221:コボルド討伐軍派兵会議

221:コボルド討伐軍派兵会議


「なぁるほど。それなら今回、辺境伯派閥に声をかけなかった言い訳も立つ」


 歯を剥いて【剥製屋】が納得の声を上げた。


「宰相閣下と違ってラフシア辺境伯は【イグリスの黒薔薇】をズーイブン気に入ってたからなあ。ゴルドチェスター辺境伯の亡き先代だってそうよ。だから逆にこの場合『友誼を鑑みて、討伐を求めるのは忍びなかった』とか、もっともらしい理由が付けられるってモンだ。いやあ大事だよな、武人の情けってのはよ!」


 腕を組み、うんうんと大げさに頷く。


「まあしゃあねえな。そこまで宰相閣下がお膳立てしてくれているなら、オッレも協力するしかねえだろ。昔からアンタには、色々庇ってもらった義理もあるしな!」

「何を言うか。先程より疼いて仕方ないという顔をしておろうに」

「あ、やっぱ分かる?」


 ちろりと舌を出す【剥製屋】。


「……コボルドで剥製を作る気なのか」


 眉を顰めながらそこに割り込んだのは、ザカライアだ。


「おう、それそれ! いやーオッレ、【大森林】の魔獣珍獣も結構扱ったもんだけどよ、そのコボルド族ってのは見たことがねえんだわ。なんだっけ、二本足で歩く犬人間なんだろ?」

「ああ。きっと貴様よりは文明的で、知能も高いだろうよ」

「へぇー、そうなんだ。面白えなー。剥製にしてみてえなあー。どんな姿勢にしようかなー」


 皮肉も通じない。彼の心は既に、【大森林】の見知らぬ種族のところへ飛んでいる。


「ではまず、イスフォード伯の派兵は決まりだな」

「おうともさ。任せておいてくれ宰相閣下。ただ……ただよ、ちょっと聞いておきたいんだけどよ」


 言ってみよ、と【白黒】が促す。


「征討だからよぉ。別に、ベルダラスは殺しちまってもいいんだよな?」

「無論だ。生死は問わぬ」

「死体も、どうしたって構わねえよな?」

「特段持ち帰る必要は無い。処分は現場に任せる」


 それを聞いたオジー=キノンの頬が緩む。


「いやほらオッレさぁ。むかーぁしから今迄、色んな作品を作ってきただろ?」


 この男。口を開けて笑うと、ますます鮫に似る。


「ヒューマンにしても白い奴、黒い奴、褐色の奴、黄色い奴。若いのやら、老いたのやら、小さいのやら、生まれたてやら。それぞれの雄雌に、罪人だったり平民だったり軍人だったり貴族だったり。色々……色々作ったさ。でもよう、でもよう」


 楽しみで堪らぬという、恍惚の眼差しだ。

 その姿に対しザカライアは嫌悪で顔を歪め、【若禿】は目を背け、宰相は眉一つ動かさぬまま眺めていた。


「……『戦争の英雄』の剥製ってのは、まだ作ったことがねえんだよなぁ」


【剥製屋】オジー=キノンが貴族平民問わず疎まれる理由が、これであった。

 この男は鳥獣の猟と、剥製作りを愛している。そして同程度以上に、ヒトを狩り素材とすることも愛しているのだ。

 表向きは流石に無辜の人間を殺しはせぬものの、敵や罪人に対しては平気で行う。

 そしてその罪全てが妥当であったかどうかは、余人の知るところではない。


「ダハハハ! 正直領地なんかどうでもいいってくらい魅力的な話だ! 宰相閣下、アンタ無趣味なくせに、芸術や趣ってモンを理解してるねえ!」


 この悪趣味と残虐性故に幾度も諸侯諸貴族から糾弾され続けてきたものの……長年その都度【白黒の人】が庇い続けてきたため、今日でもオジー=キノンはイスフォード伯爵の地位にあるのだ。

 その積み重ねこそが、【剥製屋】当人に宰相閥たる強烈な自負を持たせていた。


「すまんなザカライア。お前がオッレの家へ遊びに来る約束、また今度の機会にしてくれ! 早速これから帰って、大急ぎで準備しなきゃいけねえ」


 ぐるりと上半身ごと回し、片思いの友人へ謝罪する。


「誰が約束などしたか!」

「ダハハハハ! あと手柄もオッレが独占しちまうかも知れねえけど、悪く思わねえでくれよ」

「フン、思い上がるな。貴様程度に討たれるガイウスではないわ」


 口にしてから、発言の不適当さに気付いたのだろう。

 決まり悪げに顔を逸らし、小さく唸るザカライア。


「討てるんだなぁ、それが。内陸のグリンウォリックと違って、海のあるイスフォードは色々と付き合いが広いのよ」

「何だと?」


 ザカライアが問うものの、鮫人間は勝ち誇るように腕を組み、鼻で嗤うだけ。


「なあ宰相閣下、もう話は終わりだろ? 行っていいか?」

「構わん。だが、グリンウォリック伯と連携はいいのか」

「いらんいらん、イスフォード軍だけで十分だ。大体両軍一度に投入したら、現地で補給を確保しきれねえし指揮系統も混乱するだろ? かといってチマチマ準備を整えてりゃ、素敵な素材たちへ戦力を整える余裕を与えちまう。とにかく戦ってのは主導権を握り続けるのが大事だからな。今のうちから準備して、冬明けの街道を軍で進めるようになった頃合いにはウチは動くぜ」

