222:商会長からの知らせ

222:商会長からの知らせ


 まだそこかしこに雪の残る早春のコボルド村へ、最初に訪れた外部の者はルース商会であった。


「案内してもらって悪いね、サーシャリアさん」

「いいんですよルース商会長。ガイウス様たちはあっちのほうで休憩しているはず……あ、いましたいました」


 商会長ダギー=ルースを連れたサーシャリアが到着した場所にいたのは、今日の仕事を終え広場の端で休憩中のコボルド王ガイウス、うんこ大臣ドワエモン、猟兵隊長レイングラスだ。


「ご無沙汰してます、ベルダラスの大将、エモン坊主、レイングラス」

「おお、商会長殿」

『よ! 久しぶりだなダギー、元気してたか?』

「あれ、麗しのアンナさんは?」


 憧れのふくよかなオーガ秘書を探し、エモンがキョロキョロと視線を動かす。


「ああ……アンナはその……しばらく商隊には、同行しないんだ……」

「は!!?? それだとテメーの商会がここに来る意味がねえだろ!!?? ふざけてんのか!!!???」


 空を切り、サーシャリアによる手刀制裁が炸裂する。


「あだだだ……貴方どんどん頭蓋骨硬くなってない!?」

「お前がいつもボコボコ叩くからだろー!? クソ……ま、いいや。なあダギー。折角来たんならよ。久しぶりに紳士研鑽会議やろうぜ」

「何よ、その怪しい会議……」


 タンコブを押さえる少年へ、手を擦りながら問う半エルフ。


「おう。どうやったら女の子からモテるか、盛んに議論を交わす紳士の建設的な集まりさ。入会条件は異性と交際経験が無いことで、名誉会長は最年長のオッサンだ」

「はっはっは。どうも、いつの間にかそうだったらしい」

「ちょっとー!? ウチのガイウス様を、珍奇な集まりへ誘わないでくれる!? 馬鹿の毒気に汚染されちゃうでしょー!?」

「何が馬鹿だ! こっちは大真面目でやってんだよ! 黙ってろやブサーシャリアァァ!」


 ずごん!


 振り下ろされる杖。

 ガイウスが「サーシャリア君! 凶器は! 凶器攻撃はいかん!」と慌てて取り押さえる。


「ああもう、オッサンしっかり捕まえといてくれよ! あーくっそ痛え……さ、ダギー、始めようぜ。議題はこないだの続きで『男を磨け! カッコイイ決め台詞!』でいいよな?」

