197:二十年遅れ
197:二十年遅れ
「待たせたな、親方」
「おう、来たか旦那ーと、ボウズもか」
「オウヨ」
夕暮れの鍛冶場。敷居を跨ぎ現れた凶相男とドワーフ少年に、親方が汗を拭いつつ応じる。
「おしお前ら、今日はここまでだ! 悪ぃが片付け頼むわ」
『『『あいよ!』』』
「明日も大忙しだからな、覚悟しとけ!」
『『『へい!』』』
威勢良く返す、毛玉の工廠員ら。
親方は二人に休憩所で待つよう指示すると、まもなく包みを抱えて戻ってきた。籠から赤葡萄酒の瓶を取り出し、迎えるガイウス。
「お、気が利くねえ旦那」
「オッサンが『気が利く』って言われてるの初めて見たぜ……」
「観光客向けに商会から仕入れていたものだが、もう確保しておく必要も無い。最近働き詰めの親方に、飲んで貰おうと思ってね」
「何年物だろうな」
「さあ。私にはよく分からなくてね」
「ま、構わねえさ。飲んでのお楽しみよ……それより見てくれ。現行の型だ」
ごとり。
卓上へ置かれた包みが解かれ、現れる小型兜。西日を受け七色の光沢を見せる曲面装甲には、魔術の刻印が刻まれていた。
「弟子らがコボルドバシネットと名付けた。先行生産品より、質は上がってるはずだぜ」
バシネットとは緩い円錐または球状の頭蓋装甲と、やはり円錐ないし球型の開閉面頬を組み合わせた兜である。この防具も上から見ると一般的なそれに近い形をしているが……大きな違いは、大胆にも装甲の下半分を取り払い、上のみの防護に徹したその構造だ。
「うむ……うむ。思ったより軽いな」
「何せ下半分がねえし、視界確保で目回りも大きく開けてある。けどその分、熱の籠もりは軽くて済むだろ? ついでに暑気抜きと聞きとりの穴も作っておいた」
「重量より熱が、甲冑兜の天敵だからな」
「そうなのか、オッサン」
「戦時中、暑さで倒れた騎士戦士を何人も見て来た。冬でもそうなるほどだぞ」
ガイウスから妖精犬兜を渡されたエモンが、「ほー」と分かるような分からぬような声を上げている。
「なー親方。重さと暑さが大事なのは分かるけどよ、下半分無くて大丈夫なのか? あと鎧とかもさ」
「ま、これがとりあえず間に合う妥協点だろうなぁ」
杯に注いだ酒を嗅ぎながら、親方がドワーフ少年に答えた。
「エモンよ。戦死したコボルドを親方が全数検死してきた理由が、ここにあるのだ」
「ワンコたちは背が低いからよ。調べる前から当たり前っちゃ当たり前のことなんだが、致命傷はほとんどが頭と顔に集中してるのさ。当然、上からの攻撃でな」
聞かされたエモンが掌を打つ。
「それを滑らすだけでも、生存率は大きく上がるだろう」
バシネットはそもそも人界でも「犬の面」と渾名されていた代物である。長いコボルドの顔を被う設計基として手頃だったのだろう。
「おまけに強化魔術を刻み込んだ、ミスリルたっぷりの魔兜だ。魔杖の要領で気合いを入れれば斬撃は勿論、魔杖射撃だって滑らすぜ」
当たり所と頃合いが良ければだがな、と付け加える。
「遺族に噛みつかれながらも検死、設計した親方の、まさに職人仕事だ。最低限かつ最大効率のこの兜なら、防具に慣れぬコボルドらも納得するだろう。礼を言う」
「アイツら本当に噛んだからな……ヘヘヘ。それより旦那。礼を言うのはまだ早いんだぜ?」
「ふむ」
ニヤリ頬を歪めた親方が、隠すように後ろへ置いていた別の大包みを卓上に移す。
しゅるり中から現れたのは、一振りの大鉈(フォセ)であった。ただしその刀身には、薄い七色の光沢と強化の魔術刻印が載っている。
「親方、これは」
「春に旦那がグランツ野郎とやり合った時、俺の打ったフォセはボロッボロに欠けて折れる寸前だったろ? いやいいんだ、旦那が持って帰ったあれは、実際そうだった。あのまま戦わせていれば……俺の剣だけ、そう、俺の剣だけが折れていただろう」
一息に、杯を呷る親方。
「悔しいじゃねえかよ」
注ぐ。
「そりゃ相手はグランツ王家秘蔵、魔剣名鑑にも載ってそうな代物さ。一方で俺の剣は普通の鋼よ……でも、でもよ。そんなこた分かってても、悔しいモンは悔しいじゃねえか」
