247:橋を背に

247:橋を背に


 決闘の決着はそのまま、戦闘の終結となった。

 グリンウォリック側は直ちに領主捜索と回収の必要に迫られており、また後半部隊と連絡を繋げたとはいえ、報復攻勢に移るのは極めて困難であったからだ。どころか、遠征そのものが中断されるのは間違いない。

 そしてコボルド側も期せずしてザカライアを倒したことで、危険を冒してこれ以上戦闘を続ける必要が無くなった。本来この作戦だけで遠征断念まで追い込めると期待していなかったのだが、結果として対グリンウォリック戦における軍事目標は達成してしまったのだから。

 両者暗黙のままに軍を退き……グリンウォリック側は再編と捜索に追われ、コボルド側はその間に街道上を整然と撤退していく。


 ……こうして、アルドウッズ橋の戦いは終わったのだ。


 奇襲を受けたこのグリンウォリック軍第一陣は列全体で千三十五名に及ぶ戦闘人員を有していたが、実際に戦闘へ参加したのは橋で分断された前半部分のみであり、損害の全てはそこに集中している。

 前半戦力四百十五名中における戦死及び行方不明者が二百七十六名、負傷が百一名というのだから、受けた攻撃の激しさが窺えるだろう。

 一方コボルド王国軍は今作戦に戦闘人員二百六十二名を投入。うち戦死が十一名で、二十三名が負傷した。死者の半数はザカライアの槍投擲によるものであり、伯爵怪物化などという想定外の事態がなければ、損害はさらに少なく抑えられたと思われる。


 この一戦場だけを見てもコボルド王国側の圧倒的勝利だが、結果として侵攻自体を頓挫させたことは何よりも大きい。もしグリンウォリック軍の予定通り合計二千名がコボルド村まで到達していたならば、死者の数はこの程度では収まらなかったのだから。

 グリンウォリック伯爵を倒してしまうという想定外の事態はあったが……妖精犬の王国はわずかな損害で、二千の大軍を退けたに等しいのである。


 今作戦を人界への印象を悪化させた失敗ととるべきか、それとも敵の遠征を頓挫させた成功とみるべきか。

 その判断を現時点で下すことは、コボルド王国には困難だった。



 街道を進む、コボルド軍の列。

 その中程でマイリー号に乗るガイウスの元へ、一騎のウッドゴーレム馬が早足で寄ってきた。サーシャリア=デナンを同乗させた、親衛隊長ブルーゲイルの馬である。

 欠け耳将軍は戦場から少し離れた森の中にて、仮設指揮所を設営し霊話戦術の指揮を執っていたのだ。


「ご無事で良かったです、ガイウス様」

「ああサーシャリア君、有り難う。今回も良い作戦と指揮だったね、流石だ」

「いえいえいえ滅相もありません!」


 頬を染めつつ、両掌を眼前でバタバタ交差させるサーシャリア。勢い余って体勢を崩した彼女を、「きゃー」と悲鳴を上げた国王や親衛隊長が慌てて支えに入る。

 幸い彼女は落馬せずに済んだが、代わりに主君は地面と接吻していた。


「ごごごごめんなさいガイウスざまー!」

「うん、平気平気」


 まあ、丈夫が数少ない取り柄の男なので、問題は無いだろう。現に近くで銅馬に二人乗りしているエモンとナスタナーラは指差し笑っているし、毛皮の兵士らもまるで心配する様子がない。いや、これはこれで問題か。

 そんなこんなのどさくさに紛れて、ガイウスのマイリー号へ移動同乗させてもらっているサーシャリア。巧妙なその手口は成長したと褒めるべきか、幼児へ退行したと呆れるべきか。


「……グリンウォリック伯のことは、残念でした」

「うん、そうだね。コボルド村の人界への印象を考慮すれば、領地に踏み込んで攻撃するこの作戦で彼を討つのは避けておきたかった」


 コボルド王はそう答えたが、それは彼女の心遣いに対する誤魔化しだと自覚があったのだろう。

 見上げる忠臣からしばらく後に顔を逸らし……前方遠くを見やるようにしてから、また口を開いた。


「私の母は元々、聖人教圏からの逃亡奴隷だったんだ」

「……そうだったのですか。それでお名前があの地方風なのですね、ガイウス様は」


 うん、と頷いて一呼吸置く。


「イグリス王国へ来た後に王領(ミッドランド)で兵籍を得て、その時分に当時は騎士だったイグリス先々王妃様や、友軍として先々代のグリンウォリック伯……つまり私の父と縁があったらしい。どういう経緯かは、当人がまるで話さなかったので分からないが」


 赤毛エルフの相槌。


「私を身籠もった後の母は、グリンウォリックへ行くのも私を引き渡すことも拒んで【大森林】開拓村へ逃れ、後年に魔獣の襲撃で村ごと人生を終えた。そうして孤児となった私はベルギロス家の手で保護され、グリンウォリックへ連れて行かれたのだよ」


 ふとガイウスが上半身だけ振り返り、視界からとうに消えた橋を見る。


「その時に渡ったのが、あのアルドウッズ橋でね。ベルギロス家を去る時にも、やはりこの道を通ってグリンウォリック領を出たよ」


 なるほど印象深い場だったのだろう。

 作戦立案段階で奇襲地の一つに彼が候補に挙げた際、他よりも地形情報が詳細であったことをサーシャリアは納得する。


「……見知らぬグリンウォリックへ連れて行かれた私は、最初から家中であまり歓迎されなくてね。まあ領主の息子とはいえ、半トロルとの間に生まれた子供だ。当時は今よりもずっと偏見が強かったし、家中の実権は病床の父ではなく既に伯父の元にあった。だからそうだな、そうなるのが自然だったと思う。ただ……」


 ガイウスの胸に後頭部を預け、真上の顔を見上げるサーシャリア。


「……そんな中でも私に声をかけてくれた、同い年の男の子が一人いたんだよ」


 コボルド王はその言葉をもって、この話題を終わらせた。赤毛の将軍も主君に合わせ、前方へ視線を戻す。

 以降コボルド軍がグリンウォリック内の【大森林】へ向かい、ノースプレイン外縁の森を経由して村へ帰還しても……ガイウスがその昔話をすることは、もうなかったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る