240:王宮再建工事

240:王宮再建工事


 空襲で焼失した家屋群の再建は、予定よりもずっと順調に進んでいた。次の作戦行動や各種作業へ人手を大幅に割かれておりながらも、だ。ゴーレム馬やゴーレム猿へ各種重作業が委ねられ効率化していたことと、元々が素朴な竪穴式住居群であったことも大きいだろう。

 コボルド王国民はまずガイウスやサーシャリアたちの自宅である王宮を再建しようとしたが、当人らはそれを固辞。国王らはしばらく焼け残りの家々に居候した後、復興がようやく一段落したところでようやく工事を受け入れている。


『ナッスちゃーん、ここ立ってみてくれるかー?』

「はーい! あ、今度は頭がぶつかりませんわ!」

『んー、でももっと余裕があったほうがよさそうだな。おい、もっと高くしようぜ!』

『ナッスちゃん、まだまだ背が伸びそうだもんな』

「ですわですわ! 目指せ十尺(約三百センチメートル)!」

『『『わはははは』』』

「本当にナッスなら伸びかねねえな……」


 育ち盛りのナスタナーラ=ラフシアは第五次防衛戦のあたりで、とうとうガイウスの身長七尺(約二百十センチメートル)を追い抜いてしまったのだ。よほどコボルド村の環境や【大森林】産の食事が身体に合ったのか、一年半で一尺近くも伸びたことになる。前後左右にも分厚いあの男に重量こそまだまだ及ばないが、それでも以前の王宮は少女にとってかなり窮屈となっていた。

