202:後退する戦線

202:後退する戦線


 緒戦の戦果を良しとしたノースプレイン軍枯れ川方面指揮官は、初日の戦法を踏襲。そこに現状へ応じて改良を加えることとした。

 再起組の中で戦功を立てるに至らなかった四家二十名と、それに触発された本軍二十名に戦争荷車を与え、続けての攻勢を試みたのだ。

 荷車隊自体の厚みが減った分は、縦陣気味の歩兵を駆け足で追随させることにより圧力を確保している。まるで総金属の槍を木柄槍に取り替えたような印象を受けるが、先端が達すればコボルド側に為す術が無いのは同様だろう。


「かかれーっ!」

「「「おおーぅ!」」」


 コボルド側の射撃を受け止めながら、前衛たる荷車部隊が溝を埋めつつ壁へと向かう。

 しかし戦線を牽引すると期待された朝一番の突撃は、あと一息に迫ったところであえなく退けられた。この上なく単純だが、コボルド側でしか採り得ぬ手段で、だ。


『頼んだぞポリアンナ!』

『セーラ頑張って!』


 妖精犬の声に応じ、防壁から飛び出したるは木造の馬二頭。乗り手無きウッドゴーレム馬は砂底に着地するやいなや駆け出すと、迫り来る荷車に正面から体当たりしたのである。

 戦争荷車の構造は射撃に対し一定の防御力を確保するものであり、衝突に耐えうるものではない。先頭二台は自身と木馬の勢いを合算された衝撃で車軸や車輪を損壊。部材を撒き散らすようにしながら川底を一気に塞いでしまったのだ。


『撃てーっ!』


 車両を失った先頭に動きの止まった後続、そして背後を追っていた歩兵部隊へも叩き付けられるコボルド軍の魔杖射撃。

 荷車の木束で射角外にいた者は幸運だが、その後ろは悲惨の一言であった。


 ババババシュ!


 ぎりぎりまで引きつけられた彼らへ、マジック・ミサイルの嵐が前から順に兵を削り取り、砂底へ倒していく。

 縦陣というものは、背後から味方が無遠慮に押し続けることで前列の士気を確保し、部隊の崩壊を招きにくいという利点がある。一方で横陣は、崩れる時はとても早い。

 しかしこの場合は、その利点が逆に作用した。


「止まれ止まれ止まれ! 待った待った」

「押すなって! 下がれよ!」


 前部は押し寄せる後続に圧迫され下がることもできず、正面の防壁からコボルドの射撃を浴び斃れていく。これまでの流域と違い両岸で黒い茨が上陸を阻んでいたことも、一層被害を拡大させたようだ。

 つまりコボルド側は逃げ場も無く立ち往生した相手へ、一方的な攻撃を加える形になったのである。

 枯れ川のノースプレイン軍は荷車作戦による白兵を主軸としていたため元々魔杖・魔術兵は少数であったが……もし十分に配されていたとしても、とてもまともに撃ち合える状況ではなかっただろう。


「下がれ! 下がれーっ!」


 遅れに遅れて後ろが下がり前も下がり……潰走状態の彼らが後退先で収拾をつけた頃には、約二百名の戦力はその四分の一を失っていた。当然前列ほど損害は甚大で、荷車隊などは全滅だ。

 昨日同様、戦線を押し上げる要たらんとした枯れ川方面ノースプレイン軍だが、その結果は惨憺たるものであり……この日彼らは自力で一枚の壁を抜くことも叶わず、戦線縮小によるコボルド側自主後退で初めて、ようやく前進を可能としたのであった。


 ……この一戦は兵数的な痛手のみならず、ノースプレイン側の枯れ川に対する「弱点」という認識を一度に払拭することとなる。



 枯れ川で痛撃を被ったノースプレイン軍であったが、それでもやはり全体としては優勢であり戦線をさらに押し上げていた。結局コボルドの枯れ川防壁は他の戦線が後退したことで孤立しかけ、壁を放棄し退かざるを得なかったのだ。

 局所的にはコボルド軍が攻撃を防ぐ、という前提で立てられたギャルヴィンの面攻勢策は、想定通り機能したと言えよう。


「悪かない、と思いたいところだがね」


 伝令が届けた各部隊の報告に目を通し終え、討伐軍司令官ローザ=ギャルヴィンは鷲鼻を指で掻く。この怪婆らしからぬ歯切れの悪さに、対面に座すケイリーが片眉を上げる。


「二日目で半分を優に越えたし、順調と言って良いのではないか? 損失も想定内なのであろう? 危なげないそなたの用兵に、妾は感心かつ安心しておるのじゃ」

「馬鹿言うんじゃないよお館様。こんな【大森林】の戦いなんて、あたしの人生でも経験したこと無いんだからね? 定石も正解もあったもんじゃない。おっかなびっくり手探りよ。初夜に臨む生娘の心地さ、フェフェフェ」


 確かに、こんな樹海の戦いなど老騎士の戦歴にもあるはずがない。将兵にしても同様だ。

 例外は昨年ここに攻め込んだロードリック=マニオンくらいだろうが、状況が違いすぎるため参考にはならぬ。加えて彼は後発で来るため、まだこの戦場にはいない。


「それにどうにもあたしゃ、あの赤毛ちゃんがこのまま押し切られるとは思えなくてねえ」

「デナンか。そなた、えらく評価しておるのじゃな」

「あたしの若い頃にそっくりだからね。顔立ちといい、一途で健気なところといい」

「そ、そうか。何じゃそれ」


 反応に困り、困惑気味に応じる主君。


「……まあ真面目に話せば、押され続けているにしてはワンころどもの統制が乱れなさ過ぎるのさ。コイツは追い詰められてる軍勢の動きじゃないね。明らかに、まーだやる気に満ち満ちた連中だよ」

「では、こちらも作戦を変えていくのかえ?」


 このままなら、戦場のほとんどは明日明後日でノースプレイン側の手に落ちるであろう。コボルド側に何か策があるのなら、明日あたりその手を打たねば取り返しが付かなくなるはずだからだ。


「いいや。面で押す、その基本方針は同じだよ」

「良いのか? そなた【欠け耳】が何か企んでいると見ておるのじゃろう」

「何だかんだで目下、これが一番効果を出しているからね……それに多少の小細工は面の圧迫で帳尻が合う。今日だって、枯れ川は防がれたが他で押し上げられただろう?」


 主君の頷きを見たギャルヴィンは卓上地図へ視線を移し、横列に並んで前線を構築する自軍駒を一つ一つ押していく。これは面攻勢で勢力圏を前進させる、明日の行動予定である。


「……ただし、少々手は加えておくけどね」


 老婆は指で駒を幾つか摘まみ集めてくると、その横並びの厚みに偏りを作るのだった。


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