223:元冒険者
223:元冒険者
……博打はいい。
自分がついてない男と、再確認させてくれる。
「残念だったなぁ。ま、賽の目に嫌われる日もあるさ」
仕切りのやくざ者が賭け札を掻き寄せていく。それ眺め薄暗い安堵感に包まれながら、無精髭にぼさぼさの黒髪をした元冒険者は「ああ」と気怠げに応じた。
「どうする? まだやっていくかい」
「いや、今日はそろそろ帰るさ」
彼の名はチャス。
第一次コボルド王国戦と呼ばれる一昨年夏の戦いでは【狂牛ホーマー】【豪槍無頼のダイオニシアス】【死神鎌のスパイク】【流星のメリンダ】【皆殺しのマシュー】ら冒険者と共に【イグリスの黒薔薇】へ戦いを挑み、その中で唯一生きて戻った男である。
「やれやれ、春なのに寒々しい夜だこと」
賭場を後にし、月を見上げるチャス。
無頼どもで騒々しかった中と違い、一歩出てしまえば町外れのここはひどく静かで寂しい。それが自分の現状と同調しているようで、彼はまたそこにも暗い心地よさを感じていた。
「ハッ。侘しいのは、俺のほうかね」
酒で身体が熱いせいか、独り言も多い。
「冒険者ギルドも無くなっちまったしなぁ……」
登録者を多数失い、辣腕ギルド長ワイアットも死亡したあの戦い。あれ以降ライボロー冒険者ギルドは著しく衰退していったのだが……ジガン家の取り潰しが致命打となり、今日では空の建屋だけを残し消滅している。
運営母体たるジガン家そのものが無くなり、おまけにこういう時に働くべきライボローの代官も、征討の余勢を恐れ何処かへ遁走してしまう有様だったのだ。これで存続しているほうがおかしいだろう。
「せめてギルド長だけでも生きてりゃ、商人たちと連携もできたんだろうが」
ジガン家改易で一時的な無政府状態たる現在は商隊護衛の需要も多いはずなのだが、ライボローの元冒険者らはその供給元には成り得ていない。
冒険者ギルドという窓口と統制、監視力がなければ、往来の商人がゴロツキへ直接護衛を依頼するのは困難かつ危険過ぎる。そんな分の悪い賭けをするくらいなら、そもそもライボローへ来る前に他の街から往復契約で雇ってくればよいのだから。
需要はあっても双方を繋ぐツテは無く……そうして元冒険者たちの大半は、食えないライボローから既に姿を消していたのである。
「まあでも堅気に戻る奴らが増えるなら、悪いことばかりでもないか」
ギルド消滅まではチャスにも数名の仲間というか取り巻きがいたものだが、皆現状に見切りをつけ郷里へ帰ってしまっていた。まあ元々冒険者職自体が無頼の受け皿なので、それを辞めて田舎で真っ当に生きるなら上等な話だろう。チャスもそれを引き留めるどころか、有り金ほとんどを与えてまで送り出している。
だがそんな状態でもこの男はまだライボローに残り、その日暮らしを続けているのだった。
「俺はどうすっかな。行くところも、やることもねえし……王領(ミッドランド)に帰るわけにもいかねえし、ヤクザの用心棒も胸糞悪いし」
ぼやきつつ元冒険者は、しばらく夜道を進んでいたが。
「……ん?」
何やら向こうの林が、騒々しい。
「ししし小官を誰だと思っているのだだだ! おおお王室直属の鉄鎖騎士団団員と知っての無礼かかか!?」
チャスが目をこらしてみると、月明かりで幾つもの刃が煌めいている。
多勢に無勢もいいところ。女一人を七、八人の男で取り囲んでいる様子だ。
「こここ公務中の王国騎士にに! きき貴族へ! ろ狼藉を働けばバババどうなるか分からんのかかかか」
「それがバレる前に、俺たちはノースプレインを出ていくつもりなんだ。準備金は、お前の持っている金でなんとかさせてもらうさ」
「大体お前はその辺に埋められるんだから、しばらく分からねえだろ?」
「ひっ、ひいいいい!? しし小官は騎士学校で首席だったんだぞっ!? き、貴様ら如きにくくく屈すると思っていいいるのか!?」
