第2話 双星の使い手

 めいは暗い顔で小さな紙切れを眺めているヨミが気になって、隙をついてひょいっと紙を取り上げた。

紙切れはド派手な蝶が描かれた名刺だった。

「バー・双星の使い手?なによ、あんた未成年なのにバーに行くの?」

「勝手に見るなよ。未成年ったって俺、ホントは百十年生きてんだぜ。でも…」

ヨミは言葉を濁した。

「どうしたのよ、チビだから入りづらいの?」

「またチビっていったな。」


「まだめいには言ってなかったな。俺たちの他にこの現界に化身蛹を持った仲間がいる。」

「ていうことはその名刺のところに行けば私たちの仲間がいるってことね。力強いじゃん。」

ヨミは、ひとり盛り上がるめいをよそ目に溜息をついた。


 名刺によれば、桜田町から電車で二駅の歓楽街にあった。

電車に揺られながらぐったりしているヨミにめいはペットボトルの冷たいお茶を渡した。

「嬉しくなさそうね。おかしいわね仲間なんでしょ。」

「この名刺のテル・カルテッドってやつ、とにかくめんどくさいんだ。」

「それってたぶんヨミのことを思ってのことじゃないの?」

「…何も知らないやつはいいよな。」

ヨミはお茶を口にしながらぼやいた。


 目的地に二人が着いたのが夕時だったため、まだ大体の店は開いておらず、閑散としていた。

数人しか乗れない狭いエレベーターで4階まで上り、そのバーらしき扉を開けた。

薄暗く煙草臭い空気の中、大人しいジャズが流れていた。

カウンターに一輪挿しに咲いているダリアのような雰囲気のほろ酔いの女がひとり「いらっしゃい」と言った。


 めいはあまりに自分たちが場違いなところに来てしまったと気が引けていた。

ヨミは目を逸らし、「テル、俺だ。」と言った。

それに気づいた女はこの落ち着いた空気を壊すように黄色い声を発し、大人げなく抱きつき、白く豊潤な胸をヨミの顔面にこすり付けた。

「ヨルミア~生きててよかった。」

「俺は今死にそうだが。」」

胸の圧力で窒息しかけているヨミは必死に抵抗した。

「久しぶりすぎて恥ずかしがってるのね。恥ずかしがらなくていいのに。」


 テルはふと左目が隠れている長い髪をかき分け、めいの方に目を遣った。

「あら、新しい化身蛹さんかしら。ヨミと一緒、可愛いわね。」

めいは頬を赤らめてぺこりとお辞儀した。

「春野 めいです。よろしくお願いします。」

「そんな行儀よくしなくていいわよ。あたしはここのバーのママ、そしてヨミのしつけ役のテル・カルデッド。」

ヨミは顔を赤くしてテルに突っ込みを入れた。

「誰がしつけ役だよっこいつは昔から俺に逆セクハラをしまくった女だぞ。」

「あら、アンタのおむつ交換したの誰だったかしら。あたし、よくこの子の背中洗ったわ。」

ヨミは顔をさらに真っ赤にして口をパクパクした。


 三人で騒いでいると、ドアを開ける音がした。

異様に口が大きな女が見える以外、帽子を深々と被って顔が見えない女がひっそりと店に入ってきた。

「ちょっと、まだ店はやってないわよ。」

客の空気を感じたテルはガーターベルトにそれぞれ忍ばせておいた十字架型の桃色と水色のジャックナイフ〈双星剣〉を取り出し、女に投げつけた。

「アンタ、人間じゃないね。」

唸るナイフをかわし、帽子が宙に舞い、女の正体が露わになった。

全身に鱗がある蛇の眼をした女は、先端が二つに分かれた舌をちらつかせ二人を舐めまわすように見つめた。


「これはこれは現界の女を化身蛹にした十字架族の恥さらしに、同じく現界に体を売ったバカ女じゃないの。よくも私の下僕を殺したわね。」

ヨミはめいの紅月剣を握りしめ、眉間にしわを寄せた。

「てことはお前がこないだの琺狼鬼の主人てやつか。あんな臭いペット、鎖につないでおけよ。」


 紅月剣のめいはこの間の敵よりはるかに凶悪な霊動を感じ、困惑した。

「何よ、この化け物。」

「こいつは琺狼鬼のボスのひとり、インバス。」

テルは双星剣を構えた。二色のジャックナイフの先端がキラリと光った。

