191:意外な方向
191:意外な方向
「あーミスリルがもっと欲しいですわー! 研究すればするほど、目的に対して絶対的な量の不足が浮き彫りになってきますもの。いっそ王国の魔杖とミスリル工具を全部改鋳して研究資材に当てて欲しいくらいですわー!」
王宮……ガイウス邸の居間に横たわり、臀部を掻きながらナスタナーラがぼやいた。
「ってサーシャリアにオネダリして怒られたんだろ?」
同じく後ろをボリボリとしながら、それに応じるのはドワエモン。
「超! 叱られましたわ! 全部吹き飛んだらどうするのよ! って」
「そらそーだ」
とはいえ魔杖を減らしてまで資材を割り当ててくれたため、赤毛の将軍が技術研究を軽視している訳でも無い。
「あーもー。逆にミスリルがふんだんにあれば、ゴーレム開発だって力業でなんとかなりそうですのに」
「無茶言うな、ミスリルはどこの地方だって高えんだからよ。俺らドワーフのグレートアンヴィルだって、掻き集めるのに血眼なんだ。まったく、これだからお嬢様育ちは金銭感覚が……お嬢様……?」
ガシガシ尻を掻く伯爵令嬢の方に顔を向け、口籠もるドワーフ少年。
「んもう、それくらい知ってますわよ! イグリスの西の守りを預かるお父様だって、ミスリルの収集には苦労していますもの。だからこそ我が家は、魔術兵の育成に力を入れているのですわ」
『ねえ、ミスリルってそんなにすごいの? 魔杖の材料になるのはそりゃすごいけど』
埋めていたナスタナーラの胸より顔を外し、脇腹越しにフラッフがひょっこり顔を出す。
「バッカオメー、魔杖だけじゃねえんだぜ。ちょっとした魔法道具になると、なんだかんだでミスリルが要るのさ。所謂あれだ、センリャクシゲンって奴よ」
『へえ、そうなんだ。例えば何?』
「そうさなあ、お前に分かりやすいところで言ってやると……」
身体を起こしたエモンが、兄貴風を吹かせ説明し始める。
「そこの戯画本あるだろ、【鋼鉄騎士イワノシン】。どうやって紙に刷ってるか分かるか?」
『手で書き写してるとでも思った? 版画でしょ? 僕も学校の授業でやったよ。兄ちゃんを題材に彫ったじゃん』
「メチャクチャ不細工に刷ったの許してねえからな……まあ、いい線いってる。確かに魔法を使わない製本ってのはそうさ。金属や木に彫った版画や、ハンコを並べて文章をつくったりよ」
『はえー、大変だね』
大変なんだよ、と兄貴分。
「ただ、ドワーフのご先祖は当然もっと沢山、効率的に本を作りたいと考えたのさ。そこで特殊加工したミスリル銀の板を使い、原稿を写し取り変形させ、印刷する魔法技術を開発した訳だ」
そこまで口にしたところで、かつてホワイトフォグが手にした魔剣【スティングフェザー】を綿毛が思い出すのではないか、と少年は心配したものの……当の本人は『すげえや!』と無邪気に感心しているだけの様子であった。
「まあそういう歴史もあって、俺の故郷は印刷、製本業も盛んなんだ。魔法印刷機の製造、維持、運用には専門の技術者が必要だから、人材の揃うグレートアンヴィルが他の地方から製本を請け負うことも凄く多い。今度ルース商会が本を持ってきたら、よく見てみな。奥付があるなら結構な割合で、印刷や製本はグレートアンヴィルって書かれてるからよ」
『へえ、そうなんだ! 兄ちゃん物知りー! ヒュー!』
弟分がべふべふ息を吐きながら、尻尾を振ってはしゃぐ。
身体はもう大人なのに、中身は子供時分そのままだ。
「エモンでもたまには、ためになる話をすることがあるのですわねぇ……」
「喧嘩売ってんのかテメー」
『ヒュー! 本日第二回のレスリングだぜぇーッ!』
開始後即決着。別の部屋からブロッサムの『エモン兄さん、埃を立てないで下さい!』という怒声が飛んできていた。
「というように、ミスリルは軍事のみならず産業面においても垂涎の戦略資源なのですわ」
今度は、ナスタナーラが姉貴風の風上である。
「でも鉱床として見つかった例は歴史上にも少なく、あってもごく少量で枯渇……昨今南方での産出は発掘遺跡や、たまーに【大森林】の隅に顔を出しては埋もれていくダンジョンから採取されるものに頼っておりますのよ。それだって、大方が空振りに終わると聞きますし」
『イセキだのコーショーだのは良く分からないけど、すごく珍しくて便利で皆が欲しがるのに、手に入れるのが難しい物だってことは分かったよ』
「そうなのですわー。あー、他の鉱物みたいに鉱山が普通にあればいいのに。ワタクシだって魔法研究者の端くれですけど、ダンジョン産の結晶体ならともかく、ミスリル鉱石なんか見たことすらありませんのよ」