「分かった。イスフォード伯の良きように」


 相変わらず感情の乗らぬ声で、宰相は【剥製屋】の行動を容認した。


「じゃあなーザカライア! お前の軍が来た時にはもう全部終わってるだろうけど、オッレだけでノースプレインを独り占めはしねえから、安心しろ!」

「誰が貴様の施しなど受けるか!」

「ダーハハハ!」


 上機嫌の鮫人間が、戸を開けて出て行く。


「お、お待ちをイスフォード伯! 鉄鎖騎士団から軍監を出すことになってますので、その打ち合わせだけでもさせて下さいよ!」

「オウいいぜ【若禿】! ただし歩きながらでな! 何せ忙しくなったからよ、ダハハハ!」


 がに股で廊下を歩き去る彼を追い、【若禿】も慌てて退出していった。

 会議室には、ザカライアと宰相だけが残される。


「かくいうグリンウォリック伯は如何かな。今回の出兵要請については」

「も、勿論。勿論お受け致します」


 慌てて答える、ザカライア。


「うむ。イスフォード伯のみで攻めきれず退かねばならぬ場合、後からグリンウォリック伯の軍が到着することは大きいだろう」

「宰相閣下は、イスフォード伯が失敗するとお考えなのですか」

「いいや。何か自信があるようだからな。あれは冗談を好むが、見栄や虚勢の類を張る男でもなかろう」


 それに関してはザカライアも、同意せざるを得ない。

 あれは基本的に素直な男なのだ。他人にも、何より自分の欲望にも。


「……イスフォード伯の言い様にも、理はあるのだ。補給の困難な僻地へ展開も維持もできぬ軍を同時に詰め込むよりも、控えとしてグリンウォリック軍が引き継ぎ連戦するほうが、相手はより疲弊し脆くなるだろう。貴公も、準備期間は欲しいはずだ」


【白黒】がどこまで第四次コボルド王国戦の仔細を知っていたか定かではないが……実際あの戦いが雪で早期に終わらねば、寡兵を常に最大稼働させねばならないコボルド側は、疲弊の果てに敗れた可能性が高い。

 宰相の言は、それなりの説得力をもって聞こえていた。


「と仰ることは宰相閣下、もし……」


 ……もし吾が輩が敗れた場合にも、考えがおありなのですか。


 そう言い掛けて、ザカライアは口を噤んだ。彼の立場では、言えぬ言葉である。

 だが幸い、小声のそれは相手へ届かなかった様子。


「ふむ。ところでグリンウォリック伯。もしあれから戦場を引き継いだとして、【イグリスの黒薔薇】を討ち取れる手立てはあるかな」

「それはっ」


 言葉に詰まる伯爵。

 情動と状況が彼に出兵を承諾させたものの、第三次コボルド王国戦の記憶が蘇るのだ。ザカライア=ベルギロスは傲慢で身勝手な男だが、【大森林】でコボルドらに敗れた現実と過去を無視できるほど無能ではない。

 次回は、あの時を上回らねばならないのだ。


「先の戦、【天使】は使い物にならなかったであろう?」


 まるで心中を見透かすような言に、グリンウォリック伯爵の心臓が跳ねる。


「神が使役したなどという品書きに、あの異形、あの膂力。伯が期待した気持ちは、私にもよく分かる。なのにあの体たらくか、との落胆したのもな。知っているか? 連中の教圏では信仰の偶像故に牛馬代わりに使役する訳にもいかず、かといってその愚鈍を信者に晒す訳にもいかず……出物は止むなく収集し、動かなくなるまで密かに中央教会内で飼い殺しにするのだという。もっとも一部では、高位聖職者が慰み物にもしているようだが」


 笑い話だな、と笑わぬ男は付け加えた。


「伯も思ったのではないか? もう幾分でも【天使】どもが器用に働けば……いや、手足のように動かせる【天使】一体でもいれば、事態を打開できたのではないか、ベルダラスを討ち取れたのではないかと」

「……確かに」

「あるのだ。やりようは」

「何ですと!?」


 目を見開き、声を上げる。


「我々イグリス人は聖人教を信仰してはいないからな、【天使】はただの発掘生物にすぎん。神聖視せぬが故に、あれとあれにまつわるものを分析や研究ができるし、させたこともある」


 王立工廠の技術部には、宰相肝煎りの分室があるのだという。

 ただの噂、与太話と考えていたその話を、ザカライアは不意に思い出す。


「グリンウォリック伯ザカライア=ベルギロス。私は貴公こそ共にイグリス王国を支える英傑だと思っているのだ。望むなら、喜んで力を貸そうではないか」


 光を感じさせぬ瞳に見据えられ、伯爵は唾を飲み込むのであった。

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