「足震えてるくせによく言うぜ。ま、手足の一、二本切り取ってもしばらくは使えるだろ」
「そうだな、長旅前に少々吐き出しておくか」
「おい、顔は傷つけるなよ。萎えちまう」
「ひいいいいいいい!?」
察するに、お粗末な強盗殺人の現場らしい。婦女暴行殺人でもあるか。
様子を伺っていたチャスは二度ほどシャックリをした後、心底怠げにそこへ歩み寄っていく。
「おーい、よせよせ。女一人を寄ってたかって」
左手をプラプラ振りながら、声をかける。
「なんだテメエ!」
「……チャスじゃねえか」
「あ? あー? お前らギルドの」
暴漢の正体は、ライボロー冒険者ギルドの元登録者たちであった。
チャスとは仲間でも友人でもないが、顔を合わせれば挨拶と世間話程度はする間柄の。
「へ、脅かすなチャス」
「何やってんだよ、お前ら」
「おう、実はこの女がよ、最近農家や牧場で牛や山羊、羊をやたら買い付けてるのを知ってな」
「俺たちはそのたんまり持ってる金を頂いて、ライボローから出ようと思ってよ」
なるほど。どうやらこの騎士風の女は何かの公務に従事していて、その懐具合に目をつけられたらしい。
そして不用心にも町外れの夜道を街へ帰る最中、目出度くこの冒険者崩れどもに囲まれたという訳だ。
「お前も一緒にどうだ、チャスよ」
「俺たちゴルドチェスターじゃまだ凶状がねえから、あっちへ高飛びしようと思ってんだ」
顎を掻いて考え込むざんばら髪。
「その女はどうするんだ」
「生かしておいたら俺たちが危ねえだろ? 殺して埋めるさ」
そこへ「犯してからな!」と一際知性の低そうな男が付け加える。女騎士、再度の悲鳴。
随分な連中だ。が、まあそもそも【冒険者】などという不自然に格好付けた呼び名は、彼らのような人種が放つ精神的悪臭を誤魔化すための香水なのだ。彼らの性根が醜悪なのは驚くに当たらず、また、商人が冒険者ギルド無しには護衛を頼まぬ理由も納得というものだろう。
「あー、じゃあダメだ」
しぴん。
冒険者崩れが揃って笑う間に、一人の喉が裂けた。
正確に間合いを把握したチャスが、歩み寄りつつ切っ先でそれを薙いだのである。
「テメエ、チャス! 何しやがる!? 何てことしやがる!?」
藻掻きながら膝をつく仲間を見て、【崩れ】が叫ぶ。
「何って……殺したんだよ。これで残りはひいふう……七か」
「まさか俺たちを……!?」
「チャスてめえ、てめえ、俺らに何の恨みがあるってんだ!?」
七つの剣先が一人へ向く。
「いや、別に恨みはねえなあ。むしろ好きなんだぜ? 女を寄ってたかって嬲る連中はよ……反吐が出るくらいにな」
言い終えると同時に、手首が一つ宙を舞う。
「あっ!? あああー!」
「ふたつ、みっつ」
振るわれる剣を弾き、敵の懐へ飛び込んだチャスが続けてもう一つ喉を裂く。いや二つか。
「よっつ、いつつ、むっつ」
ガイウス=ベルダラスの剛剣すら撃ち落とし、逸らした技量の男である。闇に何本もの刃が交差するも、相手へ届いたのは彼の剣のみ。
一方的な戦いだ。数える度に欠けていく、誰かの腕や喉。
「斬るならやっぱり屑が一番だな。何せ、後味が悪くない」
ざんばら髪が最後の一人へ向き直る。
「……だから好きなんだぜ」
右肩に剣を引き寄せ切っ先を敵に向けた、ロングソード剣術【鍵の構え】。
対する相手は、構えにもならぬ中段持ちだ。おそらくここまでの人生、この男は腕力だけでやってきたのだろう。
「テ、テメエチャス! チャステメエ!」
一対一で到底チャスには太刀打ちできぬだろうし、そして実際ならなかった。対峙した数秒後には、彼は眼窩を抉られ地に沈んでいる。
「あ……有り難う、礼を言……」
「ん。嬢ちゃん、もうしばらく待ってな」
チャスは女騎士にそう声をかけてから、懸命の命乞いをする手負いたちへ順番に止めを刺していく。右手を失った賊が一人逃げ出しはしたものの、これはすぐに追いつき斬り倒していた。
