198:第四次コボルド王国防衛戦

198:第四次コボルド王国防衛戦


 秋の終わりか、冬の始まりか。

 どちらとも言える日に、とうとうその一報はもたらされたのだ。


≪中継:枯れ川入り口 発:経路哨戒二 宛:指揮所……軍勢 多数 接近中 詳細 把握 困難 推定 二千 前後≫


 直ちに首脳部から戦争準備状態への移行が布告され、それまで狩猟、採集、建設、農業に従事していた国民は仕事を中断し、村へ戻って戦支度を始めることとなる。ただし慌てず騒がず、粛々として。


 ……そんな臨戦態勢の村の中。

 指揮所隣の広場にて、息を合わせて身体を動かす若者の集団があった。


『キューティ! プリティ! ガーイウス! ハイッ!』

『『『キューティ! プリティ! ガーイウス! ハイッ!』

『『『『フォーエバー!』』』』

『よぉぅし今日も良い動きだッ! 親衛隊体操ーッ! 終わーりー!』

『『『ハイッ!』』』


 国王が見ていれば胃を痛くするであろう隊正式体操を終え、整列し直す四十名。暑苦しくも勇ましきコボルド族の最精鋭、親衛隊だ。

 全身に戦傷や訓練の生傷が目立ち、風格すら漂う彼らだが……その内若干名はまだ、どことなく動きと表情が硬い。


『い、いよいよだな』

『ああ、ついに初陣だ。先輩たちの足手まといにならないようにしないと』

『ししし親衛隊の名に恥じないよう、頑張るぞ』

『だ、大丈夫かな俺』


 新規補充の隊員らである。


『おいッ、新入りども!』


 そこに声をかけるのは、隊長のブルーゲイル。

 私語と緊張を見咎められた新兵らが、耳を立てびくり身体を震わす。


『『『ハッ! 隊長!』』』

『知っているか貴様らッ! 我らが敬愛する国王陛下は、失った戦友や部下のことを一人残らず覚えておられるそうだぞ!』


 突然何を言い出すのか、と面食らう新兵ら。目を丸くし、指揮官を見つめている。


『それは……すごいですね』

『馬鹿者ォゥ! 由々しき問題である! 何故か分かるか貴様ッ!』


 青被毛の隊長が腕を組み問いかけた。


『え……?』

『分ゥからんのかッ!』


 拳骨ごつん。


『わ、分かりません! 申し訳ありません!』

『直前の食事内容も覚えておられぬあのお方が、兵一人ひとりを記憶し続けておられるのだぞォゥ!? ご高齢でもある陛下の玉脳にそれがどれほどの負担を強いるか、親衛隊員ならば少しは配慮というものをせんかァァ!』


 ごっちん。


『り、理解致しましたーッ!』

『いいや、分かっておらん!』


 ぽかりぽかりと順番に小突いていく。


『親衛隊員が陛下の玉脳を虐めるなど、言語道断であぁぁる! 陛下がお許しになっても、くぉの俺が許さん! そんな奴は親衛隊の面汚しだッ! 星空まで追いかけて、尻百叩きの懲罰よゥッ!』

『『『は、はいぃぃ!』』』

『だから貴様らヒヨッコはまず、陛下の記憶力に負担をかけぬことが最優先と心得よ! まずはそこからだ!』

『『『ははーっ!』』』

『親衛隊は生きて帰るまでが親衛隊です! サンハイッ!』

『『『え!?』』』

『復唱せんかァァッ! 馬鹿者ーッ!』

『『『し、親衛隊は! 生きて帰るまでが! 親衛隊です!』』』

『よぉぅしッ!』


 こつんこつん、と最後にもう一度拳骨を振るって回るブルーゲイル。

 先輩隊員らの笑い声が、新兵たちを温かく包んでいた。



「……ブルーゲイルもすっかりと、隊長仕事が板についてきたでありますなあ。かなり変わってはおりますが」

「昔から面倒見のいい子だったけど……適性っていうのかしら」


 微笑ましくもやはり暑苦しい光景を指揮所から眺めながら言葉を交わす、ダークにサーシャリア。


「ちょっと前まで可愛い可愛いと思っていた子たちが、あんな立派に成長するなんて。何だか、置いてけぼりを食った気分よね。うふふ」


 そんな僚友を横目で見つつ、死人顔の剣士が「自分も、同感でありますな」と低い声で呟く。


「……さて、あれから敵の動きはどうですかな」

「枯れ川入り口の南に場所を定め、陣を設営し始めたそうよ。列の後ろは、まだ到着していないわね」


 戦闘地図上には既に、敵本陣を示す黒石が置かれていた。


「ま、この調子なら今日は先方も身動きは取れませぬなあ。事は明日でありますか」

「おかげでこっちはバタバタせずに、落ち着いて支度できるけどね」


 集団規模が大きくなるほど速度や行動は鈍化し、列も長くなる。

 大軍は移動自体が一大作業であり、そしてその進行路など、余程の労を費やさねば限られてくるものだ。今回コボルド側は道沿いに哨戒を潜ませておくことで、最小限の人員ながらも早期に敵の接近を察知し得たのである。

