208:杖剣突撃

208:杖剣突撃


 あぉぉぉぉん


 その陣地を守る支隊約五十名は皆、森全体が吠えるかのような錯覚を抱いたという。そして同時に、誰もにコボルド兵の襲来を予感させたのであった。


「来るぞ、迎撃用意! 初回射撃は合図を出すまでしっかりと待てよ!」

「「「はい!」」」


 支隊隊長を務めるマニオン家の年輩戦士が、魔杖持ちや魔術兵へ指示を飛ばす。

 陣地と周囲で煌々と焚かれた篝火。その照らす範囲へ敵が侵入する前に撃ち始めては、効率が著しく落ちるからだ。


「射撃用意!」


 ロウ……アア……イイ……


 合図と共に上がる魔術詠唱。

 魔素の釘や弾丸を体内や魔杖内で練り上げ、発射寸前で止める兵たち。魔術戦闘の基本技術、予詠唱(プレキャスト)である。後は現れた標的に狙いを定め、マジック・ボルトを放つだけの即応態勢だ。


 ザッザッザッザッザ。


 闇の中より迫る、土と葉と枯れ枝を踏む足音。

 今か今かと皆が息を飲み、目を剥き注視していた……その刹那だった。


 びゅおおおおおお。


 ヒューマンらを襲う、猛烈な突風。

 それは兵を怯ませたのみならず、全ての灯火を吹き消したのである。


「「「うわっ!?」」」


 普通なら、全篝火と松明が失われるなどまず有り得ぬだろう。

 これは勿論、コボルド村の年若いシャーマンらがクタクタになるまで踊り、精霊の機嫌を取った成果に他ならない。そうして風の精が器用に、丁寧に火を消してくれたのだ。


「何だこの風!?」

「み、見えない!」


 ザザザザザ!


 先程よりもさらに近く迫る足音。

 どんどん、どんどん大きくはっきりと。


「いかん! 撃て!」

「ど、何処をですか!? 真っ暗です!」


 篝火に目が慣れていたヒューマンたちは、一瞬で闇に包まれたため暗順応が叶わない、間に合わない。


「どこでもいいから撃て! すぐ白兵戦……ぐわぁぁっ!?」

『ぐるぅぅ!』


 そして恐慌状態のそこへ、杖剣を持ったコボルド兵約百三十名が殺到したのである!


「ぐえっ!」

「ぎゃっ!?」


 一方的と言えよう。

 ヒューマンらは視力も回復せぬままミスリルの刃で突かれ、貫かれ、斃れていく。

 あるいは支隊総員がかつてのようにマニオン家精鋭のみで構成されていれば、ここまで混乱せずに済んだかもしれぬが……寄せ集め兵が大半では、望むべくもない。


「き、貴様ら小さな獣風情が……げぼっ」

『ぐるぉぅ』


 加えて、ヒューマンには重大な誤認があった。

 確かに以前のコボルド兵であれば、近接戦闘なら数人がかりでヒューマン一人と換算するのが妥当だっただろう。

 だがミスリル装備や優れた練度、そして極めて高い士気を備えた妖精犬戦士の戦闘力は、むしろ白兵においても一般ヒューマン兵を凌駕するのだ。さらに言えばコボルド兵は皆が杖剣格闘訓練を積んでおり、槍兵と魔杖兵の区分はコボルド王国において既に存在しない。


