249:苦悩する王

249:苦悩する王


 青空の下、カッ、カッ、カと木剣のぶつかる音が鳴っている。

 しばらく後に擦過音が加わり、幼い観衆のどよめきを最後に静かとなった。


「はっはっは。勝負あり、だな」

『『『おうさまのかちー』』』

「くっそー、何で両腕使わせてくれねえんだよ!」

「私も同じ条件でやっているではないか。戦場では負傷で両腕が使えなくなることも多いのだから、こういうのにも慣れておきなさい」

「ちぇ」


 ガイウスに手合わせで負け、草の上で天を仰ぎつつ嘆くエモン。


「チクショー! 何で二年以上毎日毎日血反吐吐くまで鍛錬してんのに、オッサンとのチャンバラで一度も一本も取れねえんだよ!」

「いやいや、大分上達してきているぞ? 特に君得意の【片手避け】は、初見の相手ではそうそう防げまい。散々やり合っている私には、もう通じないだけだ」


 戦場では、ほとんどの相手が一期一会である。一芸のみに依存するのは危険だが、これという技を持っておくのは強い。


「昔と違い魔杖戦闘が一般的な今日、正規軍にいるのは足防具などつけぬ軽装兵ばかりだしな。それにこれは相手の出方を窺う目も養えるから、君には丁度良い」


【片手避け】は、相手の突きに合わせてその足を抉る反撃技(カウンター)である。背の低いエモンには有用であると、ガイウスが特に熱心にエモンへ伝授したものだ。実際昨年に、少年は敵騎士との一騎打ちでこれを用い倒していた。


「でもオッサン相手に勝てなきゃ、村を出して貰えねえだろーが。俺の嫁探しの旅は、いつまでたっても中断したままだぜチクショー」

「私はこれしか能が無いからね。そう簡単に師匠を追い抜かれても困るよ。わっはっは」

「確かにそれもそうだな! オッサンから剣術とったら、何も残らねえもんな!」

「そこは多少、否定してもらいたいのだが……」

「悪いな、ドワーフは嘘つかねえんだよ」


 しょんぼりしたガイウスを、ここまで観戦していたコボルド児童たちが『『『おうさまかわいそう』』』と慰めている。国王はボンクラでも、幼い臣民らは素朴で優しく育っており何よりだ。


「さて、今日の鍛錬はここまでにしようか。私も親方のところへ行く頃合いだ」

「お、新しいフォセの受け取りか」


 頷くガイウス。

 アルドウッズ橋の戦いで用いたミスリルフォセ【通行料】は天使化したザカライアを倒したが、あの一戦だけでかなり損傷したため、新たな一振りが打たれることとなっていた。そのため親方は、「まったくこの旦那は、俺の剣を何本ダメにしたら気が済むんだ」と大変嬉しそうだ。


「エモンも来るかね」

「もうヘトヘトだぜ。それに何が悲しくてオッサンたちがイチャついてるトコ見せられるんだよ、行かねえよ」

「はっはっは、そうかそうか。じゃあその子たちと遊んであげなさい。危ないので、小さい子は工廠へ連れて行けないからね」


 国王陛下のお許しを得て、毛皮の幼児が殺到する。


『わーいあそんであそんでー』

「分かった! 分かったから!」

『エモンにいちゃんはなげがでてるわ! そいや!』

「ぎゃあああ!?」

『ぼくおしっこしたいー』

「よせ頭の上でプルプルしてんじゃねえうわあああ」


 そのまま毛玉の群れに飲み込まれる少年を残し、王は工廠へ向かう。

 鎚の音響き湯玉立つ、活気溢れる村の鍛冶場。

 だがこの素朴な工廠で作っている武具はほとんどがミスリル合金製だと聞けば、人界の者は目を剥くに違いない。ここは今、大陸屈指の高性能武器工場なのである。


「お、旦那来たか。お前ら、ちょっと頼むわ」

『『『へーい』』』


 頼もしい返事。工廠員は相変わらず女性志願者しか来ないものの、威勢のよさは男顔負けだ。というより基本的にコボルド族は御婦人のほうが気っ風が強いため、それが自然ではあるのだが。


