233:ドラゴンつきころし
233:ドラゴンつきころし
ぶわっ。
前方で浮かび上がったそれらに、竜の母子は気付くのが遅れていた。
巧みに泥馬を操り照準を躱すガイウスを狙うことへ、注力し過ぎたせいだろう。
「マーマ! 前ーっ!」
だから娘が叫んだ時にはとうに、二人とも罠へ深々と嵌まり込んだ後だったのだ。
いや……ガイウスを追った時には既に、彼女たちは詰んでいたのやもしれぬ。
『……!?』
ドーラドーラがまず最初に気付いたのは、娘が指した空中ではない。逃げるコボルド王とは反対に、母子の方へ押し寄せるウッドゴーレム馬の群れであった。しかも、何十頭という数の。
おそらくは草地に屈ませたこれらに草を被せることで偽装し、隠匿していたのだろう。それを一斉に最大速度で走らせ、草原に横一列の波を生み出したのだ。
『一体何を……?』
壮観ではある。あるが、これで空飛ぶドラゴンに対し一体何ができるというのか。
なれどその疑問は、上へ動かした視線がすぐに明かしてくれた。
「凧だよマーマ!」
凧である。人が取り付けそうなほどに大型のものが、幾つも幾つも。
これも木馬同様に、草原へ伏せられていたのだろう。それらが延長された黒縄を繰り糸として、数頭単位と結ばれているのだ。
空に上がった大凧群は、ゴーレム馬の速力と風精霊の的確かつ強力な支援との相乗効果でみるみるうちに高度を上げていく。
そして各凧の繰り糸同士は横縄で連結されることにより、さながら網とも呼べる姿となっていた。
大きすぎる網目に、鳥はおろか熊すら引っかかるまい。だが巨竜は、間違いなく捕らえられるだろう。
「これって……」
『罠のつもりかいっ!』
然り。罠である。
ガイウス=ベルダラスの全身に巻かれた包帯は、総大将が負傷療養中という詐術。
爆撃と炎に逃げ惑うコボルドらは全て、村の年配者が若者子供を森へ疎開させた上で囮を買って出た決死の偽装。
粗製の投石機は、あれが起死回生唯一の対抗手段と錯覚させるための欺瞞。
それら一つ一つがすべて飛竜母子を欺くための積み石であったことを、この瞬間二人は初めて悟ったのだ。
……阻塞精霊大凧。
網を牽引する凧は、凧揚げ祭りで使った大凧を再利用のため倉庫に保管していたもの。
繋ぐ縄も、建築や罠の資材として幾つも小山ができるほど常時蓄えられていたもの。
元々あったそれらを兵員村人子供まで総がかりの徹夜仕事で整え、再びの空襲を待ち受けていたのである。
『くっ……避けるよ!』
「うんっ!」
高度を上げるドーラドーラ。だが風精霊の妨害で、思うように動けぬ。一方で凧はぐんぐんと揚がり、三百尺(約九十メートル)を越えるまでに上昇した。母竜は横回避へ切り替えるも、木馬の波は幅広く、これも回避を許さない。
『駄目だ! 強引にいくからね!』
「分かった!」
むしろ速度を上げることで、突破を試みる母竜。
竜の膂力、巨体である。ゴーレム馬数十頭と言えど、綱引き勝負で後れをとるものか。とるはずがない。
……そう、地上での綱引きであれば。
網に絡まった飛竜の巨大質量は確かに木馬群を急停止させ、そして一瞬浮かび上がらせもした。
しかし、そこまでだ。飛行中の彼女に踏ん張りなど効くはずも無く、その巨体は上下を逆にした振り子に似る動きで、弧を描き地面へ激突したのである。
「マーマァァァ!?」
『坊やぁぁぁぁ!』
速度と質量が、むしろその威力を上げたと言えよう。
ずぅぅぅんん!
まさに地響きと呼ぶべき音と振動。
頭から地表へ叩き付けられ、一撃でドーラドーラは頭骨と頸骨を砕かれている。
ずずっずずずん……!
そしてそのまま半回転しつつ背中で何かを押し潰すと、もう三回転ほど加えてからようやく動きを止めたのであった。
『ぼ……うや……』
痙攣しながら、胸と腹を晒し横たわる竜。
『坊や……』
そんな彼女を、やや離れたところから捉える一眼と切っ先があった。
拘束を解いた右腕に七色の光沢を放つ馬上突撃槍(ランス)を携えた、ガイウス=ベルダラスだ。
◆
後付けの槍固定金具(ランスレスト)の感触を確かめつつ、愛馬へ呼びかけるガイウス。
「いくぞ、マイリー」
通常のランスでも長さが十六尺半(約五メートル)を超すものがあるが、この魔槍は操者の剛力に合わせてなんと二十二尺(約七メートル)にも及ぶ。
これは以前鍛冶親方がコボルド親衛隊の騎兵突撃をガイウスにもやらせたいと拵えたのだが、「流石に森の戦いでは使えねえな! ガハハ」と物干し竿にされていたものであった。それを手直しして、この作戦に投入したのだ。
なお、改めてこれに親方がつけた号は、【ドラゴンつきころし】という。
だかだっだかだっだかだっ!
