200:死兵

200:死兵


 ノースプレイン軍はギャルヴィンの作戦通り、枯れ川のみならず森へも両翼を広げた「面」での侵攻を開始する。

 当然ながら砂道と樹海では速度に大きく違うため……最初の交戦は誰もが予測する通り、枯れ川多重防壁と強行突破を担う再起組とのものになった。


「かかれーッ!」

『構えーッ!』


 続けて沸き起こる喊声と詠唱音。

 あらん限りの戦意を振り絞り、ヒューマンの波が枯れた川を遡っていく。


「力の限り車を押せーッ! アップルトン家、ここが命の賭けどころぞ!」

「はい、父上! 兄上の分まで、僕が頑張ります!」


 様々な家の命運を乗せた逆流。

 その最前面を構成するのは、二輪の人力荷車に複数の木束を据えた代物である。ギャルヴィン老からこれまでのコボルド側戦術を教授された再起組が、速度と防御を両立させるため多数急造した簡易攻城兵器だ。数人がかりで押すこの移動式防盾を、「戦争荷車」と当人たちは自虐気味に呼んでいた。

 ザカライア軍が用いた戦争馬車ほどの装甲厚は無く、かつ前面のみに防御が絞られるものの、その分軽いため勢いが出る。また改造戦争馬車は下手すれば一台の擱座で後続全ての進路を塞ぎかねないが、比較的小型のこれなら横を追い越すことも可能だろう。


 ……多数用意した車輌と己の命を用い、緒戦で可能な限り防壁を破る。その功によって、ジガン家家中への復帰が認められるのだ。

 内紛に敗れ自前の魔杖も抱えた魔術兵も取り上げられた「再起組」は、自身の血肉でそれを成し遂げるしかない。


『射撃開始!』


 バババババ、バ、バシュウ!


 予詠唱(プレキャスト)からの照準を経て、有効射程に入った再起組へ叩き付けられる五十以上のマジック・ミサイル。

 コボルド王国新型魔杖の命中精度と威力に射程、そしてその集中運用は人界のそれを上回るものであり、車体を幾度も激しく軋ませた。


「頭を低くしろッ!」

「怯むなぁー!」


 多数の魔素弾を受けた木束が衝撃を吸収しつつ割れ、砕け、弾け。散った無数の破片は操者へ突き刺さる。怯み身体を外へはみ出し、魔杖射撃を受け砂底に沈む操者もいた。

 だが、ヒューマンたちは前進を止めはしない。


 ロウ……アア……イイ……


 次の嵐を予告する、再びの斉唱。


「来るぞぉぉう! 頭を低くしろ! だが止まるな!」


 空気を切り裂き、横殴りの雨に似て魔素の弾頭が殺到した。先頭を走る二輌の片方が車輪を破壊され、跪くように擱座する。

 だがそれでも脇を抜け、後続車は止まることなく川底を進んでいくのだ。まるで、岩を避け迸る急流のように。壊れた車の人員も、雄叫びを上げすぐさま味方を追う。


『猟兵隊、各個に撃てーッ!』

『『『オウヨ!』』』


 それらへ向けて、両脇の樹上からコボルド猟兵隊が射撃を浴びせかけた。防護無き側面上面からの攻撃を受け、車を押していたヒューマンらが背を脇を撃たれ、一人、また一人と砂底に沈んでいく。

 なれど彼らは強引に十字射点をすり抜け……斃れた味方を轢き潰す悲劇を垣間見ても、勢いを保ち、なお進む。樹上のコボルドはその背へ懸命に射撃を続けるが、激流は止められない。


『おいレイングラス! 止まらねえぞ、あいつら蟲熊かよ!?』

『クソッタレ! おいお前ら、移動するぞ!』


 焦り声をどんどん後ろへ追いやり、なおも走る車輌群。

 しかし今度は突如先頭が、ばぐん! と前のめりに転倒した。


「「うあぁぁ」」


 衝撃で車軸は折れ、勢いで持ち手に身体を引かれた二名が前方地面へ叩き付けられる。

 コボルド側とて戦争馬車対策を講じなかった訳ではない。これは車輪を落とし、擱座させるための落とし穴であった。横一線の穴……というよりは溝……は膝にも届かぬ浅い代物だが、計算された幅により荷車の走行を妨げたのだ。


 バ、バシュウ!