ドン、と音を立て瓶を置く。
「……だからよ旦那、これで勝ってくれ。コイツは初めての魔剣だが、打ちから研ぎまで全部に心血注いだ一刀だ。だからこれで、その猫野郎に勝ってきてくれねえか。旦那」
魔剣を手に取り吟味するガイウス。
しばし後に彼は得心の顔で頷き、「名は、あるのかね」と尋ねた。
「おう。名付けて【猫挽(キャットミンチ)】よ」
「酷え感性だなオイ」
やり取りを聞いていたドワエモンが、顔を顰めている。
苦笑いの、コボルド王。
「ああ、酷い……実に酷い名前だ」
ゆっくりと剣が下ろされる。
「だが気に入った。その号、由来付きにしてみせよう」
「ヘヘヘ、そうこなくっちゃな……俺の魔剣童貞は、旦那に捧げるぜ」
「うむ。謹んで頂戴する」
「何て気持ちの悪いオッサン連中だ……」
げんなり顔のドワーフ少年を余所に、「「あっはっは」」と笑い合う二人。
「何だ、しょぼくれてんな坊主。ダークちゃんの剣と王国兵全員分の規格短剣を打ったら、お前にも一振りこさえてやるから元気出せや」
「おお!? マージかよ親方!? 俺専用魔剣!?」
「おう、マジのマジよ」
「やったぜ!」
現金なドワエモンが小躍りしている。
「すまないな親方。ライボローに帰る機会を捨ててまで」
「元よりそのつもりよ」
「だが、来年には孫も生まれるのだろう?」
「らしいな。まあ顔を見てみたくねえと言えば、そりゃ嘘にはなる」
短い交流正常期間。その間に交わされた便りによるものだ。
「でも俺はこっちを選んだのさ。だから、これでいい」
鼻を掻く親方。
「……俺はな、洟垂れの頃からずっと鍛冶屋をやりたかったのさ。蹄鉄や鍋釜を打つ奴じゃねえ、人斬り包丁を拵える職人よ。俺の剣で何人斬ったとか、どんな首級を挙げただとか、毎日毎日酒の肴にしたり、ナマクラと文句を言われちゃあ喧嘩したりしたかったんだ。つまり俺の剣を手に持たせて、血と骨と運命を切り拓かせたかったのさ」
「物騒な夢だ」
「旦那が言えた義理かよ」
「手厳しい」
また笑い声を合わせる、年配二人。
「……五年戦争の折り、実は従軍鍛冶屋の話もあったんだ。でもよ、もうその時カカアの腹には娘がいてな……断っちまったのさ」
杯に注ぎ、酒気を嗅ぐ。
「いや、別にそのことを悔やんでる訳じゃあねえ。お陰で人様並みの幸せってのを全うできた。俺みてえな男に、有り難えことよ。実際、戦場に付いていった職人仲間には帰って来なかった奴もいたからな」
後期になるほど、支援要員までも大いに失われた戦争だ。対グランツの戦線は特に過酷であった。
「……でもよ、でもよ確かに俺は二十年前のあの時、やりてえことを見送ったんだ。俺がこうやって踏み出すのは、どう言い繕っても二十年遅かったのよ」
ふぅ、と大きく息を吐き。空けた杯を、卓に下ろす。
「それでも俺は今、感謝しかしてねえんだぜ」
「何でさ」
エモンが首を傾げた。
「これが二十年後じゃあなかったことを、よ」
凶相の旦那は、静かに頷いている。
「年寄りの酔っ払いが言うことはよっく分かんねーなー。もっと早くやっときゃ良かったってことだろ?」
「そういう簡単な話じゃねえよ。坊主には、この意味はまだ分からんさ」
ガハハと笑い、親方はドワーフ少年の肩を叩いた。
「まあそんな俺が今や、一種族の未来を左右する魔剣鍛冶って訳よ。こんな興奮する役どころをくれたコボルドにゃあ、有り難えと思ってるぜ」
でも弟子共が聞くとおちょくってくるから言うなよ、と付け加える。
その言い補いに、歯を剥くガイウス。
「それもこれも。あの日、旦那に出会えたからだよな」
「ふむ」
「さしずめ旦那は、俺の運命の人ってところよ」
「ふふふ……こそばゆいな」
「へへへ……」
「ふふふ……」
「オイ止めろ! むさ苦しいオッサン同士で顔を赤くしてんじゃねーぞ」
苦虫を噛み潰したような顔で叫ぶエモン。
オッサン二人はそれを受けつつ、もう一度「へへへ」「ふふふ」と頬を染めながら笑い合うのであった。
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