いつか何処からか
徳間サンダル
第1話
部屋の電気は消え、会場には沸き立つ様な期待と何かを心待ちにする静けさがあった。そして主役である君は僕の隣で悪戯を企んでいる子どものような笑顔を浮かべている。これまで幾度となく見てきた君の表情に今日だけは僕もワクワクした。
暗闇の中、スライドショーの灯りだけが部屋の中で眩しかった。
『新郎と新婦の馴れ初めは今から二十二年ほど前の幼稚園の時でした。ご両親とともに引っ越してきたところが新婦の隣の家だった事もあり、家族ぐるみの付き合いが始まりました』
司会は僕たちの馴れ初めを話始めた。普段なら顔が赤くなってしまうので嫌なのだが、今日は特別だ。いつもより頭が茹で上がるように熱かったから仕方ないと思うよ。
『初めて出会ったその日から二人は一番の友人となり、いつも一緒にいました。引っ込み思案な新郎に、少しだけヤンチャだった新婦が毎日遊びに連れ出したのです』
物は言い様とはまさにこの事だった。僕は初めて同世代の子が多く居る環境に慣れず、キョロキョロしていたら君に後ろから蹴られた。それが僕らの出会い。本当の君は幼稚園1の悪ガキでガキ大将。
「私は今日からアンタのボス。いい?」
泣き出した僕に君はこう言った。
少ないようで多かった人生の出会いの中で、こんなこと言ってくる子は君以外に見たこと無いよ。
まさに君はガキ大将だった。
僕の中に初めて覚えていた記憶がこれだったのは少し悔しいし、何よりも僕が泣かされてるのが気に食わないけど、一番最初が君だった事に、ほんのちょっとだけだけど嬉しい気もするよ。
ほんのちょっとだけだよ。
大人しかった僕は君の格好のオモチャで毎日のように泣かされた。正直に言ってしまえば、君が少し苦手だった。いっぱい危ないこともさせられたし、いっぱい連れ出されたし、いっぱい泣かされた。
けど、一番笑顔をくれたのも君だった。
スライドショーに映る写真には君に泣かされた僕や僕を踏む君の姿が映された。ほら、少しヤンチャじゃ君は言い表せない。会場には笑い声が起こり、君は自慢げに微笑んだ。
『こうして二人は仲を深め、同じ小学校へと進学しました』
スライドショーには入学式の日が映し出され、皆が微笑んだ。仲良く並んだ二人はそれこそ姉弟に見える。
写真の事情を知っている両親や君は別の意味で笑ってるけどね。あの日も君に泣かされ、泣き止んでやっと撮った写真だったからちょっとだけ目が腫れている。本当に君と居ると禄な事が起きないよ。
『小学校五年生の時、お二人の運命を変える出来事が起こりました』
小学校に入っても関係性は変わらなかった。隣の家だったから行き帰りもずっと一緒だったし、ずっと君の子分だった。
そんな小学校三年生の時に僕は些細な切っ掛けから、五年生の集団にイジメられるようになってしまった。
そんなことが暫くあったある日イジメがピタッと止まった。同級生に原因を聞くと君がボロボロになりながら、五年生全員をボコボコにしたのだ。僕は君に頭が上がらなくなった。
家族にも、同級生にもバレないようにしていたのに、一番バレたくない君にバレてしまったのはちょっと不覚。
『……のような事があり、そのお礼として新郎が新婦にケーキを振る舞いました。この写真はその時撮影されたものです』
君は満面の笑み。僕は少し心配そうに君が食べるのを見ていた。最後まで美味しそうに食べてくれたことが嬉しかったし、本当に感謝していた。
『この事がお二人の運命を決めたのでしょう。……そしてお二人は中学生になりました。思春期真っ只中である筈のお二人はそれでも二人一緒に居ることが多かったのです』
と司会は話してるけど、本当は少しだけ違うかな。中学校に入った僕は異性の目というものを気にし初めて、君と距離を取ろうとした。体力分野は小学校の時に君には敵わないと悟ったから、ギターを始めた。君は音楽センスだけは壊滅的だったからね。これで君から離れられると思っていたし、実際ちょっとの間そうなった。
でも、お互い受験の時、君の家庭教師に僕は任命されてしまった。君に胸ぐらを掴まれながらの交渉だったけど。
「私、行きたい高校があるから勉強教えなさい」
確かそんな風に言われたように思うよ。
君の家や僕の家で勉強を毎日教えた。たまに「アンタが賢いのがムカツク」って殴られたり、プロレス技をかけられたりしたけど、教えてるときは本当に楽しかった。君は勉強をサボるだけで頭が悪いって訳じゃなかった。
そしてお互い違う志望校に受かったとき、また僕はケーキを作った。でも、まさかこれが切っ掛けで僕が仕事に就くなんて、人生は何処に繋がってるかわからないものだ。僕もなんて単純な奴なんだろう。もう一度やってみてもがここまで続いたんだからさ
「……お二人が志望校に受かったお祝いに撮られた一枚です。微笑ましいですね」
スライドショーは次の写真を映し出す。エンドロールにはまだ早いけど、もう半分を過ぎてしまった。次が見たいと思う反面、終わってほしくないと思う。
僕らは別の高校に通っていたけど、僕の通学路に君の学校があった。だから僕は毎日君を送り迎えする日々。君は朝が弱いから毎日起こしに行ったのは、正直苦労ばっかりだった。そして一度だけもう一緒に行くの辞めないと提案してみたことがあった。
「イヤ! 毎日起こしに来なさい!」
即座にそんな返事がきた。何処まで我が儘なお姫様かと当時の僕は頭が痛かった。でも、今考えてみれば、あれは君なりに甘えていたのかな?どうせ聞いても答えてはくれないだろうけど。
