245:対決と決別

245:対決と決別


 重く長い馬上槍を、片手刺突剣(レイピア)の如く取り回すザカライア。


「ツァイツァイツァイツァァァイ!」


 しかしその手は四本であり、威力は人間のそれではない。

 ガイウスの胴ほどもある太腕から繰り出される刺突は、間合いも速度も相手の反撃を許さぬ苛烈なものだ。しかも高さを伴うため、威力はさらに増している。


 ザッ、ガ、ガッ!


 四つのうち二つを躱し、残りはフォセで弾くガイウス。

 いや、避けきれぬ分を剣で防いだ、と形容するのが正しいか。


「どうだガァァイウス! この力! 速さ! 鋭さァァッ!」


 第二の四連突き。

 これも同様にガイウスは凌ぐが、やはり押されているのは否めない。


「ぐっ。従兄弟殿、その姿は一体どうしたというのだ!?」

「ワハハハハ! 驚いたか!? 今度こそ驚いただろう!? 吾が輩は貴様如きには手の届かぬ秘術により、【天使】の力をこの身に宿したのだ!」


 馬上槍を向けながら、ザカライアが得意げに言い放つ。


「【天使】を……!? 従兄弟殿、ノースプレイン領を手に入れるために、そこまで」

「……ノースプレイン?」

「【剥製屋】から事情は聞いている。我がコボルド……村への侵攻は、ノースプレイン領を王領が【剥製屋】と従兄弟殿に分割統治させる功績作りの戦なのだと」


 人間大のままの頭部はしばらく傾いだままであったが……やがて合点を得たように、上下に振られる。


「ん……? ああ、そうだな。『そう言えばそうだった』」


 言い捨て鼻で嗤い、今度は首を横へ振った。


「表向きはそうだ。宰相閣下の思惑もな……だが吾が輩は違う。ノースプレインなど正直どぉーうでもいい。いらぬわ」

「なっ……ではこの出兵、そしてそんな姿と化したのは何故だ? 従兄弟殿」

「分からぬのか」

「分からぬ」

「貴様をこの手で討つためだぁァッ!」


 ガッガッ、ズン、ブン!


 刺突に牽制の横薙ぎまで加えた第三撃。本来斬撃には適さぬ馬上槍だが、怪物の膂力が乗れば刃がなくとも決定打になり得る殴打だ。

 コボルド王は後退を強いられつつも、それを防ぐ。


「私を倒すために、ヒトの姿を捨てた……!?」

「そうだァ!」


 一個人を倒すために、怪物と成り果てる。名門大貴族ベルギロス家の当主、しかもグリンウォリック領を治める伯爵のとる行動では到底ない。あまりにも常識外で、軽率過ぎる選択であった。

 家中の衝撃、外部への体面、領民の動揺。今後の領内運営に問題が出るのは疑いない。たとえ政道が変わらずとも、怪物となった領主の正気をどれほどの者が信じられるだろう。事実、異形と化したザカライアを初めて見たらしき将兵らは、狼狽しきっているではないか。


「……戻る当てがあってのことか、従兄弟殿」

「あぁん?」


 暴風の如き第四、五撃が吹き付ける。押されながら、鋼鉄の嵐を凌ぐガイウス。しかし刺突の一つは迎撃をすり抜け、コボルド王左腕の肉を薄く削いでいた。


「ヒューマンに戻る手段は分かっているのか、と問うているのだ」

「やはり馬鹿だな貴様!? 常識的に考えて、そんなものある筈もなかろう!」


 第六撃。


「そんなことは、どうでも良いのだぁッ!」


 第七の連撃。今度は一本がミスリルフォセで三分の一ほど叩き折られたものの、ザカライアは先に投擲したものを拾い上げ補充している。これでは武器破壊を狙うにも、きりがないだろう。