「う、うああああ!」


 塹壕から追い立てられたヒューマン兵が、我先にと闇の中へ逃げていく。

 この支隊は迎撃を封じられ混乱状態、その上で戦闘力も兵数も上回る相手に強襲されたのだ。潰走しないほうが、おかしいだろう。


『おうお前ら、深追いするなよ! 逃げる奴は逃がしておけ! これも嬢ちゃんの作戦の内だからな』

『『『あいよー』』』


 こうしてマニオン隊の陣地五カ所のうち三カ所が連続して襲撃を受け、崩壊した。

 さらにそれ以上の打撃として。

 木々の向こうに見えていた味方の篝火が、遠吠え毎に消えて二度と灯らぬ有様は……残るマニオン隊兵士の士気までも、大きく挫いたのである。



 隊員へ活を入れるロードリック=マニオン。


「狼狽えるな! 気を抜くな! これだけの人数を再編したのだから十分凌げる!」


 篝火を頼りに逃れてきた支隊の敗残兵が加わったため、現在マニオンの陣地には本来の倍……百近い人数がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 もう一つ健在な陣地はさらにコボルド村寄りの奥にあるため、陥落した三陣地からは最も手近なここに集まったのだろう。


「朝まで持ち堪えれば味方の援軍が来るのだ! そうすれば我々の勝利は疑いないッ!」


 だが、皆の士気が回復するはずもない。

 数字上倍と言えば聞こえはいいが、実情は戦意を完全に失った人間が増えただけなのである。実数は数字として最早機能しないことを、兵の心情を軽視するマニオンは理解できていない。

 器の縁までなみなみと注がれた恐怖。これが溢れるまでにはあと一滴だけでよく……そしてその滴は、すぐに落とされた。


 あおぉぉぉぉん。


「うわあああああああ!」

「お、おい落ち着け!」


 突撃前に、わざわざ知らせるような遠吠え。

 それを何度もコボルドらが行ってきた理由が、明かされたと言えよう。三陣地の敗残兵を追撃せず、マニオンのところへ逃げ込むのを放置した訳も、だ。

 そろそろ風精霊の支援も限界に達すると予測していたコボルド側は、士気崩壊で防御を崩すよう、算段を立てていたのである。


「馬鹿、陣地から出るな!」

「助けてくれえええ」


 半狂乱になって、塹壕や防壁から飛び出し逃走していく兵。

 そこへコボルド軍が魔杖射撃の斉射三連……魔杖性能の向上により三連射後も保持可能な熱に収めたもの……を浴びせたことで、陣地の士気は完全に崩壊したのである。

 斉射自体が威嚇で命中もほとんどが防壁や土嚢に対してだが、その威嚇自体が寄せ集め兵の心を叩き折った。


「い、嫌だあああ」

「俺だってもう耐えられねえ!」


 多少気骨のある者でも、周囲の大半が潰走を始めれば踏み留まるのは難しい。マニオンや古参兵が怒鳴りつける中、雪崩をうって兵らは闇の中へ駆け出していく。

 そこへ、コボルド軍が殺到したのだ。


「若! お逃げ下さい若!」


 応戦しつつ主へ呼びかけるマニオン家郎党。


「この私に、二度までも犬相手に逃げろというのか!」

「ここは退いて、テレンスの陣地へ! 生き延びて復讐戦の機会をお待ち下さい!」


 屈辱に歯ぎしりするマニオンであったが……数秒の逡巡を経た後、抜き身を携えたまま踵を返し、走り出した。

 しかし。


「おおっと逃がさねえぞ! そのエラソーな感じからして、テメーが大将首だな?」


 その行く手に、小柄な人影が立ち塞がったのである。

 コボルドではない。やたらにずんぐりむっくりとした体型だが、ヒトに近い輪郭の者だ。


「く、邪魔するか! 何者だ下郎!」

「俺の名はドワエモン! ドワーフ族のドワエモンよ!」


【右雄牛の構え】にて対峙する、少年戦士。

 その向こうでマニオン家郎党相手に剣を振るっていた蛮族風の女戦士が、「ソイツは任せましてよエモン!」と叫んでいた。ドワエモンもおうよ! とそれに返す。


「さぁて……ガイウス=ベルダラスの一番弟子にして、コボルド王国重鎮の大臣たぁ俺のことよ! これからテメーを叩きのめしてやるから、覚悟しとけオラァ!」

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