記憶力トレーニングの誤算
枡田 欠片(ますだ かけら)
第1話
高尾と中野は高校生。放課後、2人は中野の部屋にいた。帰り道に、高尾が気分が悪いと言ったので、中野の家で休む事にしたのだ。
しばらく、高尾は寝ていたが、大分気分が良くなったようで、急に喋り出した。
「そういえば昨日、変な夢見てさぁ。いや、夢じゃないんだけどさぁ」
「ははは。どっちなんだよ?」
「うん、寝てないから夢じゃないんだ。けど、夢みたいにリアルでさぁ」
高尾の話はいつも疲れる。そう中野は思っていた。
「あのさ。普通、夢じゃないほうがリアルなんじゃないのか?」
それに対して、高尾は、ため息で答える。
「なあ、中野ぉ、分かるだろ?あるだろ?妙にリアルな夢。あんな感じの夢みたいな奴だったんだよぉ。」
高尾は手をせわしく動かしながら話す。高尾は上手く話せないといつもこうなる。
「夢の中で高いところから落ちてガバって起きたり、誰かに追いかけられてウワァって起きたり、そういうリアルな夢のことだよぉ」
「お前って随分、夢の中で苦労してるな。」
「そんな事はいいだろぉ。話きいてくれよぉ」
高尾が何だか興奮している。中野は優しく高尾の肩に手をのせた。高尾の手のバタバタが止まった。2人は仲がいいのだ。
「話す前に、ちょっと教えてくれ高尾。そもそも、その夢みたいな夢ってのは何なんだよ?どうやって見たんだよ?」
「大丈夫だよぉ。そっから話すよぉ」ゴホンと咳払いをして、高尾は続けた。
「俺最近さぁ、記憶力アップのトレーニングしてんのよ、1ヶ月位」
「記憶力のトレーニング?何それ?」
この時点で、もうツッコミたい事がいくつかある。恐らくまともに聞いていたら時間がいくらあっても足りないだろう。
高尾の話をまとめると、要点は3つある。まず1つ目は、先日の学力テストの結果を受け、自分に足りないのは記憶力である事。そして2つ目に、それを補う為の対策が、この記憶力トレーニングである事。最後に3つ目。トレーニングの内容は、1週間自分が食べた物(最初のうちは3日間?)を、空いている時間で思い出す事。
これが、高尾が記憶力トレーニングを行なっている全貌だった。そんなトレーニングをしている間に、英単語の1つでも覚えれば良さそうなもんではあるが、これは結局、高尾らしさだ。
「なんか結構、俺才能あるみたいでさぁ。すぐにスラスラ言えるようになったよねぇ。ヘタしたら2週間分くらい」
「へぇ、記憶力いいんだな。これでテストもバッチリだ。で、夢みたいな夢はよ?いつ出る?」
高尾はきっと、そのズバ抜けた記憶力の割に本題を忘れている。
「あ、そうそう。その記憶力トレーニングにさぁ、今週になって問題が起きたのよぉ」
「問題?」
「そう。今週頭に、両親が親戚の看病だかで実家に帰ってさぁ。今週ずっと、飯がカップラーメンなのなぁ」
「ははは、なるほど。俺も今一瞬で覚えたよ。」
「だろ?ははは。そうだよなぁ。俺も昨日気づいてさぁ。だって全部カップラーメンなんだもんさぁ」
高尾はそれが急に可笑しくなったらしく、はははと笑い出した。中野が「それで?」と次を促す。
「だから俺、考えてさぁ。飯だけじゃ無くて、朝からの行動全部を思い出す事にしたんだよ」
「全部?朝起きて、着替えて、とかか?」
「そう。頭いいなぁ、中野ぉ」
「うん。それで」
「それで、とりあえず昨日の夜さぁ、昨日の朝からの行動をさぁ、目ぇつぶって思い返してみたんだよぉ」
なるほど、と中野は思う。高尾が言っていた夢はこれの事かと。
「俺さぁ、部屋二階だから、朝起きてまず新聞取りに行ったんだよねぇ。で、その後シャッターを開けたんだよ。全部の」