「新作はこいつだよ。強化の魔術印も、教授に入れて貰ってある。研ぎも済ませた」


 ガイウスは手に取った新魔剣を一頻り吟味後、頷いて布で包み直す。

 親方はそれを、楽しげに眺めていた。


「やれやれ。若い頃は極力、特別誂えや名品には頼らぬようにしていたのだがね」


 戦場では不確定要素が多い。名剣名刀とて折れも、欠けも、歪みもする。

 だから一定水準以上の性能を得物に求めず、そして平然と使い捨てるのが以前の彼の信条ではあった。


「歳を取って贅沢になったせいかな。もうすっかり、親方の剣無しにはいられぬ身体にされてしまったよ」

「へへ! そいつぁ責任取らねえとな」

「ああ、そうしてもらおう」


 声を上げて笑い合う、老け男二人。だがしばらくしてふと親方が、脇の卓に置かれた別の剣へ視線を向ける。

 それはザカライアとの戦いで刀身が欠け、歪みも入った【通行料】であった。


「……俺の剣はちゃんと、旦那の命を預かれてるかね?」

「うむ。【雄猫】と斬り合った時も、従兄弟殿と戦った時も……ここで力を入れても、打ち合っても、弾いても大丈夫かと昔なら迷ったであろう場面でも……躊躇わず振り切れたよ」

「ありがとよ。いやな、あれを見た時に本当は分かってたんだ、俺の剣は刃の上に旦那の運命を乗せる使い方をされてたってのはな。直接聞いてみたかっただけさ。 ……へっ、死んだカミさんが『ちゃんと言葉にしろ』と言ってた気持ちが分かったぜ」


 照れくさげに、鼻の下を擦る親方。


「そうかね。まあそれにしてもこんな逸品を毎度毎度使い潰してしまい、心苦しいな」

「構わねえよ。俺はよ、ボロボロになって帰ってきた俺の武器を見るのが好きなんだ。何せ持ち主を帰してくれた剣ほど、いい剣はねえからな。だからこれからも、どんどん使い潰してくれや」


