196:受け持ち

196:受け持ち


 意外と言うよりは、やはりと表すべきか。次の戦いが避けられぬと分かっても、王都コボルド村の住民に動揺はほとんど見られなかった。

 思えば建国以前から和平まで村はずっと戦時下にあり、幾多の危機を乗り越えた彼らには良くも悪くも「慣れた」感覚なのだろう。老若男女の毛玉たちは黙々……いや和気藹々と冗談を交えながら、各々が自身の役目に励んでいる。


 そんな中、進捗確認と戦術議論、そして認識共有のため……指揮所に要職や上級中級戦闘指揮官を集め、ぎゅうぎゅう詰めの会議が行われているのだ。

 建国以来教育に注力してきた王国軍では指揮官が多数育っており、議場の顔ぶれも若手が随分と増えていた。


「魔法院はどう?」

「ミスリルが使い放題ですから、すこぶる順調ですわ。最優先である新規格魔杖も、レイモンド教授に強制……お手伝いいただいて、より完成度を高めて工廠で生産しておりますの。全兵分は予備含め、一両日中に揃いますわあ」


 サーシャリアの問いに、ご機嫌で答えるナスタナーラ。

 周囲のコボルドらも『『『よっしゃよっしゃ』』』と頷いている。


『試作の木(ウッド)ゴーレム馬も助かってるぜ。あれのお陰で、物資を運ぶのがすげえ楽になった。マイリーと親方のサンディだけじゃ、手が足りなかったからな』


 という言葉は、卓に肘をついた猟兵隊長レイングラスのもの。

 視線向こうの広場では、休憩中の老馬サンディ号が泥ゴーレムのマイリー号に今日もまた腰を振っている。伯爵令嬢の視界に入れぬよう、気付いたサーシャリアが副官に蔀窓をそっと閉めさせていた。


「でも結局精霊さん頼りですので、コボルドさんが近くにいないと制御できませんし、動作の信頼性や稼働時間も……理想には、まだまだ遠いですわ」

『即席であれだけ仕上げたんだから、十分十分! な、ブルーゲイル』

『そうですとも!』


 年上の猟兵隊長に肩を叩かれ、親衛隊長ブルーゲイルが、頭を勢いよく上下に振る。

 その顔だけでなく身体には生傷が多々見られ、巻かれた包帯も痛々しい。


「ブルーゲイル、あまり無理しすぎても駄目よ」

『あ、暖かきお言葉ありがとうございます閣下! ひんっ!』

『どうしてお前ら親衛隊は、すぐに感極まるんだよ……』


 レイングラスから差し出された手拭いで、ブルーゲイルがぶびーと鼻をかんだ。指揮所に響く、悲痛な叫び。


『ところで、ランサーからの連絡は無いのか?』


 猟兵隊長の醜態を横目に王へ問う、農林大臣レッドアイ。


「残念だが無いな。ルース商会からの接触も無い」


 モニカはケイリーに事を伝えられなかったのではないか、とか交渉で戦闘を回避し得るのではないか……という一縷の望みをガイウスらとて抱かなかった訳では無いのだ。

 だがそうであれば、ランサーの訪問や便りが途絶えるはずもない。その一事をもってしても、最早再侵攻は免れぬと明らかであった。ルース商会の方は、大方ケイリーが周辺街道を封鎖でもしたのだろう。

 腕組み唸る、レッドアイ。


『なあガイウス、連中どのくらいの人数で攻めてくるかな』

「そうだな。今回は敵情が分からぬ故、古い情報と内戦での損耗、準備期間の短さなどから組み立てた推測でしかないが」


 やはり今日も肩と頭上にコボルドらを満載したまま、王は小さく息を吐く。


「千から二千、というところか」


 振れ幅で千。

 今迄とは桁違いの規模予測に、流石に呻かざるを得ない一同。


「何ダ……何だその数ハ!? それほどの数の戦士ガ、人界には存在するというのカ!?」

「これでも付近のノースプレイン領、しかも今回動員される分だけの予測だ。イグリス王国全体でみれば、桁はまた上がる」

「そんナ……」


 ゴブリン族リーダーのウーゴには、特に衝撃だったようだ。

 その数分の一のグリンウォリック遠征軍に追われ故郷を捨てたのだから、無理もないだろう。


『まあそれでもまだ、千、二千なんだろ?』


 愕然とするウーゴの肩を叩きながら、レイングラスが割って入った。

 こういう時、彼の気質は頼もしい。


『いけるよな? サーシャリアちゃん』

「ええ。勝算はあります」


 おお! とどよめき。

 若い戦士らが口々に『将軍カッケー!』『頭撫でてー!』『お腹さすってー!』などと好き勝手な声援を送っている。


『だよな! 俺たち猟兵隊に任せてくれれば、またバッチリ兵糧を焼き討ちしてやるぜ』

「いえ、今回それは難しいと思います」

『だめかー』


 赤胡麻コボルドが耳を垂らす。


「詳細ではないでしょうが、先のグリンウォリック軍の敗れた理由はケイリー陣営も聞き及んでいるはずです。十分な兵で陣地を維持し、今度は奇襲を受け付けないでしょう。はあ……こうなるのが分かっていれば、あの手は温存しておいたんですけど」

『違いねえ』


 一同からも笑い声。


「それに、ノースプレインはケイリーの支配下です。ザカライアのように掻き集めた糧秣を一カ所に置くだけではなく、彼女は街々から補給線を引いてこられるんです。一度焼いても継続的な輸送を受け、数日で立て直される可能性があります」