はぁー、と深い溜息。
『じゃあそのためにもオカネを稼いで、ミスリルを買えるようにしなくちゃね!』
「偉いですわフラッフ、前向きですのよ! 魔獣の珍重品をどんどんルース商会に売りさばいて、観光客からもギリギリ搾り取るのですわ!」
「搾ってどうすんだよ。お前、サーシャリアの話真面目に聞いてなかっただろ」
短時間で復活を遂げたドワーフ少年が、呆れ顔でぼやく。
『そういや兄ちゃん。カンコーキャクと言えば、最初のお客をランサーおじさんが見つけてくれたんだって?』
フラッフが言うように、ランサーは件の急報を携えて再びコボルド村を訪れ……そして話を詰めた後にフォートスタンズへ蜻蛉返りしていた。
「ああ、そうと言やあそうだけどよ。観光客っていうのとはまた、違うみたいだぜ」
『そうなの?』
「何でも学者が【大森林】研究の拠点にコボルド村を使えるかどうか、下見に来たいらしいんだよ」
◆
「その手がありましたね! すっかり見落としていました!」
上半身を左右に揺らしつつ、サーシャリアが卓越しのガイウスに語りかける。
コボルド王は牙剥く獅子の顔で「うん」と答え、上機嫌な赤毛の将軍を眺めていた。
「未だ外縁部とはいえ、たしかにこれだけ【大森林】へ踏み込んだ場所に、村なんか普通ありませんもの! 学者さんが現地調査(フィールドワーク)の拠点に使いたい、と思うのも当然です!」
「うんうん」
『うちの村なら、案内人と護衛を同時に用意してやれるからな。人界から来る連中も心強いだろう』
茶請けの黄金ドングリ団子を手に取りながら、農林大臣レッドアイも同意を示す。
『でも良い時期に話が来たもんだ……ガイウス、茶のポット取ってくれるか』
「うむ、ほら……なんでもノースプレイン領内に住む学者が、ランサー卿とコボルド村の関わりを耳にして、相談してきたらしい。貴族ではないが、フォートスタンズ大学の教授というから身元もはっきりしている」
『ま、ランサーの紹介なら大丈夫だろ』
「ええそうですええそうです! これは好機、大好機ですよ!」
音頭を取るが如くピョコピョコ身体を揺らし、力強く言い切るサーシャリア。
「【大森林】調査の場として学者さんも利用するのだと世間に広まれば、貴族や富裕層、知識層に対してコボルド村の印象が格段に良くなります! 観光客誘致にも、一層の効果が期待できるかと!」
『そういうもんかねえ』
「そういうものです! 付加価値ですよ付加価値! 印象は大事!」
はむはむ団子を頬張るレッドアイに、眼鏡を「くいっ」と上げながらサーシャリアが答えた。
「はっはっは。まあ、そういう訴求力があるのも事実だな」
「ですです!」
『何にせよ、サーシャリアちゃん将軍の観光立国計画が順調でなによりだ』
眼鏡をクイクイ上げ下げして、それに応じる半エルフ。鼻息も荒い。
「かく言う農林大臣の方はどうかね」
『おう、こっちもそれに負けずに好調だぞ』
名前通りの赤い目を細くし、レッドアイが自慢気に親指を立てた。
『夏収穫は大豊作だったし、今育てている分も絶好調だ。あとは天然物……そうだな、黄金ドングリの収穫高は読めないが、長老(ジジイ)によれば、まあ大丈夫だとよ』
その黄金ドングリも、ミスリル農耕具の導入で大規模に切り拓きえた【大森林】部分への移植、植樹が進められていた。果樹園ならぬ妖樹園である。
人界では十年かかるであろう栽培も、木々が雑草の気分で育つ【大森林】の妖樹ならば一、二年で実を結ぶのだという。人智を超えた肥沃に惹かれ、開拓民が危険を冒し森のほとりに畑を作るのも納得というものだ。
他妖樹の侵食や魔獣対策は必要だが、それはミスリル道具と魔杖、コボルド王国の組織力が可能とするだろう。
「人界も今年は豊作だ、とルース商会長より聞く。ノースプレイン内乱という特需も終わったため、越冬用食糧の仕入れも順調だ」
『それもこの調子なら来年、再来年あたりからは買い付けをしなくても大丈夫になるかもな』
「はっはっは。期待しているよ、農林大臣」
何もかもが上手く行っている。この上ないほどに。
全てが追い風となり背を押すのを、皆が感じていた。
「この調子で是非、学者さんの視察も成功させましょう!」
「『おー!』」
コボルド王と農林大臣は、将軍に倣い右拳を高く掲げるのであった。
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