 結果、王国民には日常仕事から戦時体制へ円滑に移行する余裕が与えられたのだ。


「……ねえダーク」

「はいはい?」

「片手で大丈夫なの? 無理してない?」

「大丈夫でありますよ。舌があれば、サリーちゃんをしっかり愛してあげられます故」


 顔を寄せたダークが、半エルフの耳を甘噛みする。


「杖でぶつわよ」

「たった今ぶったでありましょう!?」

「先制攻撃は基本でしょ」

「ムキー」


 子猫のじゃれあいのように、ポコポコ叩き合う二人。


「……勝算は一応ありますのでご心配無く。あ、親衛隊用の魔杖一本貰っていきますのでご了承下され」

「ん? 新規格のヒューマン用は貴方にも供与したでしょ?」

「まぁまぁ、久しぶりのお役に立つためですので、ね」

「別にいいけど……貴方まだ、そんなこと言ってるの?」

「色々肩身が狭いんでありますよ、居候の身は」


 サーシャリアは言い返そうとしたが……指揮所へドタドタと一団が入ってきたため、会話はそのまま打ち切られてしまった。


『将軍閣下ァ! 親衛隊四十名、出撃準備整っておりまァすッ!』


 最初に声を上げたのは、元気よく暑苦しいブルーゲイル。


『猟兵隊三十人、いつでもいけるぜ』


 縦横無尽に森を駆ける赤胡麻の狩人、レイングラス。


『白霧隊三十名、指示をお待ちしております』


 精強なコボルド女子隊を率いるのは、ホワイトフォグの再来と評される姪のアンバーブロッサム。


『鶏頭隊(チキンヘッズ)三十羽、朝を待つ鶏の如しです』


 隊の命名権を皆の予想通りに行使した、鶏舎担当ブラッディクロウ。


『ヌリャー!』

『名人隊三十名準備完了、と名人は言っております!』


 少女時代に危険な遊戯【勇気一本槍(スピア・オブ・ブレイブリー)】で長らく選手権保持者(タイトルホルダー)として君臨し、【名人】の称号と同世代の人望を得たピンクノーズにその舎弟だ。


『枯れ川隊も三十名揃ったよ、お嬢ちゃん』


 命名権は放棄した、農林大臣レッドアイ。


「ゴブリン族からモ、戦士十名ダ」


 ゴブリン族長ウーゴ=ゴブ。

 ウーゴとコボルド首脳陣の方針で、ゴブリン族は医療班など後方支援と設定されていたが……ゴブリン族の若者による突き上げで、一部が戦列参加となった。


「エモン組四名、準備完了ですわー!」

「テメー俺の口上盗るんじゃねえよ!」


 いつも通りの問題児集団。


「すまない。背中の子供たちを下ろしてもらえないかな。あ……じんわり生暖かい……?」


 四つん這いで毛玉を満載し現れたるはコボルド王。こちらは着替えが必要のようだ。


「何だよ、しまらねえなあ」


 溜め息をついたエモンが歩み寄り、ガイウスの背中から幼いコボルドらを毟り取っていく。一つまみごとに『キャー』『ウェヒー』と上がる小さな歓声が愛らしい。


「オッサンそんな調子で、あの化け物相手に大丈夫なのか? 何か必殺技とか切り札とか、ちゃんと考えてきたのかよ」

「特には」

「オイオイしっかりしろよ……なー、お前らも何か考えてやってくれよー、作戦や弱点予想とかさあ」


 ドワーフ少年が問いかけるも、皆は腕を組んで首を傾げている。そもそも明らかな弱点など思いつかぬからこそ、ガイウスをぶつけるのだ。無理もあるまい。

 だがそんな中で「弱点弱点……」と呟いていたサーシャリアが、ポンと掌を打つ。


「あ、そういえば!」

「ふむ?」

「祝賀会で彼の股間を殴った時は、すごく苦しんでましたよ」

「なるほど」

『『『エエエェェェ』』』


 顔を顰めて後退る王国民。


「どういう経緯でそうなるんだよサーシャリア……引くわ」

『チンコ殴られたら誰だって悶えるだろ』

「はわわわ残虐ですわ! ワタクシだって喧嘩でエモンのオチンチン蹴りませんことよ?」

『サーシャリア姉様、流石に淑女としてどうかと思います』

「サリーちゃんの……純潔が……穢されたで……あります」

「違うの! 違うのよ! 驚いて正拳を叩き込んだだけなの! ちょっと! ちょっとフラッフ! 貴方あの時一緒に居たんだから、何か言って頂戴!」

『ぐにゅっとしてたらしいよ?』

「フラッフーーーー!」

『『『エエエェェェ』』』


 大混乱である。いつも通りと言えばまあ、いつも通りではあるが。

 結局長老が叱りに来るまで収拾が付かないあたりも、毎度のことだろう。

 しかしそれは、民や兵にとり心強い光景でもあった。


『『『いってらっしゃーい!』』』

『『『いってきまーす!』』』

「行ってくるぜー!」

「ですわー!」


 モフき民衆が手を振り見送る中……「ジム兄のカミさん」を行進歌代わりに口ずさむ王国軍の列が、森へと入っていく。

 戦闘人員数はこれまでで最大の二百六名。だが敵は、およそ十倍の兵数と圧倒的な回復力を備えたノースプレイン本軍となる。

 しかしそれでもなお、種族の存亡をかけた妖精犬の士気は極めて高い。彼らの耳と尻尾が、何よりも雄弁にそれを物語っていた。


 ……第四次コボルド王国防衛戦。


 コボルド族とノースプレイン侯ジガン家。

 両者の命運を決める戦いは、かくして始められたのである。

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