232:潰される奥の手
232:潰される奥の手
カン! カン! カン! カン!
『空襲警報発令! くーしゅーけーほー! はつれー!』
半鐘を打ち鳴らし、老年のコボルド婦人が叫ぶ。
それに合わせて各家屋から、わっ! と毛玉の住民たちが飛び出してきた。
わらわらと慌てふためいて森へ逃げていくその様を見下ろしながら、村の上空をゆっくり旋回する竜の母子。
「あれだけ昨日やられたのに、まだ村を捨ててないや……これまで潰した城や、焼いてきた街の人たちと同じだね」
『家や畑を捨てて身一つで逃げるってのは、他人が思うよりもずっとしんどいのさ。だから地上軍が入って殺されるか追い払われるまで、焼け野原に残ってる奴も珍しかないんだよ』
「そうだね……私たちだって、そういう場所が欲しいんだもの」
返事の代わりに、母竜が初弾を吐き出す。
混合体液で満たされた鉄瓶は空を切りながら地表へ突き刺さり、一呼吸置いて炎と衝撃を周囲へ解き放つ。
「……外れ! んー、何だか今日のマーマ、動きが鈍くなーい?」
『チッ。あのワン公共は余程精霊と仲が良かったとみえるね。今日は風精霊から罵詈雑言に加えて飛行の妨害まで入ってる』
竜は鳥類の力学的なそれとは違い、魔法や神秘に似た特性で宙へ浮かんでいる。そのため飛行が気流だけに依存する訳ではないものの、やはり実働面の支障は否めない。精霊力の強い【大森林】上空では、なおさらだ。
「へえ? 精霊が介入してくるなんて、初めてだね……って、精霊って一体どんな悪口言ってくるの?」
『大抵は「ばか」「あほ」「うんこたれ」「くそちびり」「しょうべんもらし」の嵐さ。たまに「やーい総排出腔!」とか妙に語彙と学のある奴がいるのは、何なんだろうね……』
ぐるるぅ、と溜め息。
『まあそんなんだから、今日の飛行は割と荒れるよ。ベルトがしっかり締まってるか、もう一度確認おし』
「うん、大丈夫大丈夫」
そう言いつつも自身の身体をまさぐり、特製鞍にしっかり固定されているのを確認するパイラン。
それを受けたドーラドーラが爆撃を再開し、また一つ家屋が吹き飛ぶ。
「ねえマーマ。ワンちゃんたちはどんどん森へ逃げ込んでるけど、あの辺にも撃ち込んで焼き払っておく?」
身を乗り出して地表を確認していた娘が、木々の間から天を仰ぐ毛皮の村人たちを見つける。
『ちょっと効率が悪いね。それに接続が生きている妖樹は【大森林】の加護で燃えにくいし、何より火じゃアタシらが森に恨まれちまうのさ。そうなりゃ下にいるイスフォード軍が、魔獣やらなんやかんやでまずいことになりかねない』
「セツゾク? よく分からないけど何だか生き物みたいだね。すごいや」
『みたいじゃなくて生き物なんだよ、この森は』
ドーラドーラの知識は古代生物兵器に対する竜族のものであるが、実は同様の教訓が経験則として人界でも受け継がれている。開拓民が【大森林】を焼かずに手ずから斧とノコギリで切り拓くのは、そのためだ。
「……!? マーマ、あれ! 左後方!」
バンバン! とパイランが鱗を叩いて注意を促す。
母竜が旋回しつつ娘の指示する方を視界に入れると、そこには森の木々を掩体壕代わりにしていた一基の小型投石機(カタパルト)が、コボルドらに動かされ草原へ出ようとしているところであった。
魔獣の腱や妖樹を用い、徹夜で必死に作った粗製品なのだろう。樹皮のそのまま残る原木カタパルトには車輪すら無く……並べた丸太の上を滑らせる、所謂「ころ」でようやく動かされていた。あれでは、方向転換すらままなるまい。
「投石機なんか当たると思ってるのかな。ねえ、マーマ」
母子がこれまで落とした城塞でも、投石機で対空射撃を試みた軍はいる。
だが飛行物に投石など神頼みに等しくほとんどは徒労で終わり、石礫の散弾を用いた少数の相手だけが、パイランへの被弾を恐れたドーラドーラに警戒心を抱かせていた。