 さしあたりその合間で、体勢を立て直すコボルド王。


「……そうか」


 ガイウス=ベルダラスは間合いを窺いながら、沈んだ声で応じていた。

 彼は恥じたのである。今まで自身が、ザカライア=ベルギロスを見誤っていたことに。


「ぶはははは! 後先考えねーでそんなカッコになったのかよ!」

「ですわですわ、お馬鹿さんですわー!」

『『『ばーかばーか!』』』


 後背の【動く壁】で対決を見守っていたドワエモン、ナスタナーラ、若いコボルド兵らが嗤っている。

 ドワーフ少年の顔に見覚えのあるザカライアは、「あの時の不細工小僧か!」と舌打ちしていたが。


「嗤うなッ!」


 意外にも少年らを一喝したのは、ガイウスであった。

 普段怒鳴ることなどない男だ。だがその一声で、水を打ったように観衆は静まりかえる。コボルド側も、グリンウォリック側も。




「……男の覚悟を、嗤うでない」




 続けて穏やかに、だが厳かに告げられた言葉。


「お、おう……わーったよ」

「はいですわ……」

『『『ごめんなさい……』』』


 圧倒されたコボルド陣営の若者たちは、神妙な様子で頷いている。

 ザカライアはその様子を眺めつつ腰を前後に痙攣させていたが、これに気付く者はいなかったようだ。


「お! う、ふぅ……」

「従兄弟殿」


 ガイウスはそんな異形伯爵へ向き直り、フォセを構え直す。


「ふぅー……」


 深い吐息で応じる怪物。


「ベルギロス家を追われたことで、私は伯父上も従兄弟殿も恨んでなどいない。そもそも私は、あの家の当主を務める才覚も意志も無かったのだ。愚鈍な私に代わり、父が遺したグリンウォリック領を二人が治めてくれたことについては感謝をもしている。これは貴殿がコボルド村へ侵攻したこと、ゴブリン村を焼いたこと、様々な事情と善悪を排した上での……ガイウス=ベルダラスになる昔ガイウス=ベルギロスであった古い友人としての、私一個人の本心だ」

「まだ……まだそのような物言いをするか、ガイウス」


 コボルド王は小さく頭を振り、それを制した。


「……だから私は、いつかは従兄弟殿との諍いを止められるのではと期待していた。今回の作戦でも、コボルド族が従兄弟殿を殺すのは望ましくないと政治的見地から判断した時は……どこか安堵もあったのだろう」


 これは遠征軍がゴブリン族に同行を求めなかった背景でもある。

 コボルド族に恩義を感じるゴブリンらは復讐でなくとも参加を望んだが、族長のウーゴが「ならバ、我々の戦いでは無イ」と許さなかったのだ。


「貴様ァ……」

「だがこれは間違いであった。従兄弟殿はベルギロス家当主でもなく、グリンウォリック伯爵としてでもなく……ザカライア=ベルギロス一個人として、この私と私の大切なものを滅ぼそうとしているのだ。ヒトとしての姿と人生を、捧げる覚悟をもって」


 七色光沢の切っ先が緩やかに敵手へ向く。ロング・ソード剣術【右雄牛の構え】。


「ならば私は、従兄弟殿を斬ってその覚悟に応えるべきだろう。そして何よりコボルドの族長として、そのような相手は斬らねばならぬ」

「ウッ!」


 再びザカライアが腰をガクガクと揺らす。

 他者には分かるまい。焦がれた相手から数十年ぶりに「直視」されたという感触、そしてようやく敵と認められた実感が……彼の内部ではとてつもない快楽へと変換されていたのだ。

 肉体的にはこれほどない適合を遂げたザカライアだが、精神には汚濁が生じている。


「……ふぅ……やっと……やっと……」

『『『ヒェッ』』』


 コボルド兵らの悲鳴。怪物はその目を子供のように輝かせ、顔には満面の笑みを浮かべていた。

 これが彼の人生における一番の喜色だったのではないか……と観衆が思ってしまうような笑顔を。


「やっと吾が輩を『見た』な、ガァァイウゥゥス!」

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