248:不可避の孤立

248:不可避の孤立


 グリンウォリック領への遠征を終え王村コボルド村へ帰還した一同は、妙に手持ち無沙汰となった。

 いや正確には日々の農作業に狩りや建築もあるため、決して暇ではない。だがコボルド王国の性質上外部情報がほとんど入ってこないため、彼らは漠然と防衛体制強化に励むしかないのだ。精神的な手持ち無沙汰、とでも呼ぶべきだろうか。

 夕餉を終えたガイウス一家が王宮でくつろいでいるのも、そんな日々の一幕であった。


「エモン、お茶取って下さいまし」

「ほらよナッス。ついでに俺の漬物もやるわ」

「まあ! いただきますわバリボリボリ」

「……毎日殴り合いしてるくせに、何だかんだで仲いいわよね貴方たち」


 伯爵令嬢とドワーフ少年のやり取りを眺めつつ、赤毛の将軍が呟く。


「まあな。年の近いすげえ馬鹿な妹みたいに思ってるぜ」

「すぐ下に極めて頭の悪い弟ができたみたいで、放っておけませんのよ」

「何で俺がテメーの下なんだよ!?」

「はぁ!? どう考えてもワタクシのほうが上でございましてよ!?」


 ちなみに拳闘は『ねえ僕はー!?』と割り込んだフラッフが頓挫させている。綿毛は成人しても、やはり彼ら共通の末っ子であった。


「この子たち、息はぴったりなのよねえ」

「もういっそ、お前らで付き合ってしまえばいいでありますよ」

『お似合いですのに』


 またか、という溜め息のサーシャリアとダーク、アンバーブロッサム。


「御免被りますわ! エモンみたいなお馬鹿をお婿に連れて帰ったら、ワタクシお父様やお兄様たちから超叱られてしまいますもの!」

「俺だってこんなアホ・デ・ブスのために嫁探しの旅に出てきた訳じゃねえよ!」


 椀や食器を倒さぬように殴り合う二人。よく分からない器用さだ。


『そうだそうだ! エモン兄ちゃんのお嫁さん探しはまだ終わってもらっちゃ困るんだ!』

「ほう? どうしたでありますか、フラッフ」

『だって王国が平和になったら、兄ちゃんの旅に僕も連れて行ってもらう約束だからね!』

「おうよ、フラッフも連れてってやるぜ」

「あーそう言えばお前たち、前からそんなことよく言ってるでありますな」

『兄ちゃんと一緒に世界を旅して色んな女の人の色んなおっぱいを揉みまくるのが、僕の夢なのさ!』


 ぐっ! とフラッフが親指を立てつつ、輝く瞳で言い放つ。

 コボルド族は乳房に性的要素を感じないので、彼は下心なく純粋に乳を揉みしだきたいだけである。


『あ、でもダークのおっぱいが一番だからね!』

「はいはいであります」


 胸元へしがみついてきた綿毛を撫でるダーク。確かに幼少期より一貫して、フラッフ一番のお気に入りは彼女のふくらみであった。


「平和かぁ……なあオッサン。実際のトコどうなんだ? 外からの攻撃は収まりそうなのか?」

「分からぬ」


 茶を飲んでいたコボルド王が、ゆっくりと首を振る。


「先二つの戦いによる損害は、普通であればヒューマン社会にコボルド王国への侵攻を諦めさせるに十分だろう」


 二地方軍の大敗北。中央諸侯それぞれの体裁はあるだろうが、理と利に合わぬ戦相手なのだから適当な理由をつけて放置されるはずだ。ガイウスが言う通り、普通ならば。


「我々が当主を討った二つの伯爵家との確執は最早免れぬが、どちらも当面、指導者を失い混乱は避けられまい。だから両家の後継者が復讐心から再遠征してくるとしても、少なくとも数年の時間を要するはずだ」


 息継ぎ気味に一服。


「……問題はイグリス王国、王領(ミッドランド)がどう動くか、だ」

「ミスリルのことがバレてるか、ってことか?」

「宰相閥の筆頭である【剥製屋】ですら、ミスリルの話は全く知らなかった。だから先二つの侵攻はミスリルとは無関係で、真実彼らにノースプレインの統治権を与えるためだけの口実だったのかもしれぬ。だがやはり……懸念は払拭できまい」


