255:執事ジェドー

255:執事ジェドー


「よし、この陣地はこれで完成だな」

『こっちの落とし穴も杭刺し終えたよー』

「ワタクシのほうもですわー」


 コボルド村の南、【緑の城】……【大森林】を工事によって要塞化した領域……の一角で休憩を取るのは、ドワエモンとナスタナーラ、フラッフら問題児集団、所謂【エモン組】。


「後は片付けして今日は終わりですわね」

『予定分は終わったしね』


【剥製屋】オジー=キノンのイスフォード軍による、今春の第五次コボルド王国防衛戦。あの戦いでコボルド村は、陥落あと一歩というところまで追い詰められた。その際に【緑の城】が喪失した罠や防御設備はかなりのものであり、その復旧や修復、そして拡張作業に国民は日々追われ続けているのだ。

 もしあの後ザカライア=ベルギロス率いるグリンウォリック軍の遠征を【アルド橋の奇襲】で叩いておかなければ、ここまで【緑の城】の復活は叶わなかっただろう。


「あー、汗だく。帰ったらお風呂に入りたいですわー」

『僕も入るー!』

「エモンはどうしますの?」

「あ? 俺は戻って鍛錬と走り込みやるからよ、後だ後」

「毎日毎日頑張るのに、背はちーっとも伸びませんわねえ、エモン」


 怒った少年が少女の足へ拳を叩き付けるも、著しい体格差は打撃を吸収してしまう。

 逆に腕を掴まれ、ポイと放り投げられるドワエモン。勝負あり。


「……なあナッス」

「何ですのぉ? 早くエモンも片付け手伝って下さいまし」


 ひっくり返ったまま問う勇者王志望、背中越しに返事をする伯爵令嬢。


「お前の実家に外国が攻めてきてるんだろ? 帰ってやらなくていいのかよ」

「まあ! ご心配、痛み入りますの。でも大丈夫ですわ、お父様が作り上げたルーカツヒル軍は、精強な魔術兵を揃えた近代軍ですもの。フルリール王国の侵攻だって、退けますわよ」


