228:ドラゴン空襲

228:ドラゴン空襲


「連中、今朝はまた一段と消極的ね」

『小競り合いすら起きません。やっぱり敵は、援軍を待っているのでしょうか?』

『『『なのかしらねー?』』』


 その日も指揮所では、イスフォード軍の不可解な動向にサーシャリアや主婦連合らが首を傾げていた。


『将軍は今の内に、一息入れられてはいかがです? ここは私が見ていますので』

「ありがとうホッピンラビット。そうねえ、広場を歩いて気分転換してこようかしら? こんなにいい天気なんだし」


 蔀窓の向こう側は、春の後半にふさわしい陽気だ。

 洗濯物を抱えつつ日差しの中を上機嫌で歩いて行くのは、乳飲み子八人を絶賛育児中のコボルド若妻。現在は夫が一昨日の戦闘で脚を撃たれ自宅療養中のため、子守は任せているのだろう。

 将軍と目の合った彼女が、手を振った瞬間だ。


 びゅおっ。


 サーシャリアの視界の隅、何かが上空から斜めに降り注ぐ。

 抉り込むように落下したそれは、立ち並ぶ竪穴式住居のうち一軒の屋根を破り、その内部へと飛び込んだのだ。


「……え?」


 ぼんっ!


 一呼吸の時間を経て住居が炎上……いや爆発する。

 玄関や蔀窓といった家屋の隙間から、勢いよく噴き出す猛炎。爆発の圧力で構造体の半分ほどが吹き飛ばされ、破片が周囲の地面や隣家の屋根に突き刺さる。たまたま近くに居た老婦人は爆風と燃える木片を受け、吹き飛ばされるように転がっていった。


「な、何が起こったの!?」

『いやああああ!? 坊やたち! あなたーッ!』


 それは若妻の自宅だったらしい。

 一発で住居を破壊する爆発である。中にいればおそらく即死は免れまいが、赤子の母親にそんなことは関係ない。洗濯物を放り出した彼女は、炎を噴き出し続ける家へ突っ込んでいく。

 だが無情にも、新たに降り注いだものが隣家の脇で炸裂。彼女を吹き飛ばした上、爆風の衝撃で家の完全崩壊を引き起こしたのであった。


『あたじのおおお! あだじのあがちゃんんんんんん!』

『駄目よ! 入っちゃ駄目!』

『死んじゃうわ! あなたも!』

『はなじでえええ!!!』


 なおも炎の中へ飛び込まんとする若妻を、近所の奥方らが懸命に押さえ込む。

 そんな彼女たちをもまとめて吹き飛ばす、更なる爆発。


「な、何……一体、何が起こっているの!?」


 眼前で突如展開された地獄に、赤毛の半エルフが呆然として呟く。

 だがそれでも身体は反射的に現状把握を促し……咄嗟に見上げた空を横切っていく巨影を、その瞳に捉えたのである。


「ウッソでしょ……ドラゴン……!?」


 生ける伝説が何故、と彼女は問わない。正体は分からぬ。理由も目的もだ。

しかし既にあれは、現実の脅威として村を攻撃しているのである。それ以上のことは考えるべきでない、とサーシャリアは即座に思考を限定した。


「ラビ! 全国民へ最優先霊話通信! 『村にいる全非戦闘員は森へ避難せよ』、急げ!」

『は、はい!』

「みんな逃げてーっ! 早く森へ逃げてーッ!」


 副官へ指令を飛ばしつつ、片脚飛びで広場へ出た将軍が叫ぶ。


「逃げてー! あっ!」

『あああーあーあー』

『うわーん! おにいちゃんがー! おにいちゃんがー!』


 炎に巻かれ地面に倒れ込む毛皮の少年。その脇では、幼児が何もできず泣きじゃくっていた。

 降り注ぐあの攻撃は、爆発と共に発火性の何かもを撒き散らすらしい。


「あの子たちを助けてあげて! 奥様方も皆を避難させつつ一緒に……」


 ずしん。


「え?」


 サーシャリアの耳に届く、重量感を帯びた音。追った視線の先にあるのは、広場の地面にめり込む人頭大の鉄容器だ。

 球状の鉄瓶とも呼べるそれからは、半透明の液体がとろとろと漏れ出している。


「これは……」


 ぼん!