 そしてその核心に対し、コボルド王国は干渉はおろか探る術もない。

 何度も噛み締めた無力感を今また彼らが味わっていると、そこで伯爵令嬢が「団長」と手を挙げた。


「いっそ、ワタクシのお父様……ルーカツヒル辺境伯カローン=ラフシアと連携をとってはいかがでしょうか? お父様は、戦友であった団長のことを好いておられますし」

「しかしカローン様は、失礼ながら宰相閣下や現在の王宮とは折り合いがよろしくはない。中央に働きかけていただいても、効果は期待薄ではないかね」

「いいえ! ミスリルを供与して、コボルド王国とルーカツヒル辺境伯領の間に軍事同盟を結ぶのですわ!」


 サーシャリアがぎょっとした顔でナスタナーラを見る。

 二年寝食を共にした結果、結局ラフシア家の密偵でもなんでもないただの天真爛漫放浪令嬢だと判明している御令嬢だが……それでもこんなことを口にされれば、周囲は一瞬狼狽えもするだろう。


「それは難しいね」


 コボルド王は、小さく首を横へ振っていた。

「どうしてですの?」と食い下がるナスタナーラへ今度応じたのは、サーシャリアだ。


「ナスタナーラの案も検討しなかった訳じゃないの。でもそれをやるとミスリル以前の問題で、私たちはイグリス王国と絶対的に対立してしまうのよ。ラフシア辺境伯だって、イグリス王家への反逆となってしまうわ」


 開拓村としてケイリー=ジガンにコボルド村を黙認させようとしたのとは、訳が違う。

 和平の口添え云々ならともかく、ミッドランドに隠れてミスリル供与など受ければラフシア家に叛意ありと見做されて当然だ。


「そうすれば、イグリス王国は絶対内戦になるわ。そしてその時コボルド村は、孤立して支援も受けられないまま本気のミッドランドと諸侯を敵に回すことになるでしょうね」


 コボルド村が接するノースプレイン旧侯爵領の南西にルーカツヒル辺境伯領は位置するが……実際の往来や融通には西回りでゴルドチェスター辺境伯領を経由するか、南回りで王領を通る必要がある。

 正方形タイルを四つ敷き詰めた対角上にある、と認識すれば概ね似るだろうか。そもそも両者は、物資や兵員を融通できる状況と位置にないのだ。

 そして何よりイグリス王国内に内戦の惨禍を招くのは、コボルド首脳陣のみならず素朴な国民らにとっても容易に受け入れられることではない。


「ミスリルのことがミッドランドへ漏れていなかったとしても、そんな企みや動きを察知されただけでお終いになっちゃうのよ。私たちも、ラフシア家も」


 つまりミスリル鉱床が露見したと確信しない限り、同盟策は準備行動すらできないのだ。

 コボルド首脳陣はミスリル機密が漏れていない可能性にひたすら縋り付いているとも言えるが……取り返しの付かない事態を避けて身動きがとれぬのも、また事実である。


「確かに、サーシャリアお姉様の仰る通りですわね……」


 長身をションボリと縮めるナスタナーラ。

 まあこんな有様なので、この少女に今更ルーカツヒル密偵の疑いを向ける必要もあるまい。むしろ彼女の身の入れようはラフシア家をまるで顧みておらず、コボルド王国側であると証明したようなものか。


「第一、ラフシア辺境伯がこの話を受けると限らないでしょう?」

「お父様はきっと、ノリノリで話に乗りそうですわ」

「ううむ、確かにカローン様だと……」

「余計に問題ですよ」


 呆れた様子の赤毛エルフ。


「じゃあサーシャリア、結局俺たちはどーしたらいいんだよ」

「そうねえ」


 ドワーフ少年の問いに彼女は腕を組み、少し考えていたが。


「早く寝て、明日も元気に働きましょ!」

「何だよソレ……」


 エモンはぼやくが、実際そうなのだから仕方あるまい。

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