 遮蔽を失ったヒューマンが立ち上がる最中、魔素の弾頭に貫かれていく。


「ち、父上ーっ!」

「構うなァァッ!」


 年配の騎士は息子と思しき少年を一喝。転がる木束を掴み、溝へと放り込む。だがその身は胸甲を貫かれ、なおも撃たれ、口からは血泡を溢れさせていた。


「アップルトン卿! 早くこちらに!」


 先頭の大破を見て急停止した後続の貴族が、瀕死の騎士へ悲痛な声をかける。


「ごぶっ、無用! げふ、倅どもをそちらに! このまま行かれよ!」

「承知しました、承知しましたぞ! 第一壁突破の功は、アップルトン家のものです!」


 アップルトンは返すこともなくそのまま溝へ崩れ落ち、自らをも肉の埋土とした。


「父上!」

「ご子息! お父君の遺志を無駄になさるな! 押せーーーいっ!」


 涙を流す間もなく、後続車に加わり押し始める息子たち。アップルトンの死体を車輪で、足で踏み、溝を越え再び進み始める。後続もそれに倣い、追いすがる猟兵隊の散発射撃を受けながら後へ続いていく。

 流れは止まらない。文字通り味方の血肉で戦場を舗装し、なおも彼らは先へ行くのだ。

 手負いの獣の如き壮絶さに、妖精犬らとて息を呑まざるを得ない。凄惨な、あまりにも凄惨な光景であった。

 今迄この森に踏み込んできたヒューマンからは考えられぬ、死を賭した突進。コボルドらが昔のままであれば……そのまま迫力に飲み込まれ、総崩れになっていたやも知れぬ。だが気圧されつつも、コボルド王国軍は統制と士気を維持していた。


『後退するぞ、一枚後退ーッ!』

『『『了解!』』』


 対車輌壕がまだ残る内に、防壁を守るコボルドたちは撤収を開始する。

 再起組がそれらを突破するであろう間に、先に下げた戦力や側面攻撃隊の支援を受けつつ後方の壁まで防衛線を下げるのだ。これにより相手との間に距離と罠と防壁が再確保される。第三次王国防衛戦同様、コボルド側の基本戦法であった。

 しかし、再起組の勢いはザカライア軍の比ではない。死兵の突貫だ。


『いかん、二枚だ! 二枚分下がるぞ!』


 一枚だけでは移動から再編、そして迎撃に移る時間が足りぬ……そう判断したのだろう。コボルド軍前線指揮官は、二枚分の後退を即座に指示した。毛皮の兵士たちも、魔杖を担ぎ懸命に走っていく。


「一番壁、アップルトン家次男……いや当主アーサーが一番乗りぃぃ!」

「「「おおおおぅっ!」」」


 勝ち名乗り、そして鬨の声。

 走りながら振り返るコボルドらの目に入ったのは、金林檎の紋章旗を手で掲げる少年騎士の姿であった。その彼もすぐに周囲と協力し防壁を引き倒すと、先頭を他に譲って前進を再開する。

 さらにそのずっと後背には、主力と思しき歩兵隊の先頭も見えるではないか。


『走れ! 走れ!』


 荷車部隊と白兵戦になり主力にまで追いつかれ兵を失えば、枯れ川の防御線は崩壊を免れないだろう。コボルド側は枚数を飛ばしてでも、基本戦法を堅持せねばならなかったのだ。


『レッドアイ、全員下がったぞ!』

『よし用意、有効射程に入り次第射撃開始だ!』

『グオゴゴゴ』

『『『了解です名人!』』』


 後退先で防壁を脇から引き倒し、構築と再編成……そして迎撃に移る枯れ川隊と名人隊。しかしそこへも、再起組は溝を埋めながら着々と、素早く迫ってくる。

 コボルド防御線はその決死の突撃へ損害を与えつつも、やはり阻止することが叶わぬ。再びの後退を強いられ、今度は三枚後ろで立て直すこととなった。

 だが一息つくことも許されない。再起組は、まだなお迫り来るのだ。


「進めーッ!」

「敵は怯んでいるぞーぅ!」


 無論、再起組とて無傷ではなかった。各方向からの射撃は彼らを確実に傷付け、減らし続けている。戦果が出ているとは言え、犠牲はあまりにも多い。正気であれば貴族や郎党が採る、というよりは「従うような作戦」ではないだろう。