 ふふん、と胸を張る。


「大体エモンだって同じ立場に立たされたら、これから決戦になりそうなコボルド王国を放り出してグレートアンヴィル山へ帰りますの?」

「は? 帰らんが? 俺様は仮にもコボルド王国の大臣だぞ? それにこの馬鹿綿毛や皆をほっぽって行く訳ねーだろが」


 負けずに胸を突き出すエモン。


『だよね! 僕のおかげで兄ちゃんは、コボルド王国のうんこ大臣になれたんだもんね!』

「うんこ大臣はお前の『せい』だろがぁぁぁぁ!」

『あだーだだだだだだだ』


 つねりあげられる、綿毛の耳。

 伯爵令嬢は脇で「やーいうんこうんこ!」とゲラゲラ笑っている。


『エモン兄ちゃん待って待ってちょっと待って!』

「いいや止めん! お前には自分のしでかしたことをだなー」

『霊話! エモン組宛に霊話通信が入ってきてるの!』


 兄貴分の指が離れた拍子に尻餅をつく綿毛。

 だが霊話兵歴も長いだけあって、動じず符丁の解読に集中しているようだ。


「どうだフラッフ?」

『……ナッス姉ちゃんを、大至急指揮所まで戻せって』

「えっワタクシを? どうしてですの」


 尋ねられたフラッフは、口をパクパクとさせつつまた霊話のやり取りをしていたが……しばらくして、褐色の姉貴分を見上げてそれに答えたのであった。


『ナッス姉ちゃんの実家の人が今枯れ川の入り口に来てて、王様とナッス姉ちゃんに会いたいって言ってるんだよ』



 マイリー号の枯れ川急行往復で村へと送られたのは、行商人風の老人であった。

 首脳陣の集まる指揮所でその顔を見るやいなや、駆け寄り抱きついていくナスタナーラ。


「ジェドー! 久しぶりですわね! また会えて嬉しいですわー!」

「お久しゅうございますお嬢様。って、えっ随分と大きく……今、丈はいかほどにございますか!?」

「この間七尺(約二百十センチメートル)を超えましたわー!」

「七尺ゥ!? そ、それはおめでとうございます……ぐふうっ」


 令嬢の抱擁に細い身体をギリギリ軋ませつつ、息も絶え絶えに祝福するジェドー。

 まあ何にせよ、これで身元証明は完了である。


「団長団長、こちらはジェドーですわ。ワタクシが生まれるずっと前から我が家に仕えてくれている執事の一人で……」

「間者のまねごともしております」

「あら! そうでしたの?」

「ええ。実はお嬢様がコボルド村に入られるまで追跡をしていたのも、私めでして。まあその後の様子見は、ノースプレイン地方担当の間者に任せましたが」

「まあまあ! あの旅も、本当はジェドーが見ていたのですわね」

「と、ところでそのお嬢様、そろそろお離し下さいませ。全身がバラバラになりそうです」


 拘束を解かれた老執事が、ようやくコボルド王と挨拶を交わす。


「してジェドー殿、これまで遠巻きの様子見に留めていたものを、こうしてその身を明かしお見えになったのです。しかも直接私と話す必要があるのだと。その理由を、お聞かせ願えますか」

「はい。時間が無いため単刀直入に申し上げます。我が主ことルーツヒル辺境伯カローン=ラフシアから、ベルダラス卿へ重要な知らせをお伝えするよう仰せつかったためです」

「……それは」


 問われたジェドーは、一呼吸置いてガイウスを見つめ直し。


「イグリス王国中央(ミッドランド)は西部国境へは救援を送らず、コボルド村討伐に軍を派遣することが明らかになりました」


 指揮所の空気を一瞬で凍り付かせたのだ。

 しかしそれでも幹部陣が取り乱さなかったのは、やはりどこかでこの最悪事態を覚悟していたからなのだろう。


「準備の先発隊第一陣だけで戦闘人員は三千。さらに情報入手時点で、第四陣までの派兵計画が確認されております」

『初っぱなだけで、去年のノースプレイン軍くらいいるのか……』

『相当なものですなッ』


 数字に呻く、毛皮の幹部たち。人界の状況が気になると同席していたゴブリン族長ウーゴに至っては、顔面蒼白で目を剥くような有様だ。

 そんな中、ガイウスとサーシャリアへ語りかける長老。


『おいまずいぞ木偶の坊、お嬢ちゃん。今年の冬は、きっと遅い』

「分かりますか、ご老体」

『ああ』

「……また討伐は長期を見越しており、越冬も辞さぬ手配だということです」


 やり取りを聞き取ったジェドーが、言い添えるように続けていた。加えられる最悪条件に、毛皮の重臣らも再度呻かざるを得ない。


「貴重な情報をありがとうございます、ジェドー殿。教えていただけなければ、人界から隔絶された我々は何も知ることができませんでした」

「主からベルダラス卿への友誼の証しです。ナスタナーラお嬢様も、こちらにいらっしゃる訳ですし」


 ジェドーが、緊張した面持ちのナスタナーラへ数秒視線を向けていた。


「『イスフォード伯を戦死させ、グリンウォリック伯爵領へも攻撃を加えた蛮族コボルド族を討つ。これにより、国内情勢の安定を図る』というのが、その表向きの理由ですが……ベルダラス卿。コボルド村は、中央が国境へ援軍を出さぬ言い訳作りに使われたのです。宰相閥が政治的に対立する、ラフシア家の力を削ぐために。そうでなければこの時期に、コボルド村を攻める理由がありませぬ」


