第2話 ゲーム実況動画
土曜日。1人暮らしを始めてそろそろ2週間が経つ。
明後日の月曜日には、とうとう初出勤日が来る。
心なしか緊張しているのが分かる。
どんな環境でも友達はできたし、ハーフであることと名前とのギャップも自己紹介の時にネタとして使ってしまえるくらいのタフさは持ち合わせてる。
それでもやはり、バイトと正社員は違うという思いが自分の中にあって、気が付くと眉間にしわが寄っていた。
要するに、自分にかかってくる『責任の大きさ』というやつを想像して、気持ちが勝手に疲労している訳だ。
「あー、くそっ!」
俺は気持ちを切り替えようと、大きな声を出した。
あ、ちょっと迷惑だったかな?
集合住宅に住むんだから、その辺に気を付けないとダメだ。
1人暮らしをする前に、父親にさんざん言われた。
「静かにしまーす」
誰が聞いてるわけでもないのに、今度は少し小さな声でそう言って、俺はパソコンの前に移動した。
髪の色が栗色なのは、別に染めてる訳じゃない。
俺はハーフなんだ。父親がイタリア人で、母親が日本人。
名前からは絶対分からないけど、この髪の色と瞳の色を見ると、誰もがそれを理解してくれた。
ちなみに、学生時代はずっとあだ名が一緒だった。ウィリアム。いやそれ、イギリス人の名前だから。何回そう言ってツッコミを入れたか分からない。
パソコンの前に座って、キーボードのEnterキーをたたく。
スリープになっていたデスクトップパソコンの本体が低く唸り、待機状態だったディスプレイが明るく輝く。
画面にはブラウザが既に立ち上がった状態になっていて、いつも見ている動画サイトが映っていた。
Youtube派の奴が多い中、俺は断然こっち。ニコニコ動画派だった。
理由は簡単で、誰かが書き込んだコメントが見れるからだ。
今では30代後半以上の年齢層がメインだって言われたりしているが、正直それは俺にとっちゃどうでもいい事だった。
どんなサービスであれ、自分が良いと思ったものを使う。
それで良いじゃないか。
「お」
いつも見ている動画が更新されていた。
それはゲームを実況しながらPlayする、というやつで、ゲーム実況動画と言われたりしている系統の動画だ。
いろんな動画がある中、俺はこのゲーム実況動画が一番好きだった。
中でも一番よく見るのは、ホラーゲームの実況動画だ。
ゲームなんだから自分でPlayしたら?
そんな風に友達にも何回か言われたが、とんでもない事だ。
ホラーゲームだぞ? 1人でやれると思う? 超怖ぇじゃねぇか。
って感じで、ホラーゲームは断然見る派な訳だ。
あ、ちなみに、ホラー映画は1人で観れる。自分で操作して『わざわざ怖いところへ行く』っていうのがダメなだけで、ホラーそのものはエンターテインメントとして好きな分類だったりする。
さて……。
発売されて1週間くらいが経つPS4用ゲームソフトのゲーム実況動画だが、ありがたいことに1日1回更新をしてくれるらしく、2日前から日々楽しく視聴させてもらっている。
のだが……。
今日で3回目。3度目の正直。俺はそう心の中で呟いて、動画の再生ボタンを押した。
時刻は夜の22時だが、それほど大きな音を出さなければ、イヤホンやヘッドホンを使う必要は無い。というか、俺はどちらもあまり好きではないのだが。
そしてどうしても欲しかったBOSEの3万円するスピーカーから流れる心地よい音声を聞きながら、動画に見入る。
バンッ!
という音とともに、画面に女性の顔がアップになった。
両目から赤黒い血を流していて、目は見開かれている。
怖ッ!
そう思った瞬間、背後のベッドにある毛布がボフッ!と丸まった。
うん。
まぁ……うん。
なんて言うかとりあえず……続きを見るか。
その後もビックリポイントや怖いシーンになると、毛布が動いたりベッドがギシッと音をたてたりしていた。
俺はというと、それが気になって動画自体に集中できないし、なんだが消化不良な感じでいっぱいだった。
「なんだよ。全然動画に集中できなかったじゃんか」
俺は頭を掻きながらボソボソと誰にともなく文句を言った。
『ごめんなさい…』
…。
……。
あー、うん。この萌え声、聞いたことある声な気もするけど、うん。
気のせいだな。きっと。
俺はとりあえず、今度からヘッドホンをして動画を見ようと心に決めたのだった。
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