「へぇ、ちゃんとシャッター開け閉めしてるんだ。えらいな」
「うるせぇよ。戸締りは大事だろ。まあでも、この記憶を辿るのが結構大変でさぁ。窓開けて、シャッター上げて、窓閉めるって一個ずつだろぉ。面倒くさいけど、トレーニングだから頑張ったよね。」
「ほお。それで?」先を促したが、中野は何か引っかかるものを感じていた。
「そう、その時の事が言いたかったんだよぉ。最後の場所が庭のところなんだけどさぁ。そこのシャッターを上げて、窓閉める時に、いきなり知らないおばさんが飛び出して来て入って来ようとするんだよぉ」
「ん?待て?それって本当にあった事なのか?朝起きてから窓開けてる間に?」
「だから違うよぉ。夢の中でだよぉ。夢じゃないけど?」
本当にややっこしい。つまり、朝そんな事は無かったのに、高尾が記憶を辿っている中で、急におばさんが現れたという事なのだ。高尾の想像の中で。
「それでどうしたんだ?」
「あぁ。それで、ガバってなって起きたのよ。いや、寝てないんだけど、寝転がってたから。」
どうやら、話はこれで終わりらしい。結局、高尾は大分スッキリした顔をして、それだけ話すと帰ってしまった。いつの間にか外は薄暗くなっていた。
高尾のがうつったのか、中野は少し気分が悪い。
夕方、中野は友人の綾戸に用があって電話をかけた。用事はすぐ済んだが、中野は高尾の話を綾戸にした。ちょっと変に引っかかっていたから。
「お前、それダメだよ。やっちゃってるよ」
綾戸は、ため息交じりに答えた。
「やっちゃってるって、何がよ?あいつ何かやらかしてんの?」
「やらかしてるよねぇ。知らない?そういう心霊テスト?」
「テスト?」
心霊テストが何なのか?綾戸が簡単に教えてくれた。
目をつぶって、玄関から部屋の窓をひとつひとつ開けて閉めて玄関に戻る。その間に誰か人に会ったら、その家には霊がいると言うものだ。
「高尾のバカ、無意識にやっちゃってるよ。しかも中途半端に終わらせて、多分招き入れちゃってるよね。バカだな」
ちなみに、綾戸はこう言う話に異様に詳しい。
「綾戸どうすればいい?高尾大丈夫かな?」
「そうだなあ。今からどうこう出来ないから。お前の家にでも泊めてやれば?ちょっと、その家危なそうだぞ?高尾、体調悪く無かったか?」
中野は、背筋が凍る思いがした。
「わかった、高尾に連絡するよ。その後はどうすればいい?」
「それは、明日詳しく話すわ。とりあえず高尾を泊めてやってくれ、急いだ方がいいぞ」
中野は、綾戸との電話を切ると、高尾に連絡をした。多分今ごろカップラーメンを食べているだろう。
高尾はすぐに電話に出た。
「もしもし、高尾。今ラーメンか?まあ、いいや。とりあえず今日、今から俺の部屋来い!うちに泊まれ!」
「何だよ、急に。そんなのだりいよぉ。それより聞いてくれよ中野ぉ」
中野は焦れたが、とりあえず聞く事にした。
「もうラーメンは食ったんだけどさぁ。さっきまた、記憶力トレーニングやってたんだよぉ。」
中野の脳裏に嫌な予感だけよぎる。
「ほら、お前んち行ったじゃんか?そしたらお前、暑いからって窓開けてくれて。俺は、逆に寒いから閉めてくれって」
確かにあった。中野も覚えている。
「そしたらさぁ。また出たんだよぉ、あのおばさん。お前の部屋って二階じゃん?何かマジ怖くねぇ?」
高尾が帰って、窓は開けっぱなしだ。
やけに冷たい空気が、中野の首もとを掠めつづけている。
おわり
記憶力トレーニングの誤算 枡田 欠片(ますだ かけら) @kakela
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