 ラフシア家執事の言葉を受け、顔を見合わすコボルド王と将軍、長老。

 そして目配せだけで、それは決まる。どの道ミッドランドによる侵攻が確定した時点で、ミスリルの機密が宰相へ漏れたのは確実なのだから。


「それだけではないと思われます、ジェドー殿」

「と、仰りますと?」

「ミッドランドがコボルド村を攻めるのは、この地にミスリル鉱床があるからなのです」

「何ですとッ!?」


 妄言ともとれるガイウスの言葉に、慌てて執事は伯爵令嬢へ顔を向けた。

 だがその彼女も、真剣に頷いている。そうなれば生まれた頃からナスタナーラを知る彼が、疑いを持つ理由は無い。


「そうだったのですか……いやむしろ、これで合点がいきました。なるほど……」


 納得、そして無念が彼の顔を歪ませる。


「ですが、ですがこれは……もっと早く我々ラフシア家と連携をとっていただいていれば! それならばこの状況を打開する手段も策も、何か用意できたのでしょうに! ベルダラス卿」

「まことジェドー殿の仰る通り。自らの見通しの甘さに、忸怩たる思いです」

「宰相がミスリルを手に入れれば、次はルーカツヒル辺境伯領が狙われるやもしれません。それなのに現在フルリール王国の大規模侵攻を受けているルーカツヒル軍は、最早コボルド村への救援やイグリス中央軍への妨害もできないでしょう。最初から我々にミスリルを提供していただいていれば……!」

「お黙りなさいジェドー!」


 老執事を一喝したのは、ナスタナーラであった。


「ベルダラス団長はコボルド村の存続を背負いつつ、それでもその存在がイグリス内戦の引き金とならぬようにずっと心を砕き続けていたのですわ! そんな団長への無礼は、団長が許してもこのナスタナーラ=ラフシアが許しません!」


 継ぎだらけの粗末な野良着姿。だが凛とした声とその姿は、やはり武家の息女と呼ぶべきものがあった。

 普段見せぬその様子に、エモンなどは口をあんぐり開けて「偽物じゃねえよな?」などと疑うほどだ。


「はっ。申し訳ありませんでしたお嬢様、ベルダラス卿」

「分かれば良いのですわ」

「ふふ、私に肩車をせがんでいた、あの小さなお嬢様が……大きくなられましたな。ジェドーは、ジェドーは嬉しゅうございます」

「まだまだ大きくなりますわよ? 八尺(約二百四十)は欲しいところですわね」


 途中からは話が通じていない。いかにもいつものナスタナーラである。

 だがそれはそれで嬉しかったのだろう。老執事は目を細め、かつての幼令嬢を見ていた。


「ですがそれでもやはり……」

「ん? なんですのジェドー」


 首を傾げたナスタナーラから顔を逸らし、ガイウスに向き直るジェドー。


「ベルダラス卿。今回この情報をそちらへ提供したのには、我が主の友誼以外にも理由があるのです」

「はい。何でしょうか」

「主は、ナスタナーラお嬢様にルーカツヒルへ戻るよう命じておられます」

「何ですってぇ!?」


 妖精犬たちが耳を押さえるような大声で、ナスタナーラが叫ぶ。

 しかしジェドーは、敢えて無視したまま話を続けていく。


「イグリス中央軍による討伐が確定した以上、コボルド村は極めて危険な場所となりました。いや、絶望的と言ってもよいでしょう」

「ジェドー!」

「良いのだナスタナーラ君。ジェドー殿の仰りようは当然のことだ。それは、皆が承知している」


 ガイウスが、頷くことで制している。


「我が主はナスタナーラお嬢様の身を案じ……中央軍の攻略が開始される前にコボルド村を離れるよう、このジェドーめに言伝を命じたのです」

「あ……有り得ませんわ! お父様なら、お父様なら……ワタクシがそう決めたならば、『村を枕に討ち死にしてこい』と笑って下さるのがお父様ですわ!」

「嘘ではございません、お嬢様!」


 ばん! と掌が机を叩く。


「お疑いならばナスタナーラお嬢様。それこそルーカツヒルに戻り、お父上へ直接問いただして下さい! もしジェドーめがお嬢様を騙していたとあらば、それは主様への不忠に他なりません。その時はこの首掻き切って、お詫びとさせていただきます」

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