206:騎兵

206:騎兵


 昨日決まった作戦通りに、ノースプレイン軍は動いていく。

 東部……右翼端に寄せられた前線戦力は囮として攻勢を強め、そして激しい抵抗に遭っていた。それはつまり、陽動の成功を意味している。

 そしてその間隙を衝き、マニオン隊が戦線最西部から【緑の城】へ殺到したのだ。


「よし、いいぞ。やはり私の策通り、西部は手薄になっている! かかれーっ!」

「「「おおーっ!」」」


 やはりロードリック=マニオンという貴族騎士は、情報の分析と活用に長じていると言えただろう。

 彼の読み通り、コボルド側は戦力のほとんどを東部戦線へ回しており……西部には申し訳程度の戦力しか配されていなかったのである。

 加えて、マニオン隊が突破口に選んだ戦線最西部は現在の主戦場からは物理的な距離がある。もし仮にコボルド側が応援を割いたとしても、その到着までにはかなりの時間的猶予が確保されるだろう。

 発見、情報の伝達、思考、決断、指示、編成、移動。兵が動くための過程、その全てには時を要するのだから。


「敵の抵抗は微弱だ! 素早く罠を潰せ! 魔杖兵は援護射撃!」

『さ、下がれー!』

『ひえええ』


 どれほどの罠や障害物があろうとも、そこに十分な防御人員がいて的確に妨害を行えなければ、それは戦闘というより作業に近い。マニオンは自家の古参常備兵を指揮官として班を複数編制することで、遊兵を作らず最大効率の飽和攻勢でコボルド側の西部を攻め上げていった。

 ただでさえ少ない西部の妖精犬は、それら全てを足止めすることなど到底叶わず……後退に次ぐ後退を強いられ、陣地は奪われ、戦線も大きく食い破られていく。


 順調である。マニオンの思惑通り、順調の一言だ。

 この進捗具合であれば、当初の目標を上回り日没までに村の草原へ辿り着くことすらあるだろう。


 だがその期待はあと一歩というところで阻まれる。

 予想外の一撃が、叩き込まれたのだ。



 だかだっ だかだっ だかだっ だかだっ


 行く手を塞ぐ無人陣地に近付くため、罠除去作業を行う二十名弱の班は……その響きで一斉に顔を上げ、そして互いを見合わせた。


「なあ聞こえたか?」

「ああ、聞こえてる。でも何だこれは、地鳴りか?」


 音は今も、どんどんと大きくなり続けていく。

 聞き覚えのある、それでいて聞こえるはずの無い音。

 その矛盾が、彼らの認識と警戒を著しく遅らせた。だからそれが視界に入った時、皆は硬直にも似る混乱に陥ったのだ。


『親衛隊、突撃(チャーーージ)!』


 騎兵である。ウッドゴーレムの馬を駆る、コボルドの騎兵。

 槍を携えた三十名ほどの騎兵集団が、あろうことか木々の間を全速で走り抜け迫ってくるではないか。


『牙と共にィッ!』

『『『牙と共に!』』』


 ……東西戦場の距離と時間。それで間隙を作り出した、マニオンの目論見は基本的にはやはり正しい。

 ただしそれは毛皮の伝令が走って情報を伝え、そして妖精犬らが徒歩で戦場を移動した場合という、ごくごく常識的な分析に基づいてのことなのだ。

 ギリギリまで東部で戦っていた最精鋭部隊がゴーレムの馬に乗り、高速で森の中を駆けつけてくるなど。まさに、想像の埒外であった。


「う、うわあああ」

「嘘だろありねえ!」

「狼狽えるな! 逃げる方が危険だぞ!」


 班長が怒鳴ったが、無理というものだろう。

 槍騎兵の突撃は、歩兵にとって脅威であり恐怖なのだ。加えて今回、兵の大半はマニオン家が長年かけて育てた精兵ではなく、掻き集めた雑兵で水増しされている事情もある。

 森中の戦闘を想定した兵たちには、対騎兵用の長柄武器など当然持たされていない。陣地も障害物も塹壕も迎撃準備も無い魔杖兵と剣歩兵が、衝突寸前の騎兵……それも多少のことでは怯まぬゴーレム騎兵に対し為す術など、一体どの程度あることか。


「木を盾にぐあっ」


 班長の職業戦士が、走力の乗ったミスリル騎兵槍で胸甲ごと貫かれる。仕留めたのは、先陣を切っていた親衛隊長ブルーゲイルだ。あの突撃の最中で瞬時に敵指揮官を見極め討った技量は、流石は王国屈指の戦士と言えよう。

 そしてブルーゲイルは槍を手離すと、今度はミスリルサーベルを抜刀。勢いを殺さぬまま、既に恐慌状態と化したヒューマンらの背へ向け追撃の刃を振るい始める。隊員たちも同様にして、侵略者を次々屠っていく。

 こうして二十名弱のヒューマンらは瞬く間に貫かれ、斬られ、踏まれて崩壊し。ほとんどが、森中に屍を晒すこととなった。


『深追い不要ッ! 再編! 再編急げェッ! 次へ行くぞォゥ!』

『『『了解!』』』


 コボルド親衛隊は勝ち鬨を必要としない。彼らは自身の役目を冷静に理解しており、その気は常に最高潮だからだ。

 騎兵槍を回収した一同はすぐに駆け出すと別の敵先鋒へと向かい、これをも強かに打ち据えた。先程と同様に突撃で敵を崩し、追い散らし……馬上用に短く設計された専用魔杖で、何と騎射まで行ったのである。

 短期間にここまで練度を高めるために、彼らは果たしてどれほどの努力をしたのだろう。それを苦労と漏らす親衛隊員は一人としていなかったが……防具に隠された傷だらけの全身だけが、その過酷さを物語っていた。


 ……かくしてマニオン隊の先鋒を務めていた四班合計六十五名は、もれなく親衛隊に各個撃破されたのだ。少数の敗残兵だけが、這々の体で後続部隊の元へ逃げ戻ったという。

 そしてその報告はロードリック=マニオンに、今日これ以上の前進を断念させた。

 日没までの時間を考慮した彼は、飽和攻撃のため分散させていた各隊を呼び戻すと……未だ二百名以上残る戦力を要所数点に集約して、後方からの経路を一本に確定。以降のマニオン隊は夜まで既存陣地に手を加えたり塹壕を掘ることで、維持防衛のみに専念していくこととなる。


 このようにしてコボルド側は、親衛騎兵隊というとっておきの機動打撃部隊を投入することにより、【緑の城】西部の崩壊を寸前で防いだのであった。

 もし軽々と騎兵戦力の存在をこれまでに明かしていたならば、ノースプレイン側にも何かしらの対策を施され……この綱渡りの防御は、ここまで上手くは回らなかっただろう。


 だがここまでしても、マニオンたちの意図を挫いたことにはならない。

 そもそもこの作戦は【緑の城】地帯を可能な限り突破し、翌日以降に増援のノースプレイン部隊が浸透する亀裂を作るのが主目的なのだ。早々に強行進撃をマニオンが諦めたのも、そのあたりにある。

 既に【緑の城】深くまで侵入したマニオン隊は、防御を厚くし翌日の増援を待つだけで良い。明日になれば経路を通って後方や他戦線からの増援が到着し、戦いは最終局面を迎えるはずだ。無論、戦線を食い破られた防御側に極めて厳しい形で。


 つまりコボルド王国軍は……守りを固め待ち構える二百数十名のヒューマンを、朝までに排除せねばならないのであった。

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