「いくよ、ヨルミア。」


 アヤカシ界では、めいの目の前に広がるミルク色の泉に、玉虫色に輝くダリアが一輪咲いていた。

バトルスーツ姿のめいはそのダリアがあまりにも美しいので手を伸ばそうとした。

「めいおねぇさん、いけない。」

気が付くとふたりの5歳くらいの互いにそっくりな御河童の子供がめいを庇うように立っていた。

「私たちはアヤカシ界の扉の番人。私はルル。」

桃色の十字架のチャイナ服を着た少女が言った。

「現界からやってきたあなたを守ります。僕はララ。」

水色の十字架のチャイナ服を着た少年が言った。


「現界ノ女…!!」

 禍々しい声とともに泉が波紋をつくり、地響きが鳴った。

泉から出てきたのは瞼から触角が出ている巨大なナマズのような化け物だった。

化け物は青い体液を鰓から吐き出しながら、三人の方に向かってきた。

象牙色の奇妙な骨のようなものを身に纏った化け物は触角でめいを捕まえた。

「おねぇさんっ」

「ルル…ララ…」

めいは琺狼鬼に触角でキリキリと締め付けられて意識が朦朧としていた。

ルルとララは持っている双星剣で敵を切りつけたが、全身が青い体液で覆われていてぬるぬる滑るので歯が立たなかった。


一方、ヨミとテルもインバスに捕まっていた。

インバスは高笑いしながら二人の眼球を舐めた。

「あんた達、昔と変わらないわね。まぁ、化身蛹と契約した時から年は取らないからだろうけど。」

インバスは無限に伸びる縄でテルとヨミの首を縛り上げた。

「こいつ、まぢキモい…これが同じ十字架族なんてな。」

ヨミは鼻で笑った。

隣で同じく服を切り刻まれぐったりしているテルが言った。

「よ…よるみあ、これが終わったら銭湯いこうな。久しぶりにアンタの裸が見たい。」

「そんなときに平気でこんな馬鹿なこと言えるのは昔から一緒だな…わかった。好きにすればいい…。」

「よおぉ…っつしゃあああっ」

テルはやる気を取り戻し、切り刻まれた黒いミニスカートから見える二つの双星剣を持ち、敵の目に突き刺して大きな窓ガラスのある方に黒いハイヒールで蹴り飛ばした。

見事に窓ガラスは粉々に砕け、後頭部を強打したインバスは痛みのあまりのた打ち回った。


 インバスの妖力が弱ったため、触角の力が弱まった化け物はめいを地面に叩きつけた。

ルルとララは互いの双星剣の鞘を伸ばし、光の速さで檻のようにインバスを囲み、チャイナ服の袖から出た鎖で動きを封じた。

「今だよ、おねえさん。」

めいは双子の言われるまま、覚束ない手で紅月剣を振り翳し封鬼の呪文を唱えた。


「この世を犯す邪悪な鬼よこの世を守る十字架のもとに妖界の彼方の闇沼に去れ。」


 めいとヨミの紅月剣はインバスの心臓を貫き、止めを刺した。

インバスは黒い砂となり、風に乗って消えて行った。

二人は「やった」と呟いた。



 敵が消えたバーは廃墟同然にボロボロになった。

めいとヨミはテルが自分の居場所がめちゃくちゃになり愕然としていると思い、慰めようとした。

「テルさん、バーが元通りになるようにお手伝いしますよ。」

「大丈夫か?…いや、大丈夫じゃないだろうな。」

テルは二人の想いに反して目をキラキラさせて返した。

「ほら、約束したじゃん。銭湯だ銭湯。久しぶりに背中洗ってあげるから。」

テルとの約束を思い出したヨミは半泣きになってめいに訴えた。

「めい、紅月剣になれ。こいつを攻撃するぞ。」

「約束は守るものよ。いってらっしゃい。お母さんにはヨミは晩ごはんいらないって言っておくから。」

それをきいたテルは余計に目を光らせた。

「え?てことは晩ごはんも一緒でいいってことだよな。めいちゃん、まじサンクス。」

「裏切り者ぉ~」

鼻歌を歌いながらテルは、抵抗するヨミの首根っこを掴んで銭湯まで引きずって行った。

「助けてくれ」という叫びが街中に鳴り響いた。

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