「おっしお待たせ。大丈夫か、怪我は無いか」
問われ、頭をブンブン左右に振る女騎士。
「しっかし馬鹿だなぁ。仕事だかなんだか知らないが、大金チラつかせた身で夜道を一人ノコノコ歩くだなんて。不用心にも程があるってもんだ。お前さん、それでも軍人なのか?」
「し、仕方なかったんだ! 買い付けで遠めの農村まで行っていたから、帰りが遅くなって……」
「はいはい分かったよ」
チャスは賊の得物を戦利品にしようと屈むが、考え直して立ち上がる。
それをやると、強盗殺人と疑われかねない。
「あー、すまんが嬢ちゃん。街まで一緒に来てもらって、自警団へ事情を話してくれねえかな。このまま死体が見つかると、俺が街の住民から誤解されかねないんだ。元冒険者には、世間の目は厳しくてね」
「嬢ちゃんは止めてくれ。私は歴とした王国騎士だ。鉄鎖騎士団員ビクトリア=ギナという」
「ビクトリア……」
呟く元冒険者を見て、女騎士が首を傾げる。
「どうか、したのか」
「何でもない、知り合いと同じ名前だっただけだ。それよりお前さんギナ家だって? 中央武家の名門じゃないか」
その体たらくで本当かよ、とは付け加えかけるも堪えたチャス。
「よく知っているな」
「実家は王領の百姓さ。俺自身も一応、王都にいた頃があるんでね」
ビクトリアに手を貸し、立ち上がらせる。
「で、その王国騎士さんがこんな所で何をしてんだ? やっとライボローにも中央から代官を派遣してくれた、って感じでもなさそうだな。家畜の買い付けなんて」
「それは、その」
しばらくしてチャスが、はっとした顔を見せる。
「……そういや去年グリンウォリックの伯爵がコボルド村へ攻め込んだ時も、軍隊が来る前に補給監督官がライボローを駆け回ってたが……まさか、お前さんもそのクチか?」
ビクトリアは目を逸らし答えない。だがそれは質問者からすれば、肯定と同義だろう。
どうもこの女騎士、あまり器用に立ち回れる質ではない様子。
「何てこった、また戦かよ。最近商隊の出入りが多いのも合点がいったぜ。まったくどいつもこいつもあんな【大森林】の片隅に、一体何の用があるんだか……」
「な、なあ! 貴様、冒険者なのだろう?」
チャスの独り言を遮るように、突然問う女騎士。
おかっぱの暗金髪(ダークブロンド)が、勢いで揺れる。
「お、おう。元な、元。ライボロー冒険者ギルドが無くなっちまって、今は無職だけどさ」
「なっならば、小官に雇われてみないか? 案内人が欲しいのだ!」
「え?」
「公務によりこんなことの手伝いをしているが、正直ライボロー周辺の土地勘も何も、小官にはまるで無いのだ。貴様のような腕の立つ現地協力者がいると、その、あれだ、だから……助かる」
嫌だと言いかけるも、止まるチャスの舌。
まるで捨てられた子犬のような彼女の目が……元冒険者に躊躇いを生み、記憶を揺さぶったのだ。
「わ、悪くない話だろう? 貴様の現状を考えれば!」
……私のことは放っておいてよ、兄さん!
追憶という沼に沈みかけた彼を、袖を掴んだ女騎士が現実へ引き戻す。
「な、な? 報酬は弾むから! 考えてくれまいか!?」
ビクトリアはあまりにも必死であった。どうも本当にここまで、頼れる相手が全く居なかったらしい。
その瞳はやはり雨中の捨て犬に似ており、そして何よりチャスの精神に刻まれていた傷を激しく掻きむしったのだ。
「だ……駄目……か?」
「くそっ……何てツラしてんだよ、お前さん」
「へ?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
三度深く溜め息を吐く元冒険者。
そして彼は……彼は、諦めたように首を縦に振るのであった。
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