214:嘘吐きめ

214:嘘吐きめ


 バチィン!


 回避運動をしながら放たれた魔素が、それぞれ背後の木を激しく叩く。

 すぐさま木の幹を盾にした二人は再び詠唱を行い、飛び出しざまに第二射が交わされる。

 空気を裂きながら飛ぶ魔弾はまたも狙いを外し……一発は茂みへ、もう片方は地面へ突き刺さっていた。そしてまた、樹木に身を隠す対決者たち。


「……癪に……障る……」

「ケーケケケ」


 何度か射交しつつ詰められる距離。至近となれば、攻撃魔術の出る幕ではない。今度は剣の出番である。

 飛び込むように突き出されたダークの片刃剣ハンガーを、こちらもまた敢えて踏み込み盾で払うアッシュ。小型盾剣術の中でも、特に足捌きの巧みさが要求される対刺突防御技だ。

 美剣士はさらにそこから反撃に転じ、即座に剣先をダークの脇腹目がけ突き込む。が、彼女は外套を翻しながら前転回避。身を起こしつつ跳躍し、距離を再確保する。


「……どうした……その程度か……なまじ左手が……魔杖で塞がれたから……この間のような……小細工もできまい……クフフ……顔色も……悪いぞ……?」


 ロウ……アア……イイ……

 バシュウ!


 再射撃戦。なれど双方が動きと樹木で照準を躱しているため、命中はまたも無し。


「ケケケ! なぁーに。清楚で可憐なダークちゃんとて、この歳になると化粧は欠かせませんでしてな! まぁただ今日は、白粉が少々過ぎたやも? しれませぬ?」

「……クフフ……確かに……年を取ると……むしろ女の方が……肌の張りは……悪くなるものだからな……」

「……お前、全世界の女性から棍棒でボコボコに殴られるといいでありますよ」


 バシュウ! バガン!


「……北方諸国では……首級を獲った相手への……無礼にならぬよう……戦の前に……紅をさす……風習があると聞く……」


 バシュ、バシュ!


「……それに……倣ったか……? ……クフフ……良い……心掛けだ……」

「お前こそ、その精神を見習って尻を綺麗に拭いておけでありますよ」


 ババシュ、ヒュン、ガキン!


 撃ち合いから打ち合いへ移行し、十数合を経てまた離れる二人。しかしそれは、ダークの方が距離を取ろうとする動きだ。

 元々決闘に強い小型盾剣術相手に加え、アッシュの技量は相当のもの。やはり剣戟となると、片手のダークでは力勝負でも手数でも後れを取っている。

 確かに魔杖を持ち込んだおかげで、遠距離戦となればようやく五分だが……陣地付近ではないため遮蔽物が多い場所故に、一対一の射撃程度では距離も詰められやすい。不器用なトムキャットが散々罠を動作させ通り抜けた経路でもあるから、めぼしい仕掛けももう期待できぬ。

 誰がどう見ても、黒髪の女剣士は劣勢でしかなかった。


 繰り返され、繰り広げられる射撃と剣戟。追い詰められていくダーク。

 ……そして決着は、とうとう訪れる。


 片手剣術【舵の構え】から突きに移ったダークの剣は、バックラーで受け流された上で奪われたのだ。

 避けずにむしろ息がかかるほどに大きく踏み込んだアッシュは、女剣士の腕へ自分の右を絡め、ぐるりと捻る。その回転でダークの手からは剣が離れ、地に落ちた。

 本来は小型盾剣術同士で相手の盾をもぎ取る技の、応用である。


「くっ!?」


 ロウ……アア……イイ……


 バックラーの横殴打をブリッジから後転で回避しつつ、ダークがマジック・ミサイルの詠唱を行う。柔軟で優れた体術、そして素早い状況判断からのものだ。

 それが体勢を立て直しと同時に、射撃を狙っているというのは一目瞭然であった。不利を承知で魔杖との二本持ちをした以上、この状況では当然の反撃方法なのだから。


「……馬鹿め……」


 なれどアッシュがそれを許すはずもない。

 さらに踏み込んだ美剣士は予詠唱(プレキャスト)を終え照準中の魔杖を剣で弾き飛ばすと、加えて蹴りを叩き込む。

 避けきれぬダークの身体は、今度は自発的なものではない後転で数回転した後に仰向けになってようやく停止し……剣も魔杖も奪われたその身体の上へ、剣を向けたアッシュが跨ぐように立ったのだ。