 なのでこの機会に、共用部と彼女の個室は大幅拡張されることが決定済み。一方コボルド王の居室は、「狭いのが落ち着く」という子供みたいな理由で据え置きだ。


「なのにエモンはちっとも大きくなりませんわねえ」

「あぁ!? 仕方ねえだろ。テメーと違って脳味噌にちゃんと栄養が行ってんだよ」

「何ですってぇぇぇ!?」


 こういう時だけ行動がやたら早い。既に殴り合っている二人。


「この! このっ! ですわ!」

「オラッ! オラッ! 今日こそは分からせてやる!」

『ヒューッ! 本日三回目の拳闘だ!』


 残念ながら……相手によじ登って頭突きしたり爪を立てて引き剥がす対決を、拳闘とは呼ばない。


『僕はエモン兄ちゃんにドングリ五個!』

『僕は、ナッス姉ちゃんに、松ぼっくりふたつ』

『俺もナッスちゃんに蝉の抜け殻みっつ』

『あ、それいいわね。じゃあアタイはエモン氏にキノコ一本!』

「エモンもナスタナーラも、喧嘩しないで作業しなさい! フラッフも他の皆も煽らないで! 忙しいんだからね、もう!」

「うるせー、サーシャリア邪魔すんな! お前こそ黙って自室の壁でも厚くしとけ!」

「ですわですわ!」

「何でなのよ!」

「イビキ対策だよ! お前の!」

「はぁー? 私、イビキなんかかかないわよ」

「「え?」」

『『『え?』』』

「……え?」


 静寂。


「ウッソでしょ……私、イビキかくの?」

「お、おう。自分で気付いてなかったのかよ、お前」

「結構すごいですわよ」

「まさか、冬に皆で雑魚寝している時も……?」

『毎晩ガッツリかいてたよ、サー姉ちゃん』

『『『うんうん』』』

「いーやー! 恥ずかしいぃぃぃ!」


 採れたての海老の如く、半エルフがビチビチのたうち回る。いつもの姿だ。

 だがやがてはっとした顔で起き上がると、近くで柱を立てていたガイウスにしがみつく。


「ガガガ、ガガガ、ガイウス様! わわ私のイビキはうるさかったのですか!?」

「ん? 子豚みたいで可愛いよ」

「よっしゃぁ!」

「いいのかよそれで」

「ウフフ。いいじゃありませんの、豚さん。見てカワイイ食べてオイシイ」


 勝ち鬨を上げる新鮮海老に、呆れ声のドワーフ少年と微笑みの伯爵令嬢。着火も早いが鎮火も早いのが二人の喧嘩である。


「まあナッスの歯ぎしりも大概なんだけどな……」

「は!!!??? 聞き捨てなりませんことでございましてよ!?」

『ヒューッ! 四回目!』

「そうだわ! ガイウス様を枕にうつぶせ寝すれば解決するのよ!」

『『『くさそう』』』

「大丈夫! 私、臭いの平気だから!」

「しくしくしく」


 いつもの喧騒。ようやく帰ってきた、コボルド王国の日常光景だ。

 束の間では、あるが。



『はぁー……』


 王宮再建工事の手伝いを終えた猟兵隊長レイングラスが、切り株に腰掛けて溜め息を吐いていた。


『朝からの作業、流石にお疲れの様子ですなッ! レイングラス殿ッ!』


 薬草茶の杯を二つ持ちながら横へ座るのは、若き親衛隊長ブルーゲイル。

 中年と青年で世代は違うものの、共に建国初期から最前線に立ち続けた仲である。


『ん? ああ……違う違う。いやホラ第五次防衛戦が終わって、最近ああいう新婚さんが増えただろ? 独り身の寂しさを、改めて噛み締めてた訳さ』


 視線の向こうには、広場を横切って行く若いコボルド夫婦。

 戦争後に所帯が増えるのは、歴史上でもごく一般的な傾向である。


『何だ、女人の話ですか……』

『露骨に興味を無くすなよお前』

『で、今回は誰におフラれになったので?』

『ばーか。本当にモテない奴ってのはな、フラれる機会も無いの』

『なるほど納得ですッ』


 軽く拳骨を入れつつ、杯を受け取る猟兵隊長。


『……お前、残った耳も結局なくなっちまったなあ』

『いやあお恥ずかしいッ! 蹴られて兜が脱げた時ッ、そのまま剣でスパッと切られてしまいましたのでッ!』


 先の戦い、ブルーゲイルは戦線崩壊の乱戦時に右耳を失っていた。三分の一残る左耳は毛に埋もれがちなため、毛皮ながらも坊主頭の印象だ。

 なお事例は親方へ報告され、工廠がコボルドバシネットの耐衝撃改良中である。


『親衛隊にはいつも苦労をかけるな』


 猟兵隊はその性質故に遊撃及び狙撃で運用されることと、また隊員のほとんどが中年や高年で構成されているため……自分たちは若い親衛隊員へ危険な白兵戦を押しつけているのではないか、という独自の負い目を抱えていた。

 誰一人、そのような誹謗を口にも思いすらもしない。しかしこの年長者としての負い目と気概が、体格体力共に劣る第一世代コボルド部隊でありながら高い戦果を挙げ続けてきた側面もあるのだろう。


『いやあ、私が不器用なだけでしてッ! レイングラス殿とていつも斬り込みに加わってらっしゃいますが、傷を負ったことがないではありませんかッ! 魔杖の集中射撃を受けた時ですら、かすりもしなかったとか。うちの若い隊員などは不死身の猟兵隊長と驚いておりましたよッ!』

『別に不死身なんかじゃねえよ。昔蝉に憧れて木の上から小便してたら落ちた時や、蛇を振り回してチンチン噛まれた時なんか、本気で死にかけたんだぜ?』

『そんなことしていたから、御婦人方の印象が悪いのではッ……?』

「チンチンの話と聞いて」

『『うわああああ!?』』


 突然にゅいっと背後から現れた女剣士に、毛を逆立て驚愕する両隊長。


「ケケケ。コボルド王国きっての勇者二人を驚かせるようなら、このダークめの隠密行動もなかなか捨てたものではありませんな」


 風下から無音で近付く、手の込んだ気配の殺しようである。コボルド相手でこれなのだから、並のヒューマンは気付く間もなく喉を裂かれるだろう。

 初夏には辛そうな黒外套の帽子姿だが、よく見れば薄手の夏用に衣替え済みだ。


『これはダーク殿ッ! いや股間の話では無くてですね』

「何だ、チンチンの話じゃないでありますか……」

『露骨に興味を無くすなよお前』


 しゃがみ込んだ黒髪剣士に、苦い顔をする猟兵隊長。


「じゃあ何の話だったので?」

『レイングラス殿が、女人から人気が無くて悩んでいるという話ですッ!』

「何だ、結局チンチンの話ではありませぬか」


 女剣士はしばし「ふむ」と顎を擦っていたが。


「そんなに気に病むなら、一回このダークさんが抱いてやりましょうか? 殿方はそれで気が楽になると、昔々から相場が決まっております」

『え!?』

「自分は成人男性に興味はありませぬが、ここは熱ぅーい口づけを交わした仲のレイングラスのため、一肌でも二肌でも脱ぎましょうぞ。あーそれともやっぱり、毛皮のない相手はお嫌ですかなぁ? ケケケ」

『い、いやそんなことはねえけどよ……』

『ないのですかッ』


 意外な守備範囲に驚く親衛隊長をよそに、猟兵隊長はモジモジしながら身を捩っていてなかなか気色が悪い。


「自分は明日から作戦行動で村を出てしまうので、そうですな……この後ズボッっと一発、度胸つけておきますかね」

『え!? そんな急に』


 レイングラスは真っ赤な顔で身体をグネグネ揺らしていたが……やがて小さく頭を振り、落ち着いた顔でダークを見返した。


『ありがとよ、励ましてくれて。でもやっぱ遠慮しておくぜ。紳士研鑽会議の一員として、愛は自力で手に入れなきゃな!」

「ケケケ、落ち着いたようですな。ま、レイングラスは戦友目線では良い男でありますので。焦らずじっくり構えていたほうが男前に見えるでありましょう」


 女剣士は狩人の肩にぽん、と手を乗せると。


「でもまあ、気が変わったら頼んでくるといいでありますよ。ケケケのケ」

『おう! そうだなあれだな、お前さんは最後の手段だな!』


 ……しばし後。

 そこには頭にタンコブを拵え、顔まで腫らしたレイングラスが草の上に倒れていた。


『何で俺は殴られたんだろう』

『最後の手段とか言うからでは……?』


 男衆からの人望厚いこの猟兵隊長が、どうして村の御婦人方には人気が無いのか。

 親衛隊長は、ようやく分かったような気がしたのであった。

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