205:増援のマニオン
205:増援のマニオン
五日目。
ギャルヴィンの危惧した通りノースプレイン軍は【緑の城】各所で退けられ、進めたとしても、部隊一つが一日かけて陣地一つ抜けるかどうかという有様であった。
戦線が森の奥へ向かうほどに、拡大した自軍領域を維持するための人員は多く必要とされる。皮肉な話だが、戦線が進むほどに前線の圧力は弱まるのだ。本来は元々の物量がそれを補うはずであったが、予想を上回る損失がその目論見を挫いていた。
そのためノースプレイン軍司令部はやむを得ず本陣から兵二百を割き、翌日からの立て直しを期待して前線の補強を行うこととなる。
しかしそれでも、六日目の戦況は好転しなかった。コボルド側は巧みに戦力を移動・集中させ、この日もノースプレイン軍に遅滞を強いたのである。
特にレイングラス率いる猟兵隊の働きは目覚ましく……腰縄一本で樹上の狙撃手と化す森の狩人たちは、陣地攻略中の侵略者へ上方後方から魔杖射撃を浴びせかけ、そして朝から夕方まで各所を転戦し続けた。
貴族や騎士を集中的に狙う手法も功を奏し、指揮官を失った侵攻部隊が戦力十分のまま停滞、撤退する例も複数確認されている。
また、ガイウスの助言を受けたサーシャリアが、ノースプレイン一般兵の心理へも巧妙につけ込んだ。
戦線後退による拠点放棄の際に、時折魔短剣を隠しておくという工作を四日目から行わせていたのである。
前線で噂が広まったミスリル武具を密かに手に入れようと、末端の兵はあれこれ理由を付けて占拠陣地で戦利品漁りをしたがるようになり……サボタージュに時間を食われた結果、その日はもう一枚攻略に移るだけの余裕を無くす事態も発生した。コボルド側はそれに乗じ、無人の陣地で時間稼ぎをする例すらあったのだ。
日々衰えていく士気と勢い。ノースプレイン側による短期決戦の目論見は、完全に潰えたと言えよう。
……しかしギャルヴィン老とて、手をこまねいていた訳では無い。確かに彼女は短期決着を目標としたが、同時に挫けた時へも最初から備えている。それが第八次まで計画された過剰にも思える増援計画であり、そして中止命令を受けぬ後発組は手配通りに動いていた。
本来、水運も無く道も貧弱な辺鄙極まりないこの地で兵数が増えれば兵站が破綻しかねぬが……幸か不幸か、いや不幸にも現地の人数はあまりにも大きく減っている。
六日目夜の時点で、再起組を除くノースプレイン本軍の損失は死者百八十三名と負傷者二百三十四名。合計四百十七にも及んでいたからだ。
七日目に到着したロードリック=マニオンの隊は、それを補う増援の第一波であった。
◆
「三百名とは驚いたね……マニオン家に課した兵は百だったのにさ」
司令部天幕にて、跪く若い貴族騎士へ語りかけるギャルヴィン。
昨年秋のコボルド討伐失敗……コボルド側で言う第二次王国防衛戦……でマニオン家が抱えていた将兵は大きく損なわれており、その後のノースプレイン内戦でもさらに損失を重ねていた。百はそういった事情を考慮しての数字なのだ。割り当ての三倍という数字を実現するために、家が傾きかねない無理がなされたのは想像に難くない。
これは見栄や功名心というよりも、マニオン家が、いや嫡男ロードリックがコボルドらへいかに執着しているかという証左であろう。
「はっ! 不遜ながら……この私めに土を付けたあの【欠け耳】は、たとえギャルヴィン卿でも手を焼くおそれがあると考えておりました。その状況を打ち破るためには、我が家の精鋭が必要になるだろうとも」
反コボルドの急先鋒たる彼が後発に甘んじたのは、ギリギリまで一兵でも多く掻き集めて【欠け耳】と【イグリスの黒薔薇】を叩き潰すためだったに違いない。自らを、決定打として。
「不遜だし、無礼だねえ。それに本来であれば、勝手な増員は補給を圧迫するから御法度だけど……でも今回、お小言はナシだ」
「ははっ! 有り難うございます!」
ギャルヴィンはマニオンにこれまでの経緯や戦況を説明すると、翌日に向け休息を促したのだが。
「お待ち下さい、ギャルヴィン卿。それよりもこのマニオン、現在の状況をこそ逆用して戦線を押し上げられる策がございます」