そういえば高校から僕はバイトを始めた。どこから聞いたのかわからないけど、必ずバイト先が見つかったし、稼いだお金はデート代として集られた。休日になれば遊園地だの、映画館だの。本当に君は見た目の割に可愛くない暴君様だよ。
『……一度は高校で離れたお二人も運命の糸で繋がっているかの様に同じ大学に進学なさいました』
本当にこの時はビックリした。地元を離れ、東京の大学に入学したのに登校初日に君を見つけたんだから。君はニヒルな笑顔を浮かべ
「ビックリした?」
ビックリしたさ。だって腐れ縁も終わったと思ったからね。けど、帰ったら更なるサプライズが待っていた。お互いの母親が僕だけに知らせず、部屋を隣同士にするという暴挙……。しかも僕の部屋の鍵は君に預けさせられ、君は僕の部屋に出入り自由。プライバシーなんてどっかに行ってしまったようだ。大学生になっても君は側に居て、高校以前と何ら変わらない。この日まで単なる集る存在って思ってると思ってた。
君の誕生日にリクエストされた映画を観た帰り、何気なく歩いていた公園に仲良く並んだ親子連れを見て、
「子どもって可愛いよね。僕もあんな家族になりたい」
って呟いたら、
「子ども好きなの?」
「まぁ多少はね」
君は振り返ると僕に向かって、
「願い、叶えてあげよっか?」
何の冗談かわからず呆然としていると、君はむくれて
「何?嫌なの?」
「……突然でビックリした」
「じゃあ大丈夫ね」
そう言って君は僕の腕に絡まった。
「貴方を幸せにしてあげるわ。だから貴方は私を幸せにしなさい」
君はいつも突然。そしていつも無茶苦茶。考える時間とか、僕への配慮とか要るよ。でもね、僕の答えは決まっていた。
「勿論。僕の隣にずっと居てね」
帰り道は顔が熱かった。お互いがその後静かになったけど、ちょっとだけ家族ってこんなものかなって思った。
『……ここからは映像をご用意しております。皆さんご静聴下さい』
僕も聞いていない映像には僕が君の実家に報告に行った日が納められていた。僕は小さい頃から君の家に行ってたから、着いてある程度の挨拶をしたらOKを貰えたんだけど、
「父さん何で『お前みたいなヤツに娘をやれるかぁ!!』って言って殴らないのよ!」
お義父さんも困って「……え?」みたいになってた。
「やり直し」
その言葉と共に君からの演技指導が始まった。君のお陰で練習と合わせて五、六発は殴られた。喧嘩に慣れてないお義父さんのパンチの痕は翌日会社で君と喧嘩して、ボコボコにされたみたいに言われたよ。その時にいつの間にか撮影してたんだね。
『そしてお二人は今日という日を迎えることが出来ました。ですがまだビデオには続きがあります』
もうサプライズ続きの結婚式には慣れたよ。どうせ禄でもないこと企んでいるんだろ。
ビデオは今来てるドレスの君が一人で映って、手紙を読み始めた。
「貴方へ。貴方とは本当に小さい頃から一緒だったので、面と向かっては正直に言えないので手紙を書きました。
貴方とは何処まで行っても腐れ縁の様な人生の付き合いでしたね。小さい頃はすぐ泣く弟みたいで、大人になれば一番私を思ってくれる人。でも、そんな言葉では言い表せないとても大切な人」
君の顔は不安そうにも朗らかにも見える笑顔を浮かべていた。
「覚えていますか。貴方は何気なくしていることはとても素敵なことなんですよ。貴方は人のために、何処までも優しくて強くなれる人です。私はそんな貴方を好きになりました。
誰かのために涙を流せる貴方が好きです。
共に笑顔になれる貴方が好きです。
何時だって、味方でいてくれた貴方が好きです。
人のために強くなれる貴方を愛しています」
君はズルいよ。本当にズルいよ。
「大丈夫です。私は貴方を離しません。貴方は私を幸せにすることだけ考えていてください」
君はそうやって幸せそうに微笑んだ。僕は君が眩しくて、前が滲むし、どうしようもなかったけど君の方向を向いて呟いた。
涙声だけど、伝わればいいな。この気持ちは一言では言えないけど、今日はこれで勘弁して下さい。
今日、部下の子が結婚した。まるでバカップルの様に見つめ合って、微笑み合うのだ。周りの若い子は「キース!キース!」なんて煽ってて、ちょっとだけ眩しかった。そしてその子は「愛してます!」って言って、相手の子も「私も」と言ってた。
そんな二人を見て思うことがあった。気づけば君と出会ってもう30年以上経つけど、生まれてこの方君に自発的に「愛してる」なんて言ったことなかった。プロポーズは君から「貴方は私を幸せにしなさい」だったし、プロポーズの前は君を恋人みたいに認識してなかった。
少し前に見たテレビの影響もあったのだろう。我ながら単純である。帰りに花をこっそり買って、君に電話した。もう家に居るんだって。
自分の家でこんなに緊張したことはない。「ピンポーン」とインターホンを鳴らした。
「どなたですか?」
「パパやねんけどママに玄関まで来てって言ってくれん?」
「はーい」
トテトテとドアの奥で音がした。我が娘ながら本当にいい子に育った気がする。贔屓目過ぎたかな?
しばらくして大人の足音が聞こえた。そしてドアが開いて、
「どうしたの?」
君は呼び出されてちょっとだけ不機嫌そう。これで機嫌直してくれるかな。花を差し出して、何度か練習した呪文を唱えてみた。届けパルプンテ。
君は少し驚き、ちょっと経って何か勝ち誇った顔になった。昔はよく見てた顔。
「お帰り。子どもが寝たら、ちょっとだけ話そ」
いつか何処からか 徳間サンダル @Sagan9967
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