『そういや前回出てた「剣を向けられる度にドングリもらってたら、今頃森ができてるぜ」ってのは結構良かったよな! 俺、今度使ってみるわ』

「ふむ。森を【大森林】にすれば、より壮大に感じられるのではないかね?」

『おっ、冴えてるなガイウス』

「やるじゃんオッサン」

「そうですね! ガイウス様が仰るなら、私はアリだと思います! 言ってみて下さい!」

「剣を向けられる度にドングリを受け取っていたら、今頃【大森林】となっていただろう」

「キャーステキ! フッフーゥ!」


 いつの間にかサーシャリアまで輪に入っていた。

 所詮は彼女もコボルド王国首脳陣である。


「それなんだが……すまねえエモン……」


 だが商会長は、肩を落として詫びているではないか。


「俺は……もう、紳士研鑽会議に出席する資格がねえんだ」

「あ? どういうことだよ」


 左手を差し出すダギー。その薬指には、結婚指輪が輝いていた。


「あらあら! おめでとうございます」

「うむうむ、商会長殿おめでとう」


 王と将軍は祝辞を述べるが。


「おま……おま……まさかそのツラで結婚できたのか!? どこの爬虫類と結婚したんだよ!? もしくは両生類か!?」

「いや……アンナと……」


 森に響き渡るドワーフの絶叫。

 大量の鳥が上空へ逃げ惑う姿が、村からは目にできたという。


「その……アンナが今回来てないのも……妊娠してて……大事を取って……」


 再絶叫。

 聞いた蟲熊が逃げ出したと、巡回中のコボルドから霊話報告が飛ぶことになる。


『たたた大変だ! エモンが泡を吹いて倒れたぞ!?』

「大丈夫ですよレイングラスさん。放っておけば息を吹き返します」

「確かに……失恋の痛手は、時間でしか癒やせぬものだ」

「えっガイウス様!? 聞き捨てならないんですけど!?」

「ぐすん……王都の犬猫は、全然懐いてくれなくてね」

「ですよねー! そんな気はしてました!」

『少しはエモンの心配してやれよ』


 猟兵隊長がエモンを抱え起こす。彼はモテないが、優しく面倒見が良い。

 それを見て、流石に先の態度は多感な少年に酷薄だったと反省したサーシャリアが、寄り添いエモンの涙を拭ってやる。


「うう……サーシャリア……俺は今日、愛と悲しみを知ったぜ……」

「そう……エモン、一つ大人になったわね……」

「そして……失恋を切っ掛けに新たな性癖が生まれたんだ……これはきっと亜種の寝取らゲブ!?」

「サーシャリア君! だから杖で、杖で打つのは止めてあげなさい!」


 ガイウスによるサーシャリア再拘束。凶器没収、そして釈放。

 しかしその寸劇の脇で、赤胡麻被毛のコボルドがゆっくりと首を振るではないか。


『……いや、勘違いしてるぜエモン』

「何がだよレイングラス」

『性癖ってのはな、生まれるモンじゃねえ。掘り起こされるだけだ。つまり元々お前の中に眠っていででででで』

「サーシャリア君! 止めなさい! 右手でエモンの鼻を摘まみながら左手でレイングラスのヒゲを引っ張るのは止めてあげなさい!」


 執行猶予中に再犯し、王にまた逮捕される赤毛の将軍。

 段々と収拾がつかなくなってきたため、ガイウスは彼女を抱えたまま話題を切り替えることにした。


「しかし商会長殿、よく封鎖を抜けてコボルド村まで来られましたね。昨年我々がノースプレイン候と一戦交えた後も、当方面の街道は塞がれていると思ったのですが……」


 ルース商会はミスリル関連の話は知らぬし、念のため滞在中はゴーレムらも隠してある。

 だがノースプレイン軍がコボルド村へ侵攻し敗れたことは、間違いなく知っているはずだ。それ故に当分は商会の訪問はないだろうと、一同は考えていたのだが。


「いや、封鎖はもうされてねえんですわ」


 揃って首を傾げる、野良着のコボルド王ら。


「ええ、実はそのことでまず大将に直接お伝えしなけりゃならねえと思いまして。何せ、事が事だけに」

「商会殿。一体、何があったのですか」

「冬の間に、ジガン家は取り潰しになったんです。それでコボルド村相手の封鎖も、何もかも無くなっちまいましてね」


 そうしてダギーは一商人として知り得た範囲で、フォートスタンズ城陥落やケイリー及びギャルヴィン老の死……そして中央(ミッドランド)から布告された改易の理由を伝えた。


「まあ中央の言い様が本当なら、そりゃあお取り潰しになりますわな。報いってやつですか」


 偽計虐殺の裏事情を知っているだけに、神妙な面持ちでそれを聞く一同。

 訪れるべくして訪れた報いとは言え、ケイリー=ジガンのあっけないその末路に……そして自らの与り知らぬところで情勢が激しく動いていたことに、圧倒されたのだ。

 やはりコボルド王国は、政治的戦略的な主導権を何も持たぬと再確認せざるを得ない。


「ところで商会長殿。ケイリー=ジガンにはまだ小さな息子がいたと聞き及んでおりますが、その子はどうなりましたか」


 真っ先にそのあたりを気にするのが、やはりガイウス=ベルダラスという男であった。

 膝上で拘束されたままな赤髪の連続暴行犯は嬉しそうに目を細め、彼を見上げている。


「大逆者の嫡男ということで、子供でも死罪は免れねえそうでさ」


 コボルド王が、哀れなほどに肩を落とす。


「ただ捕まれば、の話ですがね」


 にゅい。肩が上がる。


「何でも一人の騎馬武者が若君と侍女を乗せ包囲を抜け、しかも追っ手を撒いたって噂です。その後の行方は、ようとして知れねえようで」

「ランサー卿だ」


 即座にガイウスが呟く。


「ええっ、ランサー卿がですかい? ですが線の細いあの御仁じゃあ、こういう荒事はちょっと無理じゃあありませんかね」

「いや間違いない、ランサー卿だ。私には分かる」


 コボルド王が空を仰ぐ。片方残った彼の瞼裏には、傷だらけになりつつも男児と侍女を連れ駆けていくショーン=ランサーの姿がはっきりと浮かんでいた。


 ……それは根拠無き直感に過ぎなかったが、真実でもある。実際、戦闘の混乱中、老騎士ローザ=ギャルヴィンが幽閉中のランサーを解放し……ケイリーの息子を託し脱出させていたのだから。

