっ、俺は立花 健太。ここの店の見習い。今は店のものは俺しかいないから大丈夫だ。」

ヨミは、この人なら学校に通報しないだろうと安心した。


 すっかり安心すると再びお腹が鳴った。

「お腹がすいてるなら早く言えばいいのに。」

「…ちょっ…ちがう。」

ヨミは恥ずかしくなって否定したが、また鳴った。

「お腹は正直だな。」


 健太は店の奥からどら焼き五つと温かいお茶を持ってきた。

「食いなよ。お代はいらねぇからさ。」

ヨミはどら焼きを一口食べた。

「…んまいっこのどら焼き、クリームが入ってる。」

目を輝かせてクリーム入りどら焼きを平らげた。

「そんなにがっついたら喉に詰まらせるぞ。」

「これで死んでも本望だ。もっとくれ…ぐはっ」

健太は咽るヨミの背中を叩いた。

「ほら、言わんこっちゃない。」


 あれこれするうちに、二人は意気投合をするようになった。

楽しい話をしていたら夜の七時になっていた。

「もう帰らないとまずいんじゃないか?」

さっきまでペラペラ喋ってたヨミは急に黙り込んで目を逸らした。

「家に帰りたくねぇんだ。…めんどくさいのいるから。」

健太は落ち込むヨミの隣に座った。

「そっかぁ…どこもいっしょだな。」

「え?健太兄ぃもそうなのか?」

「だって、このどら焼き、親父からしたら邪道だって。だから店に置かせてくれないんだ。」

「そんなの勿体ねぇよ。こんなにうまいのに。」

ヨミは餡を口の周りにべっとりつけて怒った。

「お袋も親父も頭固いから、俺がロボットみたいに親の言うこと聞かなきゃ気に食わないんだろな。」

弱気になっている健太にヨミは怒鳴った。

「そんなことはないっ」

健太は本気で怒るヨミに驚いた。

「自分がロボットになりたくないなら、本気で自分の想いを伝えたらいいんじゃねぇの?ちゃんと伝えたことあるか?」

「…う…あぁ…」

言葉を濁した。

「ちゃんと言わねぇから、相手があれこれ勝手に思うんだよ。」

ヨミは健太に諭しながら自分も健太と同じだと感じた。


 健太は立派なことを言うヨミにびっくりした。

「ヨミって意外と大人だな。」

「…そんなことねぇよ。」

ヨミは照れ隠しに目を逸らした。


 やはり、ヨミはしぶしぶ家に帰ることにした。

「健太兄ぃ、またここに来ていいか?」

健太は大きな親指を立てた。

「もちろんだ、いつでも来い。」

ヨミは健太から少しの勇気をもらい、少し微笑んで手を振り店を後にした。


 家に着いて、溜息をついて玄関のドアを開けると、ナイフが飛んできた。

「ヨルミア、大丈夫か?こんな遅くまで一人で歩いて…琺狼鬼にやられたらどうするんだよ。」

テルの双星剣攻撃で、ヨミの我慢が限界になった。

「やめろよ。俺は過保護にベタベタされるのが超っ…絶嫌いなんだ。」

ヨミはテルが呆然としている姿を見て居たたまれなくなり、黙って家を出た。


(やばい、テルのこと傷つけてしまった…こんなんじゃ合わせる顔がない。)


 自分の放った言葉に自責の念に駆られながら歩いていると、隣町にまで行ってしまっていたので、桜庵の前で立ちすくんだ。

とっくに閉店になっているのに、店の明かりはまだついていた。

(あんなことを言った矢先、恥ずかしくて健太兄ぃのところにも行きづらいな。)

ヨミは黙ってその場を去った。


 テルとめいは帰ってこないヨミのことが心配で街中を探した。

「どうしたのかしら、何回も電話したのに返事がまだ来ないの。」

テルは青ざめた。

「どうしよう、ホントに琺狼鬼に襲われてたら…あたしがあんなことしなけりゃ…。」

「大丈夫ですよ。自分を責める前に探しましょ。」


 二時間ほど探し回ったが、手がかりすら掴めなかった。

テルは泣きそうになった。

めいはカバンからスマホを取り出した。

「ヨミがいそうなとこって他にないですか?」


 テルはふと、ヨミがアヤカシ界にいたときに暗い森の沼地によくいたことを思い出した。

「そういや、暗くて人通りのないとこによくいたな。」

めいは閃いたらしく、心の中で根暗だなぁと思いながらスマホで調べだした。

「公園ですね。確か人通りのない公園と言ったら隣町の逢魔が時公園があるわ。」

「よし、そこに連れってって。」


 二人はスマホにある地図通りに逢魔が時公園まで走って行った。

 

 その頃、ヨミは人気のない公園で一人、女子トイレにこもっていた。

ここなら一晩泊まれると思い、洋式便器のふたを閉めて座っていた。


すると、ドアをノックする音がした。そして携帯のカメラのシャッターらしき音もした。

ヨミは不審に思い、息を潜めた。


 しばらくすると、咳払いをして「…入ってますか。」と言う声がした。

明らかに中年男の声だ。

ノックの音がだんだん激しくなっていった。


「おかしいな。鍵がかかってるってことは入ってるよね。…開けちゃうよ。」

ドア越しでもわかる欲情した男の嫌がらせはエスカレートしていった。

次第に体当たりを繰り返し、ドアノブを何回も回した。


 ヨミは恐怖に身が凍りつき、心の中でパニックになった。

ポケットからスマホを取り出したが、電池切れになったので、助けも呼べずにうずくまった。

(テルにあんなひどいこと言わなければ…。)


「…ぐはっ」

何者かが不審者を殴り飛ばす音がした。

「貴様っ覚悟しろ。」

聞き覚えのある女の声がしたと同時に不審者が逃げて行った音がした。



「…ヨルミア。」


 ヨミはトイレのドア越しにテルの声を聴くと、気まずそうに黙ってドアを開け、今度こそ本気で怒られると構えた。

…だが、テルはヨミの意に反して頭を撫でた。


「ごめんね。ヨルミアも、もう大人だもんね。ベタベタしてごめんね。」

暫くどう反応をすればよいのか戸惑ったが、ヨミは微笑んで細い腕でハグをした。

「俺もキツイこと言ってすまなかった…でも、何もなしじゃ調子が狂うから、ほどほどにな。」


 テルは嬉しくなってヨミが窒息するくらい強く抱き返した。

「やめろっこれがいやだって…。」

虫の息になって震えているヨミに気づかず、テルはさらに強く抱きついた。

「ヨルミア…やっぱ大好きっ。」

ヨミは苦しさのあまり慟哭した。

「なんだかんだで仲がいいこと。」

めいは二人を微笑ましく見ていた。


 次の日、ヨミはめいを桜庵に連れていった。ピンクのショルダーバッグを斜め掛けしてるんるんと鼻歌を歌って歩いた。

「初めて知ったわ、ヨミのお気に入りのお店があるなんて。」

「そこのどら焼き、すっげーうまいんだぜ。」


 店に入り、ショーケースにクリーム入りどら焼きが並んであったのをみて、健太にハイタッチした。

「やったじゃん。おめでと。」

「ヨミのおかげだ。ありがとな。」


 めいは、いつの間にかヨミに現界の知り合いができていて、あっけにとられた。

「…この人、ヨミの知り合い?」

ヨミは嬉しそうに鼻をこすりながら応えた。

「まぁな、マブダチってやつ?」


 ヨミは初めての親友ができて、うれしさのあまりクリーム入りどら焼きをある分だけ買って帰った。

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