244:跳躍
244:跳躍
アルドウッズ橋の上で、なおも吹き荒れる魔弾の嵐。
後続と分断されたグリンウォリック軍前半戦力四百名の半分は既に斃れ、四分の一は押されるなり飛び込むなりで濁流へ消えていた。残る百名ほどが崩落箇所近くまで追い詰められ、友軍の屍や荷物を盾に絶望的な抵抗を続けている。
一方、奇襲を成功させたコボルド軍の損害はまだごく軽微のまま。
『撃て! 撃ち続けるんだ!』
『【動く壁】前進継続! 敵を追い落とすぞ!』
コボルド側の作戦目的は、この襲撃で一兵でも多くグリンウォリック遠征軍の戦力を削ること。落とした橋は分断のみならず、殲滅するための檻なのだ。
本来はもう少し多く切り取ることもできたが……伯爵ザカライア=ベルギロスの馬車を巻き込みかねないため、監視していたダークが決行を促した。
人界への印象と今後の外交を考慮すれば、大貴族を殺すのは極力避けておきたい。第五次コボルド王国防衛戦ではイスフォード伯爵たる【剥製屋】を死なせたが、あれも本来は人質として生け捕る予定であった。
バシュウ! バシュ! バシュ!
裂かれる空気の叫びは、【マジック・ミサイル】と【マジック・ボルト】の応酬。
ぼきり、ぐしゃり。
鈍い破砕音と湿った響きは、【動く壁】に踏み潰される死体のもの。
それらが徐々に混じり合い、少しずつ確実に近付いていく。
……終わりは近い。
双方が違う感情で同じ思いを抱いていた、その最中だ。
びゅうぅんっ!
孤立橋脚の上で燃えさかる【ゴブリン火】を貫通し、グリンウォリック兵の頭上を掠めて何かが飛来したのは。
ずぐんっ!
高速の飛翔体は【動く壁】へ深々と突き刺さり、先端が壁裏にいた兵の頭をコボルドバシネットごと貫通する。血と漿液が飛び散り、隣の毛皮へ付着する内容物や目玉。
『う、うわああ!?』
『ぎゃんっ!?』
ずごん! ずごっ!
続けて二発、三発、四発……いやさらに何発もそれが飛来し、コボルド兵の四肢をもぎ取り、肉を削ぎ、あるいは絶息せしめていく。
「……これって、馬上槍(ランス)じゃねえのか!?」
若年兵を庇いながらその正体に目を剥く、ドワエモン。
【動く壁】を貫通したその金属塊は、重騎兵の突撃に用いられる大型馬上槍であった。それがまるで据え置き式大型弩砲(バリスタ)の矢弾の如く、撃ち込まれたのだ。
『バリスタなんか運んでたのか連中!?』
『誰でもいいッ! 魔法院の奴に矢避けを張らせろ!』
『陛下の指示で、ナッスさんがもう始めてます!』
本来であれば、バリスタや投石機も矢避け魔法で威力と命中率が減衰する。が、コボルド側は万が一にも奇襲を気取られぬため、今回矢避けを張っていなかったのである。
だがそこからの反応は流石に早い。もう既にやや後方のナスタナーラが「いやんやんやん、矢は嫌ですわん~」と魔法詠唱の最終節に入っていた。
なお【魔法】の詠唱は神秘へ手を伸ばした個人経験の再現手法であるため、術者ごとに仕草や文言が大きく異なる。魔素錬成の作業音が便宜上詠唱と呼ばれる【魔術】のそれとは、同呼称だが中身が違うと補足しておこう。
びゅん! ずぐん! ずどん!
続けて馬上槍が何本も飛来するものの……あるものは不自然に失速し、あるいは軌道が逸れ橋桁へ刺さっていく。矢避けの魔法が発動したのだ。
『よしっ、これで大丈夫だ! 攻撃再開、急……』
【動く壁】から再び射撃体勢をとる、コボルド兵ら。
なれど彼らの視線は、あるものに奪われる。
だんっ!
