195:ヌシ昔話
195:ヌシ昔話
……岩を砕く前に、砂を使えばいい。
軍備拡張のミスリル急性産で騒がしい地上の事情を聞き、ヴァヌヴァヌウォッキュンとそう提案したのは、意外に過ぎる湖のヌシであった。
言われてみれば彼女は以前にも語っていたのだ。湖にはかつて双子岩と同質の大岩が存在し、長年かけて噛み砕いた結果が水底を現在占めている……と。
こうしてヌシの献策により、コボルドらは砕石工程を省くことが可能となった。鉱石中の含有率自体は高くないのもあり、工数は大幅削減されたと言える。しかも水辺の作業のため、剛力の巨大人魚から支援が得られるのだ。
現在、当番のフラッフとフィッシュボーンの眼前で、上機嫌なヌシが大桶を持ち上げているのはそういう経緯からであった。
『ヴァヌーン!』
湖底深部から桶で掬ってきた土砂を、浜に設置した木造大水槽へ投入する巨大人魚。
それを見計らい白黒の青年毛玉がやや高く隣接させた貯水槽の仕切りを開くと、高低差で水が流れ込み、比重の軽い普通の砂を槽外へ押し流していく。
終わったところでヌシが貯水槽に再充填し、また流す。何度も何度も繰り返すほど、選鉱槽底の砂は比重の重い砂ミスリルの割合が高まっていく。それを最終的には精錬し、ミスリルを抽出するのだ。
少年時代に砂鉄取りで働いた経験を持つ親方の知識を用いた、急造の人魚力比重選鉱である。ヌシにわざわざ深部から採集させるのは、比重の関係でその方が「濃い」からなのだという。
『これは元々天使側が【大森林】攻撃のため開発した素材ヴァヌ。本来はミスリルなんて名前ではなく、厳密には金属でもないヌ。今時の奴らは、変わった使い方するキュン』
『『へえー、よく分かんない』』
作業のながらに、ヌシが若者らへ語り出す。
それは半分魂で会話するコボルドだからこそ、大まかに理解できる言葉であった。
ガイウスやサーシャリアが聞いても、ウォッキュンという鳴き声でしか受け取れないだろう。
『天使っていえば僕、第三次防衛戦で戦ったよ! すっごい頭悪そうな奴! 落とし穴にはまったから袋叩きにした!』
『大方、発掘されたエンジェル級乗員ヴァヌー。大抵自我が無いから、管制下じゃないとまともに動かないキュン』
『へー全然分かんねえ!』
ウヒャウヒャ笑うフラッフをヌシが突っつく。
衝撃でドボン! と綿毛は選鉱槽に落ち、ぬめる巨腕が慌てて摘まみ上げていた。
『人界の本でも、読んだ、ことある。天使と悪魔で大戦争の、神話』
『フィッシュボーンは勉強家ッキュン。そう、大昔に創造神の先遣隊が天使側と悪魔側に分かれて大喧嘩したヴァヌ! 空飛ぶ船を沢山作って、ヴァッキュンヴァッキュン撃ち合って』
『ヌシ、詳しい、ねえ』
『そもそもヌシは悪魔側で造られた悪魔だキュン。ウェパル級環境浄化型三十八番体が正式名称だヌ』
『『変な名前ー』』
『だからヌシでいいキュ。お気に入りヴァヌーン!』
にい、と牙を剥いて笑うヌシ。
若者二人も、それに倣い応える。
『ヌシを乗せていた船も、【大森林】へ落ちて飲まれたんだキュ』
『飲みこまれたの?』
『【大森林】自体が大型の悪魔なんだヴァヌ。今はもう、地面とすっかり混ざってるヴァヌが』
『じゃあ蟲熊とかもアクマってやつなの?』
『あの辺は【大森林】から適当に生まれたモノが独自に進化したっぽいヴァヌ。まあ悪魔と言えば、悪魔みたいなもんキュ』
『はえー』
ヌシの語りが事実ならば。ミスリルが魔獣妖樹へ格別の効果を発揮する理由は、そのあたりに求められるのだろう。
『ちなみに出てくる塩の柱とか湧いてる水とかは、【大森林】のウンコやシッコみたいなもんだヌン』