 次の瞬間、膨らんだ容器が熱と衝撃を伴って弾ける。

 サーシャリアは悲鳴を上げる暇も無く、その炎と爆風に巻き込まれた。


 ……そしてこの時を境に。

 コボルド王国軍指揮所からの通信は、途絶えることとなったのだ。



「直撃せず! 至近弾だよ妈妈(マーマ)! 標的建築物、未だ健在!」


 爆竜ドーラドーラの背に着けられた特製鞍の上で、白い少女こと猫白龍(マオパイラン)が身を乗り出しながら報告した。


『ちっ、高度があるとやっぱり命中率が悪いねぇ』

「ねえ、ケンケンで飛びてきてた人型が、伯爵の言ってた【欠け耳】なのかな」

『さあね。だったら話は楽なんだが。まあただ見たところあれが司令所で間違いないようだから、もう一発入れて完全に潰しておくよ。しっかり掴まってな』

「了解、マーマ!」


 パイランの声を背に受けつつ、ドーラドーラが喉と頬を蠢かせる。飲み込んでいた容器をまた一つ、腹から口腔内へ移動させているのだ。


「マーマ、まだ残り大丈夫?」

『飲んだ数から計算して、あと三発さね』

「そう。無しで命中させられたら、もっと効率いいのにね」

『練習もしたんだけど、ちょっとそれは難しいね』

「まあ地面に描いた的へ、屋根から痰唾吐くようなものだものねえ」

『【坊や】、汚い話はお止し』

「はーい」


 爆竜と名乗るドーラドーラの竜息吹(ドラゴンブレス)は、四種の体液を混合することによって爆発と発火を引き起こす。これは、かつてドワエモンが実家より持ち出しフラッフたちに用いたマジックポーションのような魔法薬品を体内生成したものであり、作用には一定量以上を必要とするのだ。だから落下と風であっという間に拡散してしまう上空からの攻撃には、本来は到底向かぬものと言える。


『ブッ』


 ひゅん、どん、どかん!


 ドーラドーラの口から発射された鉄器が指揮所の屋根を突き破り、直後に爆発した。

 この爆竜はこういった容器にたっぷりと体液を注ぎ込んでから吹き付けることで、ある程度の命中力と屋根貫通力を確保したのである。容器は時により木だったり皮であったりもするが、貫通力と使い勝手の点で金属製を彼女は好む。


「……今度は命中! やったよマーマ!」

『もう二発もお見舞いしてから、帰るよ』

「あっちに、倉庫みたいなのが幾つかあるよー」

『あれは食料庫かねえ。まあ、丁度いいさ……んっがんっん』


 ひゅーん、どん!


 大きめの建物だったこともあり、攻撃は直撃した。爆発する食料庫。

 近くを走っていた子犬たちが、母親共々爆風で薙ぎ倒されていた。


「……可哀想だね、ワンちゃんたち」

『弱ければ食われる、油断すれば刺される、愚かなら騙される。世の中は、誰かの犠牲や生け贄で成り立ってるのさ。誰もが皆、自分の手が届く相手しか救えない。坊やも、故郷の大陸で散々思い知ってるだろう』

「うん……そうだね、マーマ」

『アタシの手が伸びるのはね。坊や、アンタだけさ』


 旋回後の航過で、また一つ家を吹き飛ばす。


「見て! あそこの湖、おっきな人魚がいる!」

『おや、ウェパル級の環境浄化型じゃないか。野良がまだ残ってるとは、珍しい』

「へー。よく知ってるね、マーマ」

『知識だけさ。ドラゴン族でも当時のことなんて、遠いご先祖の話だからね』


 理解が及ばず、ふーんと首を傾げるパイラン。

 だが顔を湖へ向けた後、また落ち込んだ様子で口を開いた。


「……すごく怒ってるね、あの人魚」

『ああ、そうみたいだね』


 ドラゴンライダーらの視界では、怒り狂った巨大人魚が岸の木を引き抜いては上空へ投げ続けている。だが当然、まるで届くはずも当たるはずもない。


「ワンちゃんたちと、友達だったのかな」

『……そうかもしれないね……さ、鉄瓶も無くなったし帰るよ。喉も渇いてきた』

「うん、マーマ」


 村上空をもう一旋回して戦果確認をし、帰投し始める竜の母子。

 妖精犬も湖の主も、為す術無くその後ろ姿を見上げていた。


 ……後での確認では、この空襲で当日死亡したコボルドは大人十名、子供が十六名となる。コボルド王国建国後の防衛戦にて、非戦闘員へ及んだ初の被害、惨劇だ。


 だが、まだ今日。

 妖精犬たちの受難は、終わってはいないのである。

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