 頷く、凶相の旦那。


「まあそのためにも俺は元気で剣を打ち続けなきゃな、がはは! と言う訳でここらで、心身の健康のために百薬の長でもいただくとするか」

『酒はだめっスよ親方ー! まだ仕事中っスからねー』

「チッ、やれやれ。よく働く弟子どもだが、監視が厳しいのが悩みの種だぜ」


 毛皮の工廠員に叱られた親方が、首をすぼめている。


「ふむ……悩み……悩みかぁ……」


 ガイウスはその光景に笑みを浮かべながらも、力なく呟くのであった。



「ガイウス様、最近何か悩んでるみたいなのよ」

「へえ」


 指揮所卓に横並びで座り、茶飲み中のサーシャリアとダーク。


「へえって何よ。貴方ならガイウス様が落ち込んでるのくらい、とっくに気付いているんでしょ」

「勿論、そうでありますが?」


 平然と優越性を語る黒剣士に、半エルフは嫉妬で頬を軽く膨らませた。


「やっぱりこの間の戦いで、ザカライア=ベルギロスを討ったことが尾を引いているのかしら。何だかんだで、ガイウス様の従兄弟だもの」

「どうでありますかねえ、戦場でのことですし。まあ尊大でネチネチ絡んでくる嫌な野郎でありましたので、自分なんかは喜んでおりまするが」

「貴方、グリンウォリック伯と面識あったの?」

「そりゃあ自分、五年戦争以降はガイウス殿の預かりでありましたから。あの従兄弟殿が王都に来れば、ガイウス殿のお供で会う程度は何度か、ね」


 語りつつ手首を動かして、杯の底に沈んだ薬草茶を攪拌する。


「ま。ガイウス殿が何かお悩みなのは確かですが、どーせ下らないことだから心配せずともよろしいであります」

「何で下らないとか分かるのよ」

「大体落ち込み具合で分かるであります。何せサリーちゃんの七、八倍はガイウス殿と寝食を共にしておりますのでね、ケケケ」

「……やけに突っかかるじゃない」


 頬を膨らませ過ぎた半エルフの口から、ぷしゅーと息が漏れた。


「さっきサリーちゃんが自分に、突如平手打ち食らわせたからでありますよ!」

「貴方が私のお尻を撫で回したからでしょー!? しかも、直にっ!」

「「キェーッ」」


 ポカポカ叩き合う僚友二人。

 とその時丁度、工廠から帰る途中のガイウスが指揮所の脇を横切るではないか。


「あーもー、そんなに気に病むなら、直接聞いてみればいいでありますよ。おーいガイウス殿ー! そう、そこのニブチン! ほらキビキビこっちへ来るであります」

「ちょ、ちょっと止めなさいダーク! こういう繊細なことは雰囲気作りが必要でしょ!?」

「サリーちゃんの雰囲気作りって『持病の癪が』『急な差し込みが』なんて言って背中擦ってもらう作戦とかではありませぬか」

「きょきょきょ去年のこと持ち出さないでよー!」


 将軍が僚友と揉み合っている内に、呼ばれた主君は指揮所へ入ってきてしまった。


「やあ、どうしたのかな?」

「ガイウス殿へ、サリーちゃんから質問があるのですよ。ケケケ」

「あ! へ!? い、いやその……」


 赤毛の忠臣はわたわた宙を掻いた後、胸の前で人差し指同士を何度も衝突させていたが。


「ガ……ガイウス様が最近何か、お悩みのように感じられまして……」


 窮しての正面突撃。


「むう!? 気付かれていたとは……いやはや、面目ない」


 一方突貫されたガイウス砦も、あっさりと陥落した。


「ガイウス様、宜しければ私たちにお聞かせ下さりませんか? 何かお力になれるかもしれませんので」

「う、うむ……では、恥を忍んでお話ししよう……」


 そういって隻眼王は切り株椅子を隅から持ってくると、卓の対面へつく。


「……実は最近、自分の実力不足、不甲斐なさに悩まされていてね」

「まあ!? ガイウス様ほどのお方が?」

「サリーちゃん、目が曇りすぎでしょ」


 広場の方へ視線を向けるガイウス。

 そこでは幼いコボルド児童たちが、ムシロを広げておままごとに興じていた。


「知っての通り昨年の春あたりから私は、子供たちのおままごとで鶏の役をよく務めさせてもらっていただろう」

「あ、はい。そうでしたね」

「ところが最近は、鶏役の出演機会がガクリと減ってしまってね……俳優としての自信を、失いかけているんだ」

「確かに最近おままごとを見かけても、鶏役はコボルドの子がやっていますよね」

「うむ。おままごと界隈の流行で鶏が一躍人気役柄となったため、新規参入の若い好敵手(ライバル)たちがメキメキと演技力を上げてきているのだ。私は戦いにかまけて研鑽を怠っていたのだから、自らを責めるしかない。いや……」


 コボルド王は小さく頭を振る。


「それなのに私は……嫉妬……してしまっている」


 これまでに彼と剣を交えた剣豪らへ、見せてやりたい言動だ。


「……私は……私は……情けない男なのだ」


 深い溜め息。


「ああ下らない。本当に恥を忍ぶべき内容だったであります……ほらサリーちゃん、帰るでありますよ。馬鹿が感染します故」

「お可哀想なガイウス様……」


 ぴょんぴょんと跳ね寄る赤毛の将軍。

 主君の掌へそっと自らの手を重ね、視線も重ねる。


「……挽回」

「ぬう」

「挽回しましょう!」

「サーシャリア君?」

「私が演技の練習に、お付き合いしますから!」

「おおっ!」

「二人で鶏俳優の頂点を取り戻しましょう! ビシバシ特訓いきますよ!」

「はいっ! サーシャリア先生ッ!」

「ガイウス生徒ーっ!」


 がしーん!

 涙を浮かべつつ、抱き合う主従。

 一人ダークだけが、肩を落としてその様子を眺めていた。


「……ああそう言えばこの子も、お馬鹿だったでありますな……」


 なおコボルド王国公式記録によれば……流行が移ろい鶏がままごとの人気役でなくなったため、国王への出演依頼はやがて戻ったと記されている。

 特訓の効果については、講師がサーシャリアの時点で推して知るべきだろう。

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