『『ヒュースゲー!』』
サーシャリアあたりが聞いたら、顔色を悪くしそうな真実だ。
『そんなのに、飲まれて、大変だったんだ、ね』
『ヌシは沢山の水とお日様の光があればやっていけるキュン。でも地中だとそうはいかなくて、ずっと干からびてたヴァヌよ。最悪だったヴァヌ。あれは本当に最悪だったヴァヌ』
『『かわいそう』』
ウォキュオーンと悲しげに鳴く人魚を、二人がよしよしと撫でる。
『ただそのうち地上に湖ができたんで、やっと動けたヴァヌ。敵も味方もどうなったか知らないけど、戦争が大昔に終わったことだけは分かったキュン』
水面に大桶を差し入れるヌシ。
『その頃はお前たちの草原は浅瀬だったキュン。湖の岩や、双子岩ももう地上にあったヌな。あれはきっと【大森林】が体内で溶かして分離して岩と固めたりして吐き出した、空飛ぶ船のなれの果てヴァヌ』
大きな音を立て、貯水槽が満たされる。
人魚からの合図を受け、フィッシュボーンがまた水を選鉱槽へ流し込んでいた。
『湖の岩にミスリルが含まれているのは分かったけど、ヌシは平気だから暇潰しにボリボリやってたッキュ。歯ごたえ最高ヌン』
『えー、ミスリルのこと知ってたなら、教えてくれれば良かったのに』
『聞けばいくらでも教えたヴァヌよ。湖の外のことなんて、ヌシ知らないッキュよ』
『それもそうか』
ざばあ。
話をしながらも、続けられる作業。
『……そうしていつしか岩を食べ終わった頃には、浅瀬だった部分も草原になってたヴァヌン』
一体どれほどの年月が、その間に経過したのだろうか。
加えての説明によれば、草原や枯れ川は流出、堆積した砂ミスリルの影響で変質し、現在も森の植生を阻んでいるらしい。気が遠くなるほど長い時間で作られた、【大森林】の一光景である。
鼻水を啜りつつ、その壮大な過程に思いを馳せるフィッシュボーン。鼻ほじりのフラッフも同じかどうかは、定かでない。
『色々あったけど、今は楽しいヴァヌ。コボルドのチビっこが毎日遊んでくれるし、賑やかですごく嬉しいヌ。地面の中で干からびてた頃とは大違いヴァヌ。だからコボルド族のために、ヌシはいくらでも手伝うキュンよ』
『『ヌシ……!』』
『コボルド……!』
ぴとりと抱き合う二つの種族。密着した毛皮の二人は、粘液まみれの有様だ。
三人は糸を引きながら身体を離すと、ゲラゲラ笑い合っていた。
「おういフラッフー。今日はそろそろお終いにして、家へ帰るでありますよ」
『あ、ダークだ!』
声をかけてきたのは、罠設置作業から戻ったダークとコボルドの一団である。
フラッフとフィッシュボーンは水槽でぬめりを落とすと、ヌシに手を振って『また明日ね』と告げる。人魚も同様に『ヴァヌーン』と振り返し、湖底へ帰っていった。
……そして解散し、並んでの帰り道。
「ううむ……やっぱり何を言ってるか、サッパリ分からんかったでありますな」
『そう? 結構喋るし難しいことも話すよ、ヌシ。ガクジュツテキなこととかさー』
ダークの呟きに、見上げつつ答える綿毛。
「へえ? 意外でありますな。じゃあ今日はどんな話をしていたので?」
『そうだねえ』
顎に手を当てながら、考え込む白被毛の若者。色々と珍しい話も聞けたので、彼なりに要点を整理しているのだろう。
そうして一頻り考え込んだ後に綿毛はポンと掌を拳で叩くと……自慢気な顔で、黒髪の保護者に告げるのであった。
『ウンコとシッコの話とかだったよ』
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