「……これで……決まったな……」


 最後の一撃が来る、という恐れからだろうか。外套で顔を隠すような仕草を見せる黒剣士へ……鉛色の髪を揺らしつつ、アッシュは告げるのであった。


「……さようならだ……ダーク……」



「「「た、退却ー! 一時退却ーっ!」」」

『『『何度来ても同じだぞ! ばーかばーか! もひとつばーか!』』』


 撤退するノースプレイン軍へ向けて、コボルド族最大級の悪罵を浴びせる毛玉の兵隊。この陣地にこの日第三波となる攻撃を退け、戦士らは意気軒昂である。


「オホホホ、やりましたわねエモン! 見て下さいました? ワタクシの名射撃を」


 ばしゅんばしゅん! と模す仕草を見せた後にクルクル魔杖を回転させ、勝ち誇るナスタナーラ。

 戦果で何か勝負でもしていたのだろうか、横のドワエモンはご機嫌斜めだ。


「なあナッス。何でお前魔術得意なのに、今回の戦いからは魔杖を使ってんだよ」

「え? だってこの方が楽ですもの」


 どうしてそんな当然のことを、という顔で伯爵令嬢は首を傾げた。


「は?」

「……貴方魔法先進国のグレートアンヴィル出身のくせに、全然勉強していませんのね」

「うるせー! ドワーフは清い身体のまま三十歳にならねえと、魔術も呪術も魔法も使えねえんだよ! そんな運命になりたくなんかねえんだよ! 知らねえよ!」


 一発脇腹を小突き、一発頭を小突き返される。


『ちょっとエモンもナッスちゃんも、ちゃんと見張ってろよ!』

『そうだそうだ! まだ戦闘中だぞ』


 負傷捕虜を収容作業中のコボルド兵から、小言が飛ぶ。

 二人は漫才を止めて、肩を竦めていた。


「……そうですわねえ。ほら、エモン。横に線を引く時って、貴方だって別に定規を持っていなくても無手で書けますわよね?」

「まあな、そら書けるさ」

「でもあった方が楽だし毎回毎回綺麗に書けますわよね? それと同じですわ」

「そんな問題なのか……」


 頷くナスタナーラ。


「ですわですわー。ただ、実際問題として魔杖は高価でしょう? ですので、無手で攻撃魔術を放てる魔術師が魔杖を持つことはほとんどありませんのよ。そんなことをするのだったら、魔術の素養や修行経験が無い方にお渡しして魔杖兵を一人でも増やす方がずっと効率的ですもの。これまでの状況だったら、ワタクシも使ったりしませんわー」


 然り。そもそもナスタナーラが魔術士育成の研究に励んでいたのも、実家たるルーカツヒル辺境伯ラフシア家の魔術戦力を、戦略資源ミスリルの制約無しに増やすためなのだ。


「あーなるほど。でも今のコボルド王国は魔杖に困っていないから、お前も遠慮無く使ってるってことか」

「そういうコトですわー。だからほら、ダークお姉様だってそうでしょう?」

「は? 何で姐御が?」

「あれエモン、知りませんの?」


 だから何がだよ、と唇を尖らせるドワーフ少年。


「うーん……騎士団時代のダークお姉様が、ワタクシに解呪の手解きをお願いしてきたことがありましたの、ご存じ?」

「あー、何かサーシャリアがそんなこと前に姐御と話してた気がするな。オッサンの顔の落書きを消したいんだろ?」

「そうそう団長のお顔の印をね。まぁあれは魔術と呪術の複合印ですので、呪術部分はお姉様が手出しできなくても、魔術部分だけ書き換えるなり解除すれば効果を保てず消えるはずだとお教えしましたの」


 団長を拘束して三日三晩くらい続ければダークお姉様でもどうにか、と付け加えるナスタナーラ。


「ひでえ話だけど、だから何だ。話が逸れてねえか?」

「んもうエモンは本当に物分かりが悪いですわね。あ! 今貴方蹴りましたわね!?」


 新たなの悶着は、またまたコボルド兵の小言で終息する。


「……でナッス、どういうことだよ」

「だーかーらー。印を刻むにも解くにも、それに対応した素養が必要なんですの! だからワタクシは、お姉様にお教えしましたのよ」


 なおも首を傾げる友人に、ナスタナーラは嘆息を吐き出しながら続けた。


「ダークお姉様は元々、魔術の素養をお持ちなのですわ」



 バシュウ!


 黒い外套を内側から突き破ったマジック・ミサイルはアッシュの鎖帷子を斜めに貫通し、その臓腑を穿った。至近から狙いを定められた、致命の一発だ。


「……おごっ……!?」


 呻きと共に背から倒れるアッシュ。数呼吸を経て、その口からはごぶりと血が溢れる。


「……どう……して……だ……魔杖は……奪った……のに……」

「いやぁー。魔術はやっぱり自分は不得手でありますな、お手々が実に痺れる痺れる。斬るなり短剣を投げるなりした方が、余程話も早いし性に合っておりますよ」


 ゆっくりと身体を起こしながら、黒髪の剣士が言う。


「……で、ありますが。今回ばかりは、この不得手が役立ったようで」


 ダークは「魔杖で詠唱した」と見せかけ、実際は外套の下で「彼女自身が詠唱していた」のである……後転に加え、化粧を厚くした顔をさらに外套で隠すことで、体内魔素錬成が血管に浮かばす仄かな輝きをも隠して。