若騎士の瞳には、自信の光が湛えられている。
「言ってみな」
「主力を定めて、そこから一点突破を図りましょう」
「……さっき教えただろう? それを数日前にやったら赤毛ちゃんに読まれて、待ち構えていたコボルド共から痛い目に遭わされたよ。だから今は、地道にやってるのさ」
苦い表情で、ボリボリと鷲鼻の先端を掻く。
【緑の城】の狭い空間では、先日のように一カ所へ大人数を投入することがむしろ危険に繋がる可能性が高いのだ。
結局は広く面で押し、コボルドの手薄な場所をから一手ずつ詰めていくのが一番だ……というのが司令部の見解となっていた。
「いいえギャルヴィン卿。対応されたのは、卿のお考えを読まれたからではなく、発見されたからに過ぎないでしょう。相手は森に慣れたケダモノども。確保された後方深くや本陣付近ならまだしも、前線から多少下がった位置では、戦力集結を気取られる可能性が高かったのだと考えます」
「ふむ」
確かに時間と現場の都合上、後方と呼べるほど後ろで主攻を編成し得た訳では無い。
「ですが、我らマニオン隊はまだその存在を【欠け耳】らに察知されておりません。つまり明日は……いや明日の朝だけは、犬どもはこの三百を想定していない布陣をとっているのです」
立ち上がり、戦場地図まで歩み寄る。
「夜の内に面構成最右翼に前線戦力を偏らせ、明朝、攻勢を強めて下さい」
「お前の分析通りなら、当然察知した赤毛ちゃんはそれを殴り返すため、守りを固めてくるだろうね」
マニオンの意図を察し、話に乗るギャルヴィン。
「はい。最右翼の戦闘が始まった頃を見計らい、後方に控えていた我が隊が最左翼から大攻勢を開始します。また、隊は領域の広さや陣地に合わせて分け、遊兵を作らず最大効率で押すことにより敵の防御を飽和状態に追い込みます」
「主攻に見せかけた囮部隊でコボルド共の動きを拘束してから、守りが薄く激戦区から遠い場所をお前たちの隊で一気に衝くんだね」
囮作戦、そして時間差による一点突破である。
陽動で手薄になり、そして主戦場から距離もある西側を押せば……コボルド側は、間違いなく手が足りなくなるだろう。
「はっ! 我が隊は可能な限り北へ進撃し、それを繋ぐ陣地と経路も確保します。そしてその翌日、我らが作った経路を辿り本隊が浸透すればこの【緑の城】も崩れること間違いありません」
期せずして、コボルド側と同じ名称を口にするマニオン。
「私の経験に加え、この戦いの戦況を分析するに……犬ども共の本領は、あくまで防戦時の射撃にあると私は確信します。陣地の争奪には白兵戦が欠かせぬもの。一度こちらが奪い取り防御を固めてしまえば、奴らは手をこまねくしかありません。むしろ奪還に来てくれれば、連中の少ない戦力に出血を強いることができるというもの。ベルダラスがのこのこ現れれば、それこそ返り討ちにしてみせましょう」
「ふむ……明日にはもう百五十ばかり増援が到着する……伸びた戦線は補強し直せるね」
老人の指がトントンと、地図ごしに卓を叩く。
「家中諸将を囮にして、自分が功を独占か……フェフェフェ……不遜な坊やだねえ」
一頻り笑った後。
「だがその抜け駆け採用してやろう! 兵も揃えた上に言い出しっぺな、お前の特権さ」
「ありがとうございます!」
見事な敬礼姿勢。
「ところで一つ、お願いがございます」
「何だい。抜け駆けの上にあまり望みすぎると、家中の者から恨みを買うよ?」
「いえ、私が望む恩賞は首二つのみ。【イグリスの黒薔薇】と【欠け耳】を捕らえた場合、その首を刎ねる役はこのロードリック=マニオンにお与え頂きたいのです」
「……なるほど」
ある意味で貴族らしからず、そしてまたある意味で貴族らしい。この勇ましい若騎士は、復讐の為だけにマニオン家が傾くほどの無理をしたのだ。
……ならばその熱量、この戦に活かさぬ手は無かろう。
「いいだろう。その恩賞、あたしがお館様から必ず取り付けてやるよ」
「有り難き幸せ!」
ロードリック=マニオンが、再びの敬礼で力強くそれに応えていた。
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