 ジガン家の命運尽きたと察した歴戦の怪婆は、自らの命を犠牲に時間を稼いだのだ。


『もしそうならランサーの奴、ここに逃げてくりゃいいのに』

「……いやレイングラス、それはない。先の戦いについて、おそらくあの方は負い目を感じてしまっているだろう。だからコボルド村を新たな厄災へ巻き込まぬためにも、ここへは絶対に来ぬ。ランサー卿は、そういう男だ」

『そっか。そうだな、そうだよな』


 猟兵隊長は背中を丸めて落胆したが、同時に納得もしたようだ。


『ランサーの奴、無事だと良いなあ』

「ああ、何処かへうまく落ち延びて下さればいいのだが」


 ケイリー当人は討たれたため、王室側としても一応の目的は達し面目も立つだろう。追跡の手も、近いうちには緩まるやもしれぬ。あくまで、期待でしかないが。


『そうだな。またアイツも加えて、紳士研鑽会議をやろうぜ』

「うむ……生きていれば、いつかはまた会えるだろう。また、な」


 サーシャリアが「ランサー卿も紳士研鑽会議の一員だったんですか!?」と驚くのを幕引きとして、しばし一同は友人の無事を祈るのであった。


「でもよぉオッサン。ケイリーが死んでジガン家が無くなったなら、俺たちがモメる相手も、もういなくなったってことなんじゃねーの?」


 エモンからの率直な感想だ。


「ああ、そうだな。そうであるといい、な」


 だがそれは願望に過ぎない。ミスリルの秘密がケイリー陣営から他へ漏れていなければ、という希望的観測に則った上での。

 そしてそれが儚い望みであったとは、数秒もせずダギー商会長によって示されることとなる。


「残念だけどよ、エモン。そいつは難しそうだぜ」

「どーしてだよ、ダギー」

「冬の間からフォートスタンズやライボローで必死こいて商人に声かけて、食糧やら物資やらの手配をつけてる奴らがいるのさ」


 首を傾げるエモンを他所に、ガイウスとサーシャリアの顔がにわかに険しくなった。


「規模は分かりますか、ルース商会長」

「間に二、三人挟んで聞いた情報なもので、はっきりとはしませんがね……客は少なくとも千人以上だって噂です。おかげでジガン家があんなになった直後なのに、領都も街も商人たちはちょっとした祭りでさぁ」


 コボルド王と将軍が唸る。


「何だよ、説明してくれよサーシャリア」

「……軍事行動の準備段階だってことよ。軍隊そのものが来る前に先行して補給担当が現地入りして、商人から物資を買い付けたり、集めさせるよう手配をするの。物資を全部本拠地から運んでくるのは、難しいからね」

「マジかよ……なあ、どこのどいつがそんなことしてんだ? ダギー」

「なんでもイスフォード伯爵のキノン家ってとこらしい」

「イスフォード伯が!? どうして……」


 サーシャリアからすれば、驚くのも無理はない。

 コボルド王国にまるで関係の無い地方領主が、はるばる遠征してくるというのだから。


「さあ、流石に俺にはそのあたりの理由は何とも……」


 そもそもルース商会は、西方諸国群から移ってきた新参の商人集団に過ぎぬ。イグリス王国の政治的な裏事情など、知る由もなかろう。


「ただね大将、サーシャリアさん。それでもこの情報にはもう一つ付け加えられることがありまして」


 何でしょうか、と尋ねる赤毛の将軍。


「件の案件の納期ですが……ほとんどが、この春じゅうなんです」


 それはつまり。再びの戦いが、すぐそこまで迫りつつあることを意味していた。

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