 だから魔杖を失っても、彼女はマジック・ミサイルを放てたのだ。


「……そうか……お前……魔術を……使えるのを……隠して……いたのか……」

「いや別に隠していた訳でも。知ってる仲間は知ってるでありますよ。魔杖を持っていれば素養が無いという固定観念に、敵のお前が勝手に縛られていただけでありましょう?」

「……前回……どうして……使わなかっ……た……?」

「さっき言ったでしょう、不得手だって。半端な素養があるだけな故。手は痺れるわ疲れるわ隙は大きいわで、自分程度だと白兵戦に使うのは危険性の方がずっと高いンでありますよ」


 ずれた鍔付き帽を直しつつ、語る。


「そもそも普通の魔術師だってお前みたいに、チャンチャンバラバラしながら攻撃魔術に集中できるほど器用ではありませぬ。王国(うち)だとナッスくらいですかな……ああ、その辺の達者はやっぱりお前、自慢していいでありますよ、ケケケ」


 蛙の鳴き声。


「……素養自体に気付いたのは十五、六のあたりでしたかね。ただ周囲に明かしたのは、騎士学校を卒業して配属が決まった後でありますが。なまじっか魔術の素養があると分かれば、騎士になれたとしても風潮的に魔術関係の道や配属先を望まれる可能性が高かった故」

「……どうし……て……」

「まぁ魔術の使えぬ平騎士の方が閑職の鉄鎖騎士団……あの人の近くに居やすかろうと、当時の自分は考えたのでありますよ。今考えれば、あまり関係はありませなんだが」


 剣を拾いながら応じるダーク。


「アッシュ、お前の方こそであります。これだけの魔術才能があれば……」

「……フン……魔術だけ……じゃない……俺は……呪術まで……手が届く……」

「だったら尚更であります! 別にわざわざこんな生き方をせずとも、呪術の素養があれば技術者として幾らでも安寧の生き方があったでしょうに」


 かつての仲間からの問いに、美剣士は小さく呻き……しばし置いた後に答え始める。


「……そんなもので……愛……は……手に入らない……」

「愛? ルクス=グランツの、でありますか?」

「……あ? ……ああ……あれは……まあ……好みだが……駄目だな……クフフ……」


 弱々しく嗤う。


「……あれの心は……ずっと……アマーリエとかいう……女に……捧げられている……俺は……俺を……愛してくれる……ヒトが……欲しかった……んだ……」


 咳と共に溢れる、血泡。

 相当の苦痛にも語りを止めないのは、もう最期と分かるためだろう。


「……俺には……あの男の……不老の……呪いが……必要だった……永遠に……美しく……あり続けるために……」

「それと愛に、何の関係が?」


 虚ろになりつつある瞳が、歩み寄る旧友を映す。


「……親に捨て……られ……喉が……潰れた後の……俺は……教会でも……あの館でも……美しいから……生きていることを……認められた……俺は……美しかったからこそ……愛されたんだ……」


 黒い髪が、小さく左右に揺れた。


「だから……ずっと……美しいま……までいられれば……いつかは……今度こそ……俺を……心から……愛し……満たして……くれる……者にも……巡り会える……だろう……と……ぶぐっ」


 その脇へ女剣士は、静かに膝をつく。


「馬鹿なアッシュ坊や……愛されることだけに囚われ、満たされることだけに取り憑かれて。そうやって得るものを、果たして愛と呼べるでありますか。そんなものは美術品の美しさや、役立つ道具に対する印象でしょうに」


 左掌がそっと、倒れた旧友の頭を撫でた。


「もしお前が自分で誰かを愛していたなら、世界は変わって見えたかもしれませぬな……」


 口にしてから後悔したのだろう。目を逸らし、苛立つように舌打ちするダーク。

 一方美貌の剣士はその言葉を聞き。瞼を閉じ、得心したように息を吐いている。


「……なるほど……そうか……そうだな……お前は……ちゃっかり……そういう生き方を……見つけていたのか……狡いな……ああ……本当に……狡い……」

「ケッ! だーかーらー、そういうモンじゃありませぬよ。自分のこれは、義理とか償いとか弁済とかそういう類で」

「……クフフ……この……嘘吐きめ……ごぶっ」


 とうとうここで、限界が訪れたのだろう。

 アッシュは血を吐きながら苦しげに嗤うと、顎を小さく動かして相手へ行動を促した。

 ダークもそれに応じ、外套内から取り出した短剣を逆手に持ち上げる。


「……さようなら、アッシュ」

「……ああ……さようなら……嘘吐きで……狡い……ダーク……」

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