 ……しかし彼らは知っているのだ。自身が果ててもここで功を挙げねば、彼らと彼らの家は緩やかで惨めに死んでいくだけなのだ、と。

 それが再起組を、尋常の貴族と騎士には有り得ぬ死兵集団たらしめていた。


「見よ! 我がフィンス家が、一番乗りぞ!」

「「「おおおう!」」」」


 放棄された防壁で、またも上がる勝ち鬨。

 突撃はその後二度続けられ、追加五枚の後退を妖精犬らに強いることとなった。

 流石に息の上がった再起組はそこで一旦足を止め、攻勢は終わった……かと思いきや、小休止と再編を経て突進を再開する。コボルド側は名人隊を側面攻撃に回すことで相手に更なる出血を強いたが、それでもやはり再起組を押し留めるには至らない。


 砂底に血痕と死体をばら撒きながら彼らはなおも戦い続け、五度の息継ぎを終えた時には、合計二十七枚分に及ぶ多重防壁区間を破り終えていた。

 加え、再起隊が切り拓いた砂底を無傷の歩兵隊が遡上。生存者を救助しながら着々と戦線を押し上げ、後方との連絡線、陣地用地も次々確保していく。

 しかし「面」で押されているコボルド側は、全体に散らした戦力を今更集めることもできず……昼過ぎには枯れ川での当日反攻を諦め、別の手段にて対抗する。


「何だこの音は……雨……?」

「違う、水だ、水だーッ!」

「ワシはもう駄目だ、お前たちは早く……うぐっ」


 ここまでしながらもなお突撃の準備をしていた、再起組の一部が押し流されていく。コボルド側が堤を切り、湖の水を枯れ川へ注いだのだ。結果、流域のノースプレイン軍は両岸へ待避し、しばらくの立ち往生を強いられる。

 その後再編した主力は、一方的な攻撃を受けながら援軍を必死に待ち続けていた壊滅寸前の再起組残存戦力の場所まで前進し救助、合流、周辺からコボルド軍を排除。そこで防御を固め、枯れ川全長の約三分の一と少しにあたる地点で橋頭堡たる陣地を築くことに成功した。


 森を進んでいたノースプレイン軍両翼は罠と木々の迷路、そして要所での遅滞戦闘に苦しめられ、局地的には小部隊がまるごと斬り伏せられ全滅するということすらもあったが……枯れ川周辺で著しく防御線が後退したコボルド軍は全線後退を開始。その空白をついて、森のヒューマンらも大きく戦線を押し上げることが可能になる。

 やがて森が闇に包まれた頃には、コボルド村に至る距離の三分の一程はノースプレイン軍の制圧下に置かれていた。

 後方連絡線の確保や戦力再編成には翌日もう少し時間を要するだろうが、それでも大幅に進軍できたことに変わりはない。

 ……こうして、初日の戦闘は終了する。


 この日の戦いで投入された再起組は百八十八名。内、行方不明を含む死亡が九十二名、負傷者六十六名。数字上では甚大な被害だが、これらはノースプレイン軍にとって元々員数外のようなものだ。本軍自体は、行方不明を含んで死傷者三十九名であった。率いてきた約千七百名の本軍からすれば、割合はまだまだ少ないだろう。

 一方コボルド側は基本戦法を維持できたのと、後退に次ぐ後退であったため損害はほとんどない。しかし彼らの戦法は、物理的距離と防御設備を消費することによって損失を抑えているのだ。そういう意味から考えれば、三分の一の距離を奪われたのは大きいだろう。


 兎にも角にも。

 早期に戦線を押し込みつつ水攻めも使わせてしまう……という老騎士ローザ=ギャルヴィンの目論見は、緒戦、初日で達成されたのであった。

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