 そしてその線は、物資だけでなく補充兵も連れてくるだろう。コボルド王国側からすれば、無限の回復力に等しい兵站だ。

 それを分断する術も戦力も、コボルド王国側には、無い。


「……ただし今回、季節が我々を味方します」

『冬か』

「ええ。雪が積もれば輸送も往来も滞ります。出先で大軍を保つのは難しくなるでしょう。ましてや、森の中に入った兵が進軍するなど」


 南方諸国群という響きだけは暖かいが、そもそも大陸自体の冬が厳しいのだ。個人少数の往来ならともかく、軍事行動が大きく制限されるのは間違いない。

 野と森が白く染まれば、少なくとも春まで一旦の猶予が得られるだろう。


「もう秋も半ばです。そしておそらく敵の侵攻は急ぎで秋の終わり頃でしょう。我々としては今回、無理をして敵の中枢を突く必要も無く……雪が降り始めるまで、戦線を維持し続ければいいのです」


 もし雪中の戦いになれば、【大森林】の住民たる妖精犬が圧倒的な優位に立つ。ケイリー陣営の被害はより深刻となり、かつコボルド側の損失はごく僅かで抑えることができるだろう。

 それは「損害の大きさで侵略を断念させる」という従来の方針、基本的な戦略目標への近道に他ならないのだ。


『おおー!』

『いけるいける!』


 前向きな材料に、指揮所が沸く。


「しかし、懸念もあります」


 掌を挙げ、赤毛のエルフは言葉を続けた。


「ルクス=グランツ……トムキャットの存在です。彼は必ず、必ずこの戦場に現れるはずですから」


 出席者の何割かが、ぱたりと静かになる。第三次王国防衛戦にて、雄猫が漏らした【呪い】を目の当たりにした者たちだ。


『アイツか……』

『魔杖射撃で何とかできないかしら?』

『難しいぜ。オイラはあの日、見ただけで失神したしよ』

『マジっすかソレ』


 苦い顔で語られる脅威。


「そうです。どれほど防御を固めても……あの男一人が現れただけで、防衛線は崩壊するでしょう」


 強過ぎる穢れ故に、露わとすれば追放もされかねない【お漏らし】だ。雄猫がその威力をケイリーに明かしているとは思い難いが、必要となれば当人は今回も行使するに違いない。


「加えて、先の戦いで彼を脱出させたという仲間の存在もあります」

『ガイウスに銅の馬をぶつけた、髪の長い男だな』

『ダークさんを負かしたんだろ? 相当な遣い手じゃないか』

『連携されたら、面倒だな』


 腕を組み唸る毛玉の戦士たち。そんな中、静かに手を挙げる者がいた。


「ルクス=グランツは、私が斬ろう」


 コボルド王である。


「ガイウス様」

「彼の呪いに私は些か耐えられる。受け持つのは、私の役目だろう」


 一同はやや驚いた表情を見せたが、納得もしたのだろう。顔を見合わせ、各自で頷いていた。


『てことはよ。ガイウスはいつでも動けるようにしとかねえとな』

『そうだな……こいつは中央の戦線に留めておいて、報告を受け次第迎撃に向かわせるしかないだろう』


 地図を見ながら意見を交わす、猟兵隊長と農林大臣。事実それしかあるまい。


「なれば残る長髪男は、自分が引き受けるのが妥当でしょうなぁ」

「ギャーーー!」


 ぬるり。

 蛇の如く背後からサーシャリアにまとわりつき、首筋に唇を這わせたのはダークである。

 彼女は半エルフの細い身体を弄ってもう一度悲鳴を上げさせると、蛙のように笑った。


「ダーク」

「へいへい」


 僚友の裏拳を浴びながら、幽鬼顔の剣士はコボルド王の呼びかけに応じる。


「斬れるか、片手で」

「斬ります」


 言の葉に乗る、力。


「指二本無くした程度で役立たずと思われるのは、極めて心外でありますな」


 ガイウスはしばし、彼女からの睨め付けるような視線を受け止めていたが……じき小さく息を吐き、「任せる」とだけ短く告げた。その様子を見たサーシャリアも、ゆっくり頭を上下させる。


『……でもそうなると、ダークも員数外か』


 農林大臣の呟き。

 これは王国軍最大の打撃力であるガイウスに加え、前線指揮官として戦場を支えてきたダーク……この二人を戦力から除外する案でもあった。

 つまりコボルド王国は、ほぼコボルド族だけで過去最大の侵略軍に対抗せねばならないのだ。


『どう思う? サーシャリアちゃん』


 しかしサーシャリアはこれに対し即座に頷くと、


「いけますよ」


 期待以上の答えを返したのである。


「こちらには準備し続けていた陣地群、手を加えた森、ミスリル製装備、霊話戦術、何より勇敢で優秀な将兵がいます。ガイウス様とダークに頼らずとも」


 一呼吸。


「我らコボルドは、ケイリーの軍勢に遅れなど取りません」


 赤毛の将軍を包む、一際大きな歓声。

 隊長格の一人である鶏舎担当ブラッディクロウも、『ヒューマンの諺でも、「鳴いた鶏にこそ夜明けは与えられる」って言いますものね! 将軍!』と手を叩き興奮していた。しかしそんな意味不明の諺は無い。ブラッディクロウの妄想だ。


『ホッホッホ。ま、受け持ちは決まったようじゃな』


 ずっと黙って会議の様子を眺めていた長老が、ここに来て初めて口を開いた。濁りのある目にはしかし、暖かな光が灯っている。


『という訳でそろそろ、どうやって奴らを退けるかワシらに教えてくれるかのう? お嬢ちゃん』


 はい! と小柄な……だが頼もしい将軍は、力強く頷く。

 それに合わせ駆け寄った副官と主婦連合が、卓上に戦闘地図を勢いよく広げていった。


「それではこれより、作戦説明を開始します!」

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