猛然と駆け出すマイリー号、狙うは竜の心臓部。ガイウスの馬術と技術であれば、狙いを過とうはずもない。
ずぐん!
『ギェアアアアアア!?』
これが竜の断末魔か!
ゴーレムの走力にガイウスの剛力、そして強化術式の施されたミスリル槍……全てが合わさった一撃はドラゴンの強固な鱗をも貫き、その心臓までも抉ったのである。
無論、保持していた槍騎兵当人とて反動は免れない。衝撃を緩和しきれずに彼は鞍から放り出され竜の身体に衝突し、鞠のように跳ねた後で地面へ転落していた。
常人であれば死か重傷は確実なれど、熊と同類視される身体と巧みな受け身がその威力を緩和したようだ。じきに、よろけながらも立ち上がっている。
「オッサン! 大丈夫かオッサン!?」
走り寄ってきたのは、ガイウスの控えで待機していたドワエモンだ。
技量はともかく、自殺行為じみた騎兵突撃に耐えうる予備人員は彼だけだろう。
「うむ……? うむ。大分痛むが、まあ」
「うわマジか無事なのかよ。ホント人間辞めてるなオッサン」
「ううむ、君が言うのかね?」
ずれた眼帯を直しつつ、人外評価を受けた男が竜へと向き直った。
手応えはある。そうでなくとも墜落の時点で、致命傷のはずだ。はずなのだが。
『坊や! 坊や! 坊やは、アタシの坊やはどこ!? 坊やぁぁぁ!』
しかしドラゴンは瀕死の自身など一切顧みず、ただただ『坊や』と呼ぶ何かを懸命に、悲痛に探し続けているでは無いか。
「なあ……何を探してやがんだ、あのドラゴンは……坊やって」
ドワーフ少年の言葉に隻眼凶人は黙ったまま周囲を見渡し……そしてある一角でそれを確認すると、よろけながらも歩み寄り、抱え上げたのだ。
「うっ。オッサン、それって女の子なのか……!?」
それは「変形」したが故にベルト拘束から外れ放り出された、白い少女の亡骸であった。
ガイウスは彼女を抱えたまま、竜へ近付いていく。
「おいオッサンよせ! 危ねえぞ!」
しかし男は少年の制止を無視し、横たわる巨竜の顔まで寄って少女を寄り添わせたのだ。
「オッサ……」
彼を再び呼ぼうとするも、息を飲むエモン。
少女の身体を感じた竜の眼から、多量の液体が分泌され始めたからである。
『ああ……ああ……ああ……ごめんね、ごめんね坊や……お母さん、お母さん坊やを守ってあげられなくて……ごめんね、ごめんね、ごめんね……』
……竜も、涙を流すのだ。
そして味方に事情と絆があるように、敵にも事情と絆があるのだ、と。
当たり前のことだが過酷な現実が、少年に突きつけられている。
絶句したエモンがその光景を前に、しばし立ち尽くす中。
『ごめ……』
ずぐん!
再びの衝撃と共に、今度こそ竜が絶命する。
はっとしたエモンが見回すと、そこには胴から抜いた【ドラゴンつきころし】を改めて竜の下顎へ突き立てる血塗れのガイウスがいた。彼は頭蓋骨を避けつつドラゴンの脳を直撃し、瀕死の彼女へとどめを加えたのだ。
「うお!? オッサン……何で……」
今更の一撃に、エモンが驚きの声を上げる。
「……おそらくこの少女と巨竜の間には、余人の入り込めぬ強い……強い絆と本物の情愛があったのだろうな、だが……」
低く静かな声で呟き、首を微かに振るガイウス。
「オッサン……」
その横顔を見上げながら、エモンは理解したのだ。
危険を犯しても最後に二人を寄り添わせたのは、ガイウス=ベルダラスという男個人の許されざる慈悲であり……涙を流す母竜を敢えて貫き絶息せしめたのは、民を害されたコボルド王としての務めであったのだと。
「……さあ、前線へ行こうかエモン。皆がまだ、我々を待ちながら戦っている」
「おうよ!」
少年は大人の言葉に頷くと、進んで彼を支えながら歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます