230:未帰還
230:未帰還
爆風で吹き飛ばされ気絶したサーシャリアは主婦連合に担がれ、指揮所が再攻撃を受ける前に森へと運ばれていた。そのため司令部の面々は無事であったが……半エルフが気を失う寸前に見た子供らは直撃を受けており、どちらも助からなかったという。
副官ホッピンラビットがすぐに森の中で指揮所の復旧を試みたものの、霊話報告をまとめるべき戦術地図は指揮所もろとも失われ、サーシャリアの自室に保管している予備や旧地図も王宮が空爆を受けたため焼失していた。地図は当然機密であるため、乱造もされていない。
それ故に膨大かつ混乱した霊話通信を司令部は視覚化も整理もできず、また村民の避難と救助に追われてもおり、機能復旧は困難を極めることとなる。
運良く打撲と髪の一部が焼けただけで済んだ将軍が意識を取り戻しても、状況は変わらぬと思われた。だがこの欠け耳エルフは図面を全て記憶していたことで、戦術地図無しでの指揮を実現したのだ。
駒や石も地図同様に失われていたものの……驚くことに彼女は霊話通信を口頭報告させただけで両軍の動き全てを脳内再現し、処理し、把握したのだ。まるで、盤面遊戯の達人が座標を言い合いで勝負を進めるように。
駒が図面を行き交うあの仕組みは、あくまで霊話戦術が個人才覚に依存せぬための装置なのであった。
こうしてコボルド王国軍は【緑の城】を半分喪失したところで、防衛体制と兵の士気を蘇らせたのだ。
一方的な追撃状態と信じていた伯爵軍の先鋒は手酷い反撃を受け、半壊状態で後退。こちらも横の連携を確立して、後続との合流を待つこととなる。
やがて陽が沈み始めたのを契機に、この日の戦闘は完全に終了した。
コボルド軍は崖っ縁で、辛うじて持ちこたえたのだ。
とりあえず今日のところは、だが。
◆
暗くなった湖畔には、コボルド王国首脳陣や隊長格といった面々が集まっていた。前線が村から近過ぎたため、戦時でありながら各方面の人物を一所へ集められたのは皮肉な幸いだろう。
『レッドアイが戻らない?』
そんな中で疑問の声を上げたのは、猟兵隊長レイングラス。湖のヌシや親方に教授までもが集まる中で、農林大臣レッドアイの姿が見受けられなかったためだ。
「そう言えば、そうですね。全軍に通信は飛ばしてあるのですが」
ガイウスに手伝って貰いながら木の根元へスコップを突き立てていたサーシャリアが、首を傾げる。爆発で眼鏡は割れ、さらに自室も吹き飛んだため、埋めていた予備……のうちの一つ……を掘り返しているのである。
これで良し! と眼鏡を掛ける半エルフ。何も知らぬ教授が驚愕で目を剥くのも、まあ無理はないだろう。
「前線戦力をまとめるのに忙しいのかしら?」
ようやく戦闘が終わったものの、前線は再編と戦闘記録や被害確認、負傷者の後送などで今もまだ落ち着かない。
『父さん自身、霊話使えるから、忙しいにしても、返事をしないってことは、ないと思うんだけど』
彼の息子であるフィッシュボーンが霊話で問い合わせを投げるが、本人の応答も彼を見た報告も無く……『レッドアイと一緒に居た兵が救護所で治療中』という知らせの後、やや遅れて腕を三角巾で吊った若いコボルド兵が湖畔へと駆けつけたのだった。
「そんな、レッドアイさんが……!?」
『そう。父さんは、死んだんだね』
『すいません! 俺が不甲斐ないばっかりに!』
顔の半分にも血の滲む包帯を巻いたコボルド兵が、フィッシュボーンの前で頭を下げる。
『うちの陣地も敵のものすごい突撃を受けて、バラバラに追い散らされたんです。俺ともう一人がレッドアイさんと一緒に後退してたんですけど、でも奴らは追いついてきて、それで俺が殴られたところでレッドアイさんが助けてくれて、でもレッドアイさんが……』
嗚咽しながら懸命にそこまで口にしたところで、その新兵は膝をついた。
『すいませんフィッシュボーンさん! 俺が、俺だけが戻ってきて!』
『僕の、父さんは、格好良かった、かい?』
彼の肩へ手を置く、魚骨模様のコボルド。
『は……はい。はい!』
『いいんだ、それなら。ありがとう、伝えてくれて』
フィッシュボーンは肩を震わす新兵を一度抱きしめると、救護所へ戻るよう促した。
『……洟垂れ坊主がいつの間にかすっかり大人になったのね、フィッシュボーン』
見送る背中へ、アンバーブロッサムが小さく呟く。
かつてない王国存亡危機の最中、心配と悲しみで皆の思考を鈍らせぬよう気遣っているのを幼馴染みのお姉さんは理解したのだ。当の息子が気丈に振る舞う以上、周囲も沈むだけではいられぬ。
しかしそんな中でもまるで気の利かぬ、もう一人いた幼馴染みの綿毛が『ビッジュボーーーン!』と泣きながら彼へ凄い勢いで抱きついたため、二人はごろごろボチャン! と湖に転落していった。
だがきっと。
今のフィッシュボーンは、湖水に濡れていた方がいいのだろう。
◆
『……アイツのためにも、これからどうするか考えねえとな』
一頻り鼻をこすった猟兵隊長が、将軍に本題へ戻るよう促す。
『で、サーシャリアちゃん。現状はどうなんだい』
「……非戦闘員の犠牲は先程お話しした通りで、施設も王宮や第二食料庫など幾つもが焼失しています。村には念のため夜間灯火管制を敷いたものの、どうやら今夜中のドラゴンによる再攻撃……【空襲】の可能性は低いようですね」
『そうか。まあ夜じゃあ向こうさんも見えないだろうしな』
効率面もあるのだろうし、ドラゴン自身にも疲労があるのだろう。何にせよ前線もそうだが村の住民が、一息つく時間を得られたのは僅かな救いであった。
魔獣が徘徊する夜の【大森林】へ非戦闘員を退避させ続けるのは危険だし、何より女子供の心身がもたぬ。
「戦闘部隊の損害はどうかね、サーシャリア君」
「はいガイウス様。損害報告がようやく指揮所から上がってきましたが……戦死が二十名、負傷三十四名とのことです」
……損失五十四!
数字の大きさと深刻さに、皆がどよめく。
無理もないだろう。開戦時二百四十六名であったコボルド王国全軍の、実に二割強に及ぶ戦力が一度に失われたのだ。今日に至るまでの分も加えれば、損失は既に三割近い。
そして、兵力だけではない。コボルド側防衛戦術の要たる物理的距離は村の目と鼻の先まで奪われており、戦術上の選択肢と優位性は大幅に減じていた。
「……ですが皆さんご承知のように、最大の問題はそれですらありません」
『空飛ぶ大蜥蜴か』
「はい。あのドラゴンです」
腕を組んで唸らざるを得ない、一同。
『当時我が親衛隊から負傷後送で村にいたサンダーセンチピードが魔杖による対空射撃を行いましたがッ! 高度と速度があるためほとんど命中せずッ、奇跡的に当たった一発も鱗に弾かれ、全く効果を確認できずとのことですッ!』
古参親衛隊員であるサンダーセンチピード自身も爆炎に巻き込まれており、重度の火傷を負って本格的な戦線離脱を強いられている。
『うーん。それだと魔杖兵の一斉射撃でも、まるで意味が無さそうだな』
『はっ! 私もそう愚考致します!』
再び皆から、呻くような声が上がった。
『なあ、エモンは故郷(グレートアンヴィル)でドラゴンの弱点とか教えて貰わなかったのか?』
「身近な魔獣ならともかく、あんなお伽噺級のは高校や大学の専門学科じゃないと勉強しねえよ、そもそも見かけねえんだからさ。中学を途中で抜けてきた俺が知る訳ねえだろ」
「え? エモン貴方、学校放り出してお嫁探しの旅に出てきたの?」
「う……」
『バヌバヌー!』
そこへ割り込むように、ヌシが砂浜を叩きながら盛んに自身を指さしている。どうも何か言いたいらしい。
まだフィッシュボーンと一緒に水へ浸かったままのフラッフが、彼女に寄ってふむふむとその話を聞いている。
『んとねー、ヌシが言うにはよくできたミスリル武器で思いっきりぶったたけば鱗を貫けるってさ』
『ヴァヌー! ヴァヌーン!』
「え!? ヌシはドラゴンのことを知ってるの?」
『あれはアクマ? のキドーホヘー? のヤセーカしたものなんだけど、ニクタイのコーセーギジュツ? に【大森林】と同じものを使っているから、森の妖樹や魔獣みたいに、ミスリルが効くカノーセーがすっごく高いんだってさ』
『ウォッキュン!』
所々単語に疑問符を付けての翻訳。それに頷く、湖の主。
フラッフの言葉が極めて拙いこともあり、首を傾げるしかない一同だが……ミスリル関連におけるヌシの助言はこれまで確かであったため、その言説はかなりの説得力を帯びていた。何より他に、参考としうるものもない。
『でもねー! そもそもあれだけ大きければ生き物としてフツーに鱗が厚くて硬いから、ミスリルでもかなーり強くぶつけないと駄目だよ! って言ってる』
『ヴァヌ!』
再びブンブンと首を縦に振る巨大人魚。
続け拳闘じみた素振りを見せ、『やっちまえ!』と強く主張している。
「それならば、私に考えがある」
顎に手を当て考え込んでいたコボルド王が手を挙げ、鍛冶親方へ向き直った。
「親方が冬の間、幾つか作っていたミスリル武具を使わせてもらいたい」
「そりゃあ勿論構わねえが……ありゃ本当に趣味のモンだぜ。それにいくら旦那でも、剣や斧で何とかできるもんかね?」
「いや、一本だけ心当たりがあるのだ」
右腕を肘で曲げ、ぐっ! と脇を締めるガイウス。
それを見た鍛冶職人が、掌を拳で叩きつつ叫んだ。
「……そうか、あれかっ! あれなら速度と力が十分に乗る! やれる……やれるぜ旦那!」
「やってみせよう」
「だが旦那、そんなことして身体は大丈夫なのか。下手すりゃ、いやしなくても死にかねねえぞ?」
「うむ。一応、気合いで耐えてみる」
「……まあ熊は木や崖から落ちても平気らしいし、馬車にぶつかってもケロリとしてたって話も聞くしな。ほぼ熊みてえな旦那なら、何とかなるだろ」
「く、熊か……?」
確かに大型肉食獣のような体型の元騎士団長は、一瞬困惑した顔を見せたものの……すぐに気を取り直す。
「コホン。だからそれにナスタナーラ君か魔法院の者に強化の魔術印を刻んでもらい、明朝までに手直しし、使えるよう仕上げて欲しいのだ」
「おう、承知したぜ」
「それは私にやらせてもらう!」
割り込んだのは、意外にもレイモンド教授だ。
昨秋のミスリル発覚騒動以来、すっかり村に居着いてしまった彼はコボルド魔法院で再就職し、今では毛皮の生徒相手に教鞭を執っている。特に魔法道具や呪術魔術印に関してはナスタナーラよりも経験と造詣が深いため、その部門の発展に彼は大きく寄与していた。
「今日の空襲では私の教え子が二人も殺されたのだぞ!? このまま引き下がってなど、いられるものか!」
「……分かりました。よろしくお願いします、教授」
「任せろ! おい行くぞ親方! 時間が惜しい!」
「へっ、仕切ってんじゃねえよ……じゃあな、旦那、皆。俺はここで失礼するぜ。学者先生が言うように、【ドラゴン殺し】を整えるにゃ時間が惜しいからよ」
親方はそう言って、教授の後を追うように歩いて行く。
「おやおや。教授殿はすっかり、村にもガイウス殿の悪人面にも順応してしまったようですな、ケケケ」
「ガイウス様の顔は、慣れれば大丈夫よ。ちょっと顔があまりにも怖過ぎるだけだもの。まあ私も、最初に会った時は泣きそうになったけど」
「あらお姉様、確かに団長の人相はお悪いですが、ワタクシは初めから平気でしたわよ?」
「お前ら、オッサン泣きそうだからそろそろ止めてやれよ」
『『『わはははは』』』
ヒューマン女子らとドワーフ少年のやり取りで、場の空気がやや和む。
あるいは戦場と村を襲った惨劇の直後に、不謹慎と思う者もいよう。だが首脳陣が沈んでいるだけでは、下の者はより深みに墜ちるしかないのだ。例え空元気でも彼らが気を持ち直した、諦めていないと皆へ見せつけるのは、絶対に必要なことであった。
そしてレッドアイも……そう望むはずだ。
『さあて。後は、どうやってあの飛び蜥蜴に地面へ降りてきてもらうかだな』
言うは易いが、それが最大かつ最難の問題であった。
あの竜は元来地上でも無敵の存在だが、降りたくないから敢えて空爆だけに留めているのは明白だからだ。背で駆る操者の意図か、あるいは竜の性格なのか。
『それが問題ですな……ッ! あのドラゴンも爆撃で狙いを付ける際は斜めに降下するそうですがッ、それでも二百五十尺(約七十五メートル)程度までしか落とさぬと、サンダーセンチピードが話しておりましたッ!』
流石は王国軍きっての精鋭、親衛隊員。応戦し重傷を負いながらも、全体のため分析も怠らぬとは。
「まるで話にならねえ高さじゃねえか! 俺はヌシにオッサンを竜へ投げつけて貰おうと思ってたんだけどよ、それじゃあ流石に全然届かねえだろ」
『お前おっそろしい事考えてんなエモン……』
『バヌーン……』
揃って呆れる、猟兵隊長と巨大人魚。直後にドワーフ少年は伯爵令嬢から馬鹿にされ、殴り合いを始めている。
欠け耳の将軍は親指を噛みながらその様子を眺めていたが……しばらくして、雷に打たれたかの如く身を震わせたのであった。
「ホッピンラビット! 第六資材倉庫は無事!?」
『は、はい! 無事のはず……いえ無事です!』
急に問われた副官が念のため霊話で確認も入れ、返答する。
そしてそれに頷いたサーシャリアは皆の方へ向き直り、力強く告げたのであった。
「やれます……やれます! 私たちでドラゴンを、地面へ叩き付けてやりましょう!」
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