まあとはいえ、射角外へ回り込まれれば投石機側はどうしようもないし、防壁破壊用の岩ならともかく小石程度では矢避け魔法の範疇なのだが。
『いや、あれは……?』
だが母竜を些か驚かせたのは、本来であれば岩や砂利袋を弾として載せる皿部分に、やや奇妙なものが見受けられたことであった。
『ボーラ……!』
「? 何それ」
『石や金属のおもり同士を縄で結んだ、狩猟民族の投擲武器だね。おもりだけじゃなく、縄が絡まって動きが制限される代物さ。チッ、考えたねえ。連中大型のあれを数発同時に撃ち出すことで、アタシらをなんとかしようとしているらしい』
「でもマーマが張った矢避け魔法、効いてるんでしょ?」
『そのはずだけどね。ただ投石機で大きなボーラを使ってくる奴なんかいなかったから、確実に効くとは言い切れない。おもりは当たらなくても、ひょっとしたら縄は引っかかるかもしれないよ』
母竜が怒りで目を細める。
これはつまりドラゴン当人よりも、ドラゴンライダーにとってより危険である可能性が高い代物なのだ。
『……何だい、ワン公たちまだまだやる気じゃないかい。アタシゃあ、とんだ見立て違いをしてたね。坊や! まずあれを潰すよ!』
「了解マーマ!」
咆哮と共に、緩やかに旋回する巨竜。
相手の射角外を狙い、爆撃態勢に入る。高度を普段以上に落としているのは、命中率を上げるためだろう。
『ぎゃー! アイツこっち来るぞ!?』
『うわーん! 逃げろー! 逃げろー!』
投石機付近にいた妖精犬らが、文字通り尻尾を巻いて逃げ出していく。
ややおいてすぐ脇へ撃ち込まれた鉄瓶が炸裂し、投石機を破壊した上に炎で包む。
「至近弾! 目標破壊!」
拳を振り上げながら、観測結果を叫ぶパイラン。
『よし。これで連中頼みの綱、奥の手はお終いだね。もう大丈夫だよ』
「うん! でもワンちゃんたち、思ったよりずっと頑張るんだね……」
圧倒的な力に対しても、なお手を尽くして立ち向かってくるとは。
コボルドの見た目と村の素朴さにそぐわぬ戦意の高さに、白い少女が腕を組み唸った。
『ああそうだね。今日で終わらせようってアタシの考えも、甘かったよ。こいつは全戸焼き払うまで、粘ってくるかもねえ』
長期戦も覚悟すべきか、と爆竜が呟いた時だ。
「マーマ、あれ! あれ見て」
再び娘が、母の鱗を叩いて注意を引く。
『何だい慌てて。また投石機でも……』
そして大きな縦長の瞳が、その対象を捉えたのだ。
「あれきっと、伯爵の言ってた敵の総大将だよ!」
燃えさかる家々の合間を縫い、村の外へ駆けていく泥のゴーレム馬。
その背に乗るのは、コボルド村に不釣り合いな熊の如き大男だ。三角巾で右腕を吊り、全身各所にも包帯が巻かれている。
一目見るだけで、それが何者かは母子にも分かった。最重要目標として、特徴は再三教えられていたのだから。
『あれがガイウス=ベルダラスって男かい……!』
つまり彼を仕留めれば、それだけでこの戦いは終わるのだ。
前線におらず村にいた理由は、おそらく全身に目立つ包帯のせいなのだろう。
しかし爆撃の激しさに潜みきれず、とうとう炙り出されたと見える。
「マーマ、あれをやっちゃおう! 外さないでね!」
『分かってるよ坊や!』
巨竜は風精霊の妨害に逆らいながら、上空で弧を描く。
『くっ、気流の乱れが……!』
「大丈夫、私しっかり捕まってるからね!」
……この好機を逃すものか。
彼女らはどうにか向きを整えると、必中を期すため高度を下げる。
そして全力で逃げ去るゴーレム馬とコボルド王を追うように、進路を定めたのであった。
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