放物線を描き正面より迫り来る、巨大な物体。
それは崩落で孤立した橋脚上で燃え続ける【ゴブリン火】の中へ一度飛び込んだ後また飛び上がると、グリンウォリック兵らの前へ……正確には最前の兵二名を着地の際に潰しながら……橋桁を踏み抜かんばかりに軋ませ降り立ったのだ。
「「「えええっ!?」」」
『『『えーっ!?』』』
……落ちた橋を飛び越えてきたのか!? 飛び石を踏み、小川を渡るが如く!
唖然とする両陣営の兵たち。だが彼らの動揺を他所にその怪物は、全身を包む布が燃えていることすら意に介さず再跳躍。
ばっぎん!
一息にコボルド側まで接近。
冬に幼子が両足で氷を割るような姿勢で、【動く壁】を踏み砕いたのである。
『『『う、うわあああ!?』』』
勢いに押された妖精犬らが飛び退いたことで、生まれる半輪。
そしてその只中で物体が着地姿勢から立ち上がった時にようやく、皆はそれが身の丈十三尺(約四メートル)の巨人であると知った。身に纏うのはただの布ではなく、絹の布地に金糸刺繍まで施された頭巾外套であることも。
しゅぴ! しゅぴ! しゅぴ! しゅぴ!
布地を突き破るように飛び出す、四つの尖端。
先の馬上槍と同じ物だと気付く時間も、悲鳴を上げる暇も与えず、それらは直前のコボルド兵へ鋭く襲いかかったのだ。
がん! がん! ががん! がん!
突風のように割り込んだ影、空気を震わす衝撃、四つの金属衝突音、散る火花。
刹那に尖端を撃墜したのは……七色の光沢を放つ大鉈であった。
「君たちは下がって、態勢を立て直しなさい」
無骨な刀身にそぐわぬ滑らかな軌道で、構え直されるミスリルフォセ。
妖精犬らと怪物の間に立ちはだかったのは、『王様一人で場所をとり過ぎるから邪魔』だと後ろへ追い払われていたガイウス=ベルダラスだ。
「急げ!」
『は、はい!』
『退くぞ! 次の【動く壁】を前へ引っ張り出せ!』
凶相巨躯の王がさらなる巨人の注意を一身に引き受ける間に、妖精犬は負傷者を引き摺り後退していく。
グリンウォリック兵とコボルド兵を観客に、橋上へ作り出される即席の決闘場。
「大きいな」
視線を上下に這わせたガイウスが、感嘆した。
「純オーガや純トロルでも、ここまでの体躯はそうそうおるまい」
「ガ……」
「それともはたまた、他種族の武人かは分からぬが」
「ガァァァ」
「貴殿の相手はこの私、コボル……」
「ガァァァァイウゥゥゥゥス!」
咆哮。
びりびりと痺れる感覚に、両陣営の兵が思わず身をすくませる。
倍近い巨体相手にこれまで微塵の怯みも見せなかったガイウスの顔にも、動揺の色が見えるではないか。
「馬鹿な、この声は……」
いや違う。コボルド王の驚愕は、別種のものであった。
ぶわさっ。
本格的に燃え始めた外衣を脱ぎ捨て、ついに中身が姿を顕す。
「ガァァァァイウゥゥゥス!」
それははち切れんばかりに隆々とした肉体を、黒基調の瀟洒な服に包んだ貴族。ただし巨大で四本腕の、だ。それぞれの手には総金属製の馬上槍が刺突剣よろしく握られており、先程飛来したモノはこの巨人により投擲されたのだと、皆に教えていた。
そして巨体に比して小さい頭部が両肩に支えられている……いるがその顔は……
「ザカライア君……」
然り。
怪物の顔は紛れもなく、グリンウォリック伯爵ザカライア=ベルギロスその人であった。
ガイウス=ベルダラスの従兄弟は、執念のためだけに人間をやめることを選んだのだ。
「どぅぁからぁぁぁ! ザカライアきゅんとか、言うなぁぁぁぁッ!」
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