コボルド戦役編
218:コボルド村凧揚げ祭
218:コボルド村凧揚げ祭
『わあ、みてみて! たかいたかーい!』
『なによっ! あたしのほうがたかいわ!』
白く染まった【大森林】コボルド村。
寒空に幾筋も昇る糸の先には、軽く柔軟な妖樹を骨組みに布地や樹皮を貼り付けた凧が浮かんでいる。
四角三角菱形鳥形と多種多様なそれには、また思い思いの絵が描かれなかなか賑々しい。
「はっはっは。皆、楽しんでいるようだね」
その様子をより楽しげに眺めるのは、岩塊の如き巨躯のヒューマン。コボルド王ガイウス=ベルダラスである。
トムキャットとの戦いで失った左目は黒眼帯で覆われ、傷だらけの顔とあわせ悪人面をより一層酷いものにしていたが……もし人界に出たならば、眼帯に刺繍された愛らしい肉球模様との不均衡が見る者を困惑させることだろう。
「ですねですねガイウス様! 冬の気晴らしと精霊接待を兼ねた、いい祭りですよね!」
上機嫌な王を見て満面笑顔の半エルフは、コボルド王国の将軍サーシャリア=デナン。
「おいおい、この俺様の提案だって忘れてくれるなよ?」
その横でふんぞり返るドワーフ少年は、今回の発案者でもあるうんこ大臣ドワエモンだ。
精霊の機嫌取りたる祭りはコボルド族にとって必須行事であるものの、冬場にはなかなか催し難いということで、彼が故郷グレートアンヴィル山で冬場の遊びとして親しまれている凧揚げを提案したのである。
思わぬ冬の気晴らしを得たコボルドらは大乗り気で参加、勿論精霊たちも大喜び。
中でも風精霊には特段好評だったらしく、移り気なはずの彼らが凧揚げに適した風を巧みに調整し続けてくれている。
「しっかし凧揚げか……グレートアンヴィルを思い出すぜ」
「あら? 家が恋しくなったのかしら、エモン」
くすくす笑いながら少年の頬を突く、欠け耳の半エルフ。
「ガキ扱いすんな! あんな家に未練なんかねえよ。くっそムカつく姉貴どものとこになんか、帰りたかねえや」
「……? 貴方、旅でお嫁さんを探してグレートアンヴィルに帰るんでしょう?」
「うぐ」
エモンはしまったという顔だけ見せるも問いには答えず、大げさな咳払いで話題を切り替えた。
「いやー懐かしい懐かしい! ガハハハ! グレートアンヴィルじゃあ新年の風物詩って奴でよ、大人も子供も女神様も一緒にやるんだぜ、凧揚げ」
「嘘おっしゃい。何で神様が貴方たちと凧揚げしているのよ」
「は!? 嘘じゃねーよ! ドワーフは嘘吐かねえつってんだろいつも!」
「はいはい、そうねそうね」
「まったく……むしろ俺から言わせれば、会ったことのない氏神を奉ってるヒューマンやエルフのほうが不思議だぜ?」
食ってかかるエモンを「あーはいはい」と再びいなすサーシャリア。
だがそのうちガイウスが両者の肩を叩き、向こうを見るよう促した。
『おい皆! 一旦、各自の凧を下ろせー!』
『そこ、場所を空けろ!』
『ゴーレム馬が走るぞ!』
歓声に包まれ、班分けされた騎馬ゴーレムの集団が轟然と雪原を駆けていく。
さらにそこへ一拍子遅れに吹く、強風。
『『『おおぉ!』』』
ぶわり。
大きなどよめきの中で離陸したそれらは、先程までのものをずっと上回る大凧だ。
精霊支援による的確な強風と、ゴーレム馬による力強い牽引。その二つが適切に組み合わさり、みるみるうちに空へと昇っていく。
各々様々な絵が描かれた大凧が幾つも揚がる壮観な光景を、村人たちは喝采を上げながら眺めていた。
「いやあすごいなあ。人一人くらい、浮かんでしまいそうだ。わっはっは」
自分たちが揚げていた小凧を引っ込めたからだろうか。いつの間にか周囲に集まってきたコボルド幼児らも、王様の真似をして『『『わっはっは』』』』と笑っている。
「オッサンみたいなデカブツならともかく、子供は普通に持ち上がっちまうからな。実際俺ガキの時、女神様の長凧に絡まって宙に浮いたからよ」
エモンの言葉を聞いた毛玉児童が、『『『すごーい』』』『『『かっこいー』』』とエモンに群がりしがみつく。捨てられたコボルド王は、ションボリ顔で情けなきことこの上ない。
『『『ねえねえそれでどうなったのー!?』』』
「おう、普通に顔から落っこちたぜ……ドワーフじゃなかったら死んでたな」
『ひぇっ』
『こわーい』
『それでそんなに、おはながつぶれたようなおかおなのね』
『エモンおにいさん、おかわいそう』
『あわれあわれ』
『『『よしよし』』』
無邪気で残酷な慈しみ。
怒る訳にも叩く訳にもいかず、ドワーフ少年は顔を引き攣らせることしかできぬ。
「ほ、ほら皆、王様もお顔が傷だらけだよー? ほら、ほらー?」
地に膝をついて自らの顔を指さしながら、そこへ割り込むコボルド王ガイウス=ベルダラス。
まったくもって実に大人気ない、嘆かわしき姿だ。地獄の五年戦争で【イグリスの黒薔薇】と恐れられた怪物の偉容は、そこには最早感じられぬ。
『『『おうさまよしよし』』』
だがコボルドの童は純粋で優しかった。何といういたわりと友愛か。
彼らにびっしりよじ登られ、王様はご満悦である。
「ほんっとに馬鹿だなこのオッサンは……ん? どうしたんだサーシャリア?」
ガイウスが毛玉の異形へ変貌しつつあるのを他所に、欠け耳の半エルフは何やら思案顔だ。
「精霊支援を受けることで、安全で壮観な祭りを実現……凧作りから家族連れも楽しめて……【大森林】原産の材料を用いたコボルド村ならではの凧は、記念のお土産にもなる……」
「……おい」
「コボルド村凧揚げ祭り! 冬場に限らず、これは観光資源に使えるわよッ! いい! いいわね! いけるわッ!」
「まだソレ諦めてねーのかよ!」
眼鏡を盛んにクイクイ動かし興奮するサーシャリアに、呆れ顔のエモン。
「何言ってるのよ! 観光立国、そう簡単に諦めてたまるもんですか!」
「お前ってホント逞しいよな……なあ、オッサンも少しは見習ったほうがいいぜ」
半エルフとドワーフが揃って視線を移すと。
『もよおしてきた』
『あらむずかしいことばしってるわね、あたしもよ』
『ぼくも』
「ああーっ!」
『おうさまがうろたえるから、あたいずりおちそう』
『おうさまのかみのけをつかめばいいのさ』
『なるほど! ぐいっ』
「あああーっ!」
『ねえ。あたまのうえのほうって、なんだかけがすくなくない?』
『そうだねさびしいね、わびしいね』
『あわれあわれ』
「ああああああーっ!?」
ワイワイガヤガヤ。ほんの短時間目を離しただけで、国王陛下は大惨事の渦中だ。
戦場でどんな強敵も上げさせたことのない悲鳴を、小さな反逆者たちが一挙手一投足で欲しいままにしている。かつてガイウスと剣を交えた好敵手らがこの惨状を目にしたなら、きっと無念の臍を噛むことだろう。
「ちょっと貴方たち! 王様をいじめちゃ駄目って、いつも言ってるでしょ!」
『『『えー』』』
目を三角にした将軍が、毛玉を一つ一つ剥がしていく。
大臣は手伝いもせず、溜め息を吐き首を振っていた。
「……あらやだこの子、何だか濡れてない?」
『しっこもらしたて』
「いーーやーーー!?」
雪で外界と遮断された王都コボルド村。